第10話 小さなメモ、小さな一歩
美咲はにじいろパウダーを出ると、バッグの紐を握り直し、街の外へ向かった。
商店街を抜けたところで、ふと足が止まる。
(死んだら……マリアさんが渡してくれたアイテムも、無くなっちゃうのかな……)
そう思うと、背中の荷物がさっきより重く感じた。
美咲は首を横に振って、嫌な考えを振り払う。
そして、昨日倒したキャンサーを思い返した。
(あれぐらいなら……大丈夫な、はず)
小さく息を吸って、歩を進める。
街の門をくぐる少し手前。遠くから、関西弁の元気な声が聞こえてきた。
「月の厨房! 出張販売やで〜っ! 今がチャンスや、食っていきぃ〜!」
「……ん?」
思わず足を止めて、声の方を振り返る。
そこには、小さな屋台と、大きな行列があった。人が列を作り、次々と食べ物を受け取っている。屋台の上には、木製の看板。
【月の厨房《CRESCENT CANTEEN》出張販売】
「あ……すごい……人気のお店なのかな……?」
美咲は驚いたように見つめ、思わず呟く。
「……帰ったら、マリアさんに聞いてみよう」
街の門を抜ける。
途端に、空気が変わった。人工的な街の音が遠のき、風の音と、草の揺れる気配が、耳を満たしてくる。
美咲は一度振り返り、街を見つめた。
そして、大きく深呼吸をして、拳を握りしめた。
「……よし。頑張ろう」
美咲の目の前に広がるのは、風に揺れる草原と、低い丘。遠くにかすかに見える森の影。
一歩踏み出そうとした時、固まった。
「え……そもそも……」
バッグの紐を握る手がわずかに震える。
「……回復の素材って、どこにあるんだろう……」
美咲は、顎に手を添え視線を落とした。
携帯端末を取り出し、調べてみる。
しかし、何も情報は出てこなかった。
「うう……どうしよう……一回、戻ろうかな……」
美咲はその場から動けなかった。
そのとき。
ポケットの中から、小さな違和感を感じ取る。
「……ん?」
手を突っ込んでみると、紙が、一枚、折りたたまれて入っていた。
広げてみると、そこには──
【素材はここ〜!】
☆マリアおねーさんからのメモ☆
X442 Y23
ヒールハーブ、スウィートミントが生えてる場所!
(間違って奥行かないように!←マジで死ぬから)
「……マリアさん……」
その手書きの文字に、思わず声が漏れる。
少し丸っこくて、どこか間延びした文字。
「ありがとうございます……!」
美咲は、端末のマップにメモの座標を入力する。
パッと浮かび上がる目的地は、今いる位置からさほど離れていない、丘のふもとだった。
「あった……!」
美咲の口元がほころぶ。
美咲はメモを握り直し、歩き出した。
少し歩いたところで、遠くにキャンサーが現れる。
美咲は銃を構えるが、キャンサーは赤く光る単眼を動かし、通り過ぎていく。
(……気づいてない?)
キャンサーが過ぎ去っていくのを見送り、携帯端末を開いた。
Misaki. Contact → Cancer
それ以外の文字はなかった。
(……見つからなければ、やり過ごせるんだ)
美咲は端末をポーチにしまう。
そして、ゆっくりと歩を進めた。
荷物は重い。
銃のストックが背中をこすって痛い。
それでも、心は軽かった。
そして──数分後。
目的の場所に到着した。
そこは、風の吹き抜ける草地。わずかに起伏があって、小さな岩がところどころに転がっている。足元には、色とりどりの植物たちが咲いていた。
青白く、細長い葉を持つ《ヒールハーブ》。ほんのり甘い香りのする《スウィートミント》。
どれもマリアのメモに書かれていた素材だった。
「……ここなんだ……!」
目を輝かせながら、しゃがみ込む。
一枚ずつ、丁寧に、指先でちぎってバックに入れていく。
わずかに手が震えている。
それでも、美咲の口元は緩んでいた。




