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第29話 勝利のBGMは流れない

 残り三十四秒。


 ナナとれんの銃声が、遠くで響く。


 美咲は震える手で床を掴んだ。


 もう、声は出ない。


 それでも、心の中だけで願う。


 お願い。


 届いて。


 美咲には、もう見えていなかった。


 それでも、戦場は止まらない。


 ジャミングバグの割れた画面へ向かって、二人の射線が重なった。


 残った小型の爪が、れんの背中を切り裂く。


 れんが小さくうめき、わずかに怯んだ。


 だが、それでも銃口だけは下げなかった。


 ナナは、被弾したれんを見なかった。


 視線が揺れかけた。


 けれど、戻さない。


 ただ真っ直ぐジャミングバグを見据えて、引き金を引き続けていた。


 ジャミングバグの胴体が揺れる。


 頭部のブラウン管テレビが、連続的に映像を切り替えていく。


 切り替わる映像の音声が悲鳴となって、銃声を塗り替えていった。


「うっさいな! いい加減、ぶっ倒れろ!」


「俺たちの、勝ちだ!」


 ナナが叫び、れんが吠える。


 そして。


 ジャミングバグの画面が、真っ赤に染まった。


 それと同時に、二人の銃からは、無情な弾切れの音が鳴った。


 静寂。


 電子の唸り声も、銃声も、床を掻く金属の音も、すべてがこの空間から死んだように消える。


 ジャミングバグの画面が暗転し、内側から砕けた。


 ナナの腕から、アサルトライフルが滑り落ちる。


 それが足元に散らばった空薬莢を跳ね除け、乾いた音を広場に響かせた。


「はぁ……はぁ……やった」


 ナナが、ようやくその場に膝をついた。


「終わった……のか……」


 れんが銃をその手から離し、携帯端末を取り出した。


【Jamming Bug:討伐完了】


 ナナは、そこで弾かれたように美咲の方へ顔を向けた。


「み、美咲!」


 膝をついたまま、上体を振り向かせる。


 床についた手の下で、空薬莢が跳ねた。


 乾いた音が鳴る。


 ナナは片手で床を押し、身体をひねるようにして立ち上がる。


 膝が一度、力を失いかけた。


 それでも、止まらない。


「美咲!」


 もう一度、叫ぶ。


 美咲は、少し離れた場所で床にうつ伏せに倒れ込んでいた。


 小さな身体が、震えている。


 その手元には、オートインジェクターが転がり落ちていた。


 ナナは奥歯を噛み、よろける足を無理やり前へ出した。


 走る、というより転がるような一歩だった。


 それでも、次の一歩はちゃんと地面を蹴った。


 美咲のもとまで駆け寄ると、ナナはすぐさまオートインジェクターを手に取った。


 そして、倒れた美咲の腕に押し当て、作動させた。


 確実に投与した。


 なのに、美咲は動かなかった。


 ナナは目を見開き、唇を噛みしめる。


 そして、美咲の身体をそっと仰向けにした。


「おい……ちょっと……」


 れんも遅れてやってきて、表情を歪ませた。


 美咲は、静かに目を開け、眉を下げて小さく笑った。


「……お疲れ様でした」


 勝利のBGMは流れない。


 豪華なエフェクトも、賞賛の言葉も。


 ただ、この戦場に安堵の空気が戻っただけだった。

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