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第27話 疲労と困憊

 それから、同じことを何度も繰り返した。


 カウント。


 距離を取る。


 映像を確認する。


 状態異常を解除する。


 小型を撃つ。


 走る。


 また、カウント。


 そのたびに、小型は確実に減っていった。


 金属が床を掻く音は、先ほどまでのように広場全体を埋め尽くしてはいない。


 れんが引きつけ、ナナが撃ち抜き、美咲が漏れを拾う。


 その形は、もう何度も繰り返したものだった。


 だからこそ、気づくのが遅れた。


 減っているのは、小型だけではない。


 美咲はポーチに手を入れ、指先で細い筒を数えた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 精神安定剤、残り四本。


 その数字が、指先から胸の奥へ落ちてくる。


 不安が顔に出ていたのか、ナナとれんが美咲のもとへ駆け寄ってきた。


「どうかしましたか?」


 れんが、息を整えながら言った。


「……安定剤……残り、四本です」


 美咲がそう告げた瞬間、ナナの舌打ちが聞こえた気がした。


「減りすぎでしょ」


「でも、小型も減ってる」


 れんが前を向いたまま言った。


 その言葉は、事実だった。


 小型はもう新しく湧いていない。


 今残っている個体を処理できれば、ようやく本体へ向かえる。


 けれど、その事実が三人を落ち着かせることはなかった。


 むしろ、焦らせた。


 あと少し。


 その言葉が、少しずつ判断を急がせる。


 れんが小型の群れへ踏み込む。


 いつもなら半歩手前で受ける距離だった。


 けれど、その一歩が深い。


 小型の爪が、れんの肩を掠めた。


「っ……!」


「れんさん!」


 美咲はすぐさま回復弾をれんに撃ち込んだ。


「大丈夫です。浅い」


 れんはそう言って、すぐにショットガンを撃ち込む。


 小型の胴が砕ける。


 だが、肩に走った赤い線は消えない。


 ナナの射撃も、少しずつ荒れていた。


 今までなら頭部を撃ち抜いていた弾が、肩を削る。


 もう一発。


 さらに一発。


 倒すまでに必要な弾数が、増えていく。


「くそ、ずれた」


 ナナが短く吐き捨てる。


 その声に、いつもの軽さはなかった。


 美咲は回復弾の残数を確認する。


 思っていたより、少ない。


 喉の奥がさらに乾く。


 デバイスには、まだ口渇の表示が残っている。


 美咲はそれを見て、すぐに視線を戻した。


 水を飲む時間はない。


 今は、それよりも前を見る。


「ナナさん、右から二体!」


「見えてる!」


 ナナが身体をひねり、向かってくる小型へ銃口を向ける。


 銃声。


 一体が崩れる。


 もう一体は、足を止めただけだった。


 れんが横から踏み込み、ショットガンの銃床で小型を殴り飛ばす。


 そのまま至近距離で撃ち抜いた。


 金属片が床を跳ねる。


 音が、少しだけ減った。


 美咲は広場全体を見渡した。


 残っている小型は、もう全体の二割ほど。


 八割は、処理できている。


 勝ち筋は、確かに見えていた。


 けれど、三人の動きは最初よりも明らかに重い。


 呼吸。


 足音。


 リロードの手つき。


 声の張り。


 どれもが、少しずつ鈍っている。


 殲滅を作戦に入れた時、三人は気づかないうちに一つの状態異常を選んでいた。


 それは確かに三人の身体を蝕んでいた。


「ナナ、本体へ!」


 れんの声が飛んだ。


「小型は?」


「俺が持たせる。今、削らないと間に合わない」


 ナナは一瞬だけれんを見た。


 何か言いたげに唇を動かす。


 だが、言葉にはしなかった。


「了解」


 短く返し、ナナがジャミングバグへ銃口を向ける。


 アサルトライフルが火を噴いた。


 連続した銃声が、砂嵐の音を塗りつぶしていく。


 ジャミングバグの身体を構成していたケーブルが一本、火花を散らして千切れた。


 ブラウン管の端に、細いひびが走る。


 効いている。


 美咲にも、それが分かった。


「私も、行きます」


 次の付与までの時間を確認し、美咲は本体へ向けてサブマシンガンを構えた。


 引き金を引く。


 短く、撃つ。


 もう一度、撃つ。


 画面の縁に弾痕が増える。


 砂嵐が一瞬だけ歪んだ。


 このまま削れる。


 このままなら。


 そう思った瞬間、別の考えが、美咲の頭に滑り込んできた。


 アリスなら。


 刹那なら。


 もっと簡単に、ここまで来られたのではないだろうか。


 今、考えることじゃない。


 分かっているのに、思考は勝手にそこへ落ちていく。


 刹那なら、小型をもっと早く切り裂けた。


 アリスなら、付与のタイミングも、本体の弱点も、もっと正確に読み切ったかもしれない。


 自分たちは、遠回りをしている。


 薬を使い、弾を使い、息を削りながら。


 それでも、まだ届いていない。


「ちょっ……美咲!」


 ナナの声が飛んだ。


 美咲は、はっと顔を上げる。


 気づいた時には、ジャミングバグの画面がすでに切り替わっていた。


 美咲は反射的にバイタルデバイスを見ようとした。


 だが、もう遅い。


 いつものように十秒前を告げる前に、映像は流れ始めている。


 画面に映っていたのは、ジャミングバグだった。


 砂嵐を流すブラウン管。


 絡み合う赤、青、黒のケーブル。


 そのジャミングバグの画面の中にも、また同じジャミングバグが映っている。


 その奥にも。


 さらに、その奥にも。


 無数のジャミングバグが、画面の中でこちらを見ていた。


 鏡映し。


 終わりのないテレビ画面。


 美咲は息を止める。


 何の状態異常なのか分からない。


 誰に付与されるのかも分からない。


 けれど、映像は数秒で途切れた。


 砂嵐が戻る。


 美咲は自分のデバイスを見る。


 異常なし。


「私もない!」


 ナナが叫ぶ。


「俺もです!」


 れんの声も返る。


 何も起きていない。


 その事実に、三人の判断が一瞬だけ止まった。


 空振り。


 そう思いかけた直後だった。


 ジャミングバグの胴体が、大きく裂けた。


 その裂け方に、美咲は覚えがあった。


 ケーブルの隙間から、黒い金属の筒がせり上がる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 巨大な拡声器のように開いたそれが、こちらへ向く。


 次の瞬間。


 サイレンが鳴り響いた。


 前に聞いたものと、同じ音。


 けれど、今は違う。


 三人はもう、疲れ切っている。


 薬も、弾も、余裕も削れている。


 その状態で、ジャミングバグは次へ進もうとしていた。


 美咲の喉が、乾いた音を立てる。


 それは、二度目のサイレンだった。


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