第9話 怖くても、行ってらっしゃい
広場のベンチに、2人並んで座っていた。
リヴェラの中央広場は、常にプレイヤーで賑わっている。
その中にぽつんと存在する、美咲とマリアの間には、ほんのり温かい紙に包まれたクレープがあった。
中には生クリームとチョコ。
「お金って、どうやって稼ぐんですか?」
美咲がクレープに手を伸ばし、口を開いた。
マリアはというと、相変わらずのんびり笑っていた。
「そうねぇ、稼ぎ方自体はいろいろあるわ〜」
指を折りながら話し始める。
「まずは単純に、敵をたくさん倒して素材売る。あとは、レイド級の敵からレア素材を狙ったり……実際のギャンブルもあるけど、あれはおすすめしないわね〜」
「他には、装備やアイテムを作って売ったり、PVPいわゆる対人ね。それで賞金稼ぐタイプ……」
美咲は、対人という言葉に眉を下げた。
「他の方と戦うのはちょっと……」
「でしょうね〜」
マリアは人差し指を立て、くるくると回す。
「だから、みさきちゃんにおすすめなのは、回復素材を集めて作って売ることかしら〜」
マリアはベンチの背にもたれながら空を仰ぐ。
「回復アイテムは、初心者から中級者まで誰でも使うから、値段が安定してるの。1個100キャッシュくらいにはなるし、うまくやれば時給500キャッシュ前後は──」
「ふむふむ……」
説明を続けるマリアの隣で、美咲は頷きながら、クレープの最後のひとくちに集中していた。
「みさきちゃ〜ん? 聞いてるかしら〜?」
「えっ!? あっ、はい! 美味しいです!」
「……それはよかったわ〜」
マリアは苦笑しつつ、さっきの話を優しくもう一度説明した。
声のトーンも、表情も、変わらない。
今度はしっかりと聞いていた美咲は、隣で話すマリアを横目で見つめる。
マリアは楽しそうに笑っている。
「素材集めに必要な物は、私が安く売ってあげるわ〜」
美咲は包装紙を折りたたみ、小さく頷いた。
「……はい! ありがとうございます!」
美咲の反応を確認すると、マリアは微笑み立ち上がる。
「じゃあ、一旦戻って補給しましょうか〜?」
「よろしくお願いします!」
美咲も立ち上がる。
マリアの後ろを着いて行く美咲の歩みは、軽やかだった。
美咲とマリアは一度へ戻った。
見慣れたはずの店内。でも今は、昨日までと何かが違って見えた。
「弾はこれね〜」
マリアが取り出したのは、無骨な弾薬箱。
金属製の蓋を開けると、ずっしりと詰まった銃弾の山。
「200発くらい入ってるから、当分はもつわ〜」
その言葉に合わせるように、マリアはさらにアイテムを次々と取り出す。
「回復キット、止血ベルト、もしもの時の鎮痛薬……」
「あと、水2本とエネルギーバー、予備マガジン2つと〜」
次第に、カウンターの上が小さな戦場みたいになっていく。
美咲は、目を見開きそれを見ていた。
「こ、こんなに必要なんですか……?」
「上級レイドだと、これの倍以上は当たり前らしいわよ〜。私は行ったことないけど」
そう言ってマリアが微笑む。
「今ので重量が半分ぐらいだから〜、素材はあんまり持ちすぎないでね? 重すぎると、移動速度が下がるわよ〜」
「みさきちゃんのアバターは軽量級だから特に注意〜。一度重くなると抜け出せないわよ」
美咲は、渡された装備を慎重に、でもぎこちなくバッグへ詰めていく。
詰めながら、何か本当に冒険者になった気がしてきて、胸が高鳴った。
「あ〜、あと!」
マリアの動きが止まった。
美咲も詰め込む手を止めて、マリアを見つめる。
「街からあんまり離れちゃだめよ〜? 死んじゃうから〜」
「し、死……!?」
不穏な言葉に、美咲の声が裏返る。
「死んだらデスペナルティで面倒なことになるのよ〜」
「で、デスペナルティって……な、何ですか……?」
マリアは苦笑を浮かべながら説明を始めた。
「簡単に言うと、緊張感を持たせるためのペナルティねぇ。詳しい話は省くけど、アイテムや装備が無くなったり、経験値が減ったり、悪い事しかないわ〜」
「死んじゃったら、24時間ログインできないから気をつけてね〜」
美咲はマリアから視線を逸らすと、俯き小さく声を漏らした。
「緊張してきた……やっぱりやめようかな……素材集め……」
その言葉に、マリアはにっこりと笑う。
「あら〜、それはそれでいいんじゃない〜? 帽子への想いは、その程度だったってことね〜?」
「うっ……」
「ゲームとはいえ、怖いなら仕方ないわねぇ。初心者ちゃんだし当然ね〜」
マリアは依然微笑んでいる。
「無理はダメよ〜、無理は♪」
そう言い終わると、マリアはバッグに手を伸ばす。
「……っ」
帽子のことを言われて、胸の奥がちくりと痛んだ。
怖い。
けれど、それ以上に、ここで引くのが悔しかった。
「……行きます」
小さく言って、美咲はマリアより先にバッグを抱えた。
そして、ほとんど勢いで外へ出ていった。
「頑張ってね。行ってらっしゃい」
マリアは口元に指を添え、柔らかく微笑んだ。




