第8話 憧れの白、帽子の約束
ログインを終えて視界が開けると、昨日と同じ風景が美咲を迎え入れた。
美咲が辺りを見渡すと、街中は人で溢れかえっていた。
その中を、美咲は歩き始める。
気になったお店があれば立ち寄り、ショーウィンドウを眺め、値段に肩を落とす。
美咲が数軒目の店を眺めていた時だった。
「みさきちゃんだ〜」
背後から聞こえた声に、振り返る。
そこにいたのは、雑貨屋のお姉さんマリアだった。
「こんばんは!」
思わず頭を下げて挨拶をする。
マリアも、変わらぬ口調で挨拶を返した。
「今日もお店巡り〜?」
「はい! あの後は寝ないといけなかったので、続きをと思って」
元気に答える美咲の姿にマリアは微笑み、口を開いた。
「もし、みさきちゃんがよければだけど、私も一緒に行っていいかしら〜?」
マリアの提案に、美咲はまぶたをしばたたかせる。
「え、いいんですか? 付き合っていただいても……」
「かまわないわよ〜」
「せっかくこのゲームを始めてくれたから、続けて欲しいし、戦闘は苦手だけど、アイテムや装備のことなら任せて〜」
美咲は視線を下げ少し思案すると、深々と頭を下げた。
「でしたら……ぜひお願いします」
「そんなにかしこまらなくていいわよ〜」
「私も疲れちゃうし、みさきちゃんも疲れるでしょ〜?」
「え、えっと……でも、私は教えてもらう側で……」
指をこねながら口ごもる美咲の頭を、マリアは優しく撫でた。
「少しずつでいいわ〜」
「……が、がんばります!」
そんなやり取りの後、2人は並んで歩き出した。
「で、次はどこに行く予定だったの〜?」
「えっと……お洋服とか、気になってて……」
美咲が自分の初期装備に視線を落とした。
武骨な見た目。
初期装備の中ではなるべく可愛いものを選んだつもりだが、マリアと比べると、可愛くも格好良くもない。
ちらりと横を見る。
マリアの衣装は、ラベンダー色のワンピース。ふわっとしていて、可愛らしい。
その対比が、自分の欲を浮き彫りにした。
「マリアさんみたいな可愛い衣装があればなって……」
「女の子ならそうよね〜」
マリアが何度も頷く。
「初期衣装って微妙だし。男の子だったら武器ガンガン買って、今ごろ敵を撃ちまくってるんでしょうけど〜」
そう言いながら、マリアは一軒のお店を指差した。
モノトーンの看板、落ち着いた外観。シックな雰囲気のブティック。
「みさきちゃんの好みに合うか分からないけど、私のおすすめはここよ〜」
マリアは軽快な足取りで、お店の中に入っていった。
「ま、待ってください」
中に入ると、そこは少し現実離れした世界だった。
コート、ハット、ブラウス、ドレス……。
現実の服をベースに、ほんの少しファンタジーを足したような衣装たちに、美咲の目が輝く。
でも、そのどれもが大人びた雰囲気で、美咲の小柄なアバターには少し背伸びに見えた。
「これなんかどうかしら〜?」
マリアは早々に、衣装を美咲に手渡した。
渡されたライトグレーのロングコートを美咲は見つめる。
確かに可愛い。
衣装の値段をこっそり覗くと、値段は12万キャッシュ。
予算オーバー。
美咲は無言でそれを棚に戻した。
ふと、その隣の棚、白いコートが目に付いた。
1着だけ飾られているコート。特別なデザインではない。
でも、美咲は目を離せなかった。
まるで、そこにあることが当然のように佇んでいる。
近づいて、値札を見た。
【400万キャッシュ】
「よ、400万……」
思わずマリアの服を掴んで叫んだ。
「マリアさん、マリアさん! あのコートなんで400万もするんですか!?」
「ん〜? どれどれ〜」
マリアは美咲の指さす先に視線を送る。
「あ〜、それソフィーちゃんの作品ね〜」
「ソフィー……ちゃん……?」
美咲が首を傾げると、マリアが口を開いた。
「このゲームの有名人よ〜。職人気質で、基本的に気に入ったプレイヤーにしか作らないの」
「性能もピカイチ。ソフィー印の装備をしてるだけで、ちょっとしたステータスなのよ〜」
マリアの話を聞きながらも、目はそのコートから離れなかった。
「へえ……」
それから、お店の中を見て回っていると、グレージュ色のベレー帽を見つけた。
ぱっと見て可愛いと思った。
一目惚れだった。
だが──値札には、8万キャッシュ。
美咲は項垂れる。
(……なんで……現実でも……ゲームでも……オシャレってこんなにお金かかるの!?)
「結構するわね〜」
マリアが横から顔を覗かせ呟く。
ベレー帽を手に取り、そのまま長髪の男性店主の元へ歩いていった。
「えっ……! マリアさん?」
「マークさんこんばんは〜」
マリアの声に、棚を整理していた店主が手を止め顔を向ける。
「ん? あぁ、マリアかどうした?」
マリアは笑顔でベレー帽をマークに見せた。
「これ、安くしてくれないかしらぁ?」
マークの顔が露骨に歪んだ。
「は? 何言ってんだよ、適正値段だよ」
「知ってるわよ〜。でも、安くしてってお願いしてるの」
マリアの笑顔は崩れない。
だが、その笑顔には圧が滲んでいた。
「意味がわからん」
マークはそう吐き捨てると、再び手を動かした。
マリアは小首を傾げ、上目遣いでマークの顔を覗き込んだ。
「ねぇ……ダメ?」
マークは目だけでマリアを見つめる。
「……ダメだ。そもそも、お前金あんだろ。守銭奴も大概にしろ」
マリアはムスッと唇を尖らせ、顔を背けた。
「けちー!」
「ケチなのは、お前だよ」
マリアはわずかに目を細める。そして、静かに口を開いた。
「弾薬、医療アイテム、各種ガジェット……計36万キャッシュ」
マリアの呪文に、マークの肩が跳ね上がり手が止まった。
「……正確には36万3290キャッシュ」
マリアの冷たい声に、マークは指ひとつ動かさない。
「仕方ないわよねぇ。戦闘が苦手な私達は、誰かを雇って素材を集めるしかないから」
「その費用も、馬鹿にならないでしょうし──」
マリアはそっとマークに近づき、小さく何か囁いた。
マークの眉間に皺が刻まれる。
そして、マリアはもう一度笑顔で問いかけた。
「この帽子、値下げは可能でしょうか?」
マークは右手を頭に添えて、小さく唸った。
「……7」
「5」
「バカ言うな! 赤字だよ! 6万、これ以上は無理だ」
マリアは満面の笑みを浮かべた。
「ありがと〜。マークさんは優しいわねぇ」
マークは頭を抱え、マリアは満足げ、そして美咲は──
顔をひきつらせていた。
「……マリアさん、本当に大丈夫なんですか?」
「いいのいいの〜。初心者ちゃんには優しくあるべきなのよ〜」
言葉は柔らかかったけど──目は、全然笑ってなかった。
マークは頭を抱えながら、美咲を横目で見つめる。
「君、名前は?」
「美咲です……」
「1ヶ月。それ以上は破談だからな」
美咲は何度も頷き、頭を下げた。
「ありがとうございます。絶対、貯めて買いに来ます……!」
「はぁ、もういいだろ。出てった! 出てった!」
店を追い出されるように出た2人は、思わず顔を見合わせて、笑った。
(1ヶ月……あと、5万キャッシュ……)
美咲は振り返り、もう一度だけ店を見た。




