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第23話 掠れた声

 ノイズが戻った。


 止まっていた小型たちが、まるで何事もなかったかのように動き出す。


「ナナ! 美咲さんがおかしい!」


 れんが叫ぶ。


 そんなこと、言われなくても分かっていた。


 金属が床を掻く音の中を、ナナは一直線に美咲へ向かっていた。


 ナナの視線の先。


 美咲はただ呆然と立ち尽くし、虚空を見つめている。


 ナナは、自分の腕のバイタルデバイスを一瞬見た。


 総合状態に問題はない。


 れんも動いている。


 けれども、付与の予兆は確かにあった。


 つまり、美咲が何かしらの状態異常を受けている。


 先ほどの光景が、ナナの脳裏によぎった。


 赤い画面。


 女の叫び声。


 一斉に止まる、小型たち。


 あれは普通じゃない。


 ナナが走る速度を上げようとした時、小型の機械生命体が視界に割って入ってきた。


「邪魔すんな!」


 ナナは、跳びかかってきた小型を銃床で殴り飛ばした。


 そして、床に叩きつけられたところに数発撃ち込む。


 視線を戻すと、美咲の横から小型が迫ってきていた。


「美咲! 左!」


 ナナが叫びながら銃口を向ける。


 声が届いたのか、美咲は垂れ下がっていた腕を上げた。


 意識はある。


 ナナが安堵しかけた時、美咲はナナの方に向けてハンドガンを構えた。


 何を。


 ナナは、考えるより先に引き金を引いた。


 美咲の隣で、小型が地面に崩れ落ちる。


 ナナは美咲のもとまで駆け寄ると、腕を掴んだ。


 そして、美咲のバイタルデバイスを見た。


【Fear:00:24】


 その表示を見た瞬間、ナナの呼吸が止まった。


 フィアー。


 精神安定剤。


 すぐさまその言葉が思い浮かんだ。


 けれども、そんなものは持ってきていない。


 でも、解除にはそれしかない。


 思考が、瞬時に駆け巡った。


 美咲の腰のポーチに目がいった。


 支援職の美咲なら。


 ポーチに手を伸ばした時、美咲がナナの手を振り払った。


 そのまま、美咲は腰から床に落ちた。


 それでも身体は、ナナから逃げるように後ろへ下がっていく。


「れんさんを……か、回復しようと……」


【Fear:00:17】


 視界に入るその数字が、ナナを焦らせる。


 ナナは逃げる美咲に覆いかぶさるようにして、床へ押さえつけた。


 美咲が怯えたように、両腕で顔を隠した。


「ご、ごめんなさい!」


 美咲は、ナナの腕から無理やり抜け出そうと暴れ始めた。


「動くなって!」


 ナナはポーチの中を乱暴に探り、細い筒状のオートインジェクターを掴み取った。


 急いでキャップを外し、美咲の腕に押し当てる。


 短い作動音とともに、液体が美咲に投与された。


【Fear:00:04】


 ナナが視線を落とすと、そこで数字は止まっていた。


 ナナは小さく安堵の息を漏らした。


 空になったオートインジェクターがナナの手からこぼれ落ち、床に跳ねる。


 それと同時に、美咲の目に光が戻り始めた。


 美咲と視線が交わった。


「……え?」


 現状を飲み込めていないのか、美咲の視線が揺れた。


 そして、顔がゆっくりと青ざめていった。


「わ、私……」


 美咲が何かを言おうと震える唇を動かすが、声にならない音だけが口から漏れていた。


 美咲が何を見て、何に怯えたのかは分からない。


 けれど、今は慰めている場合ではなかった。


 ナナは美咲から身体を離すと、立ち上がった。


「後でいい。今は立って」


 ナナは短く言うと、背中のアサルトライフルを手に取り、背を向けた。


 美咲は立ち上がれず、無言でナナを見上げている。


「次のカウント、私がやるから」


 ナナが走り出す。


 視線の先では、れんが何とか一人で持ちこたえている。


 ナナは走りながら、ジャミングバグを横目で見た。


 ジャミングバグは不快な音を鳴らしながら、他人事のように佇んでいた。


「……ぶっ潰す」


 そう呟いたナナの瞳には、怒りが滲んでいた。


 前線に戻ったナナは、一瞬だけ自分のバイタルデバイスを見た。


 これまでの経過。


 先ほど見たフィアーの残り時間。


 それらを、逆算する。


 おそらく、残り一分。


「たぶん一分!」


 ナナが叫んだ。


 確信はない。


 けれども、全く分からないよりはましだと思った。


 ナナはすぐさま、アサルトライフルをれんを追う小型へ向けた。


 次は、れんの負担を減らす。


 ナナのアサルトライフルが火を噴いた。


 正確には狙わない。


 ただ、弾を当てるだけの大雑把な射撃。


 倒す必要はない。


 数体がこっちに向いてくれればそれでいい。


 ある程度乱射したところで、数体の小型がこちらに向いた。


 ナナは小さく頷き、美咲を見た。


 美咲の周囲に小型は忍び寄っていない。


 そして、ナナの頭の中で秒数が進んでいく。


「さ、三十秒前!」


 ナナはおぼろげな数字を口にしながら、向かってくる小型に照準を合わせ、引き金を引いた。


 連続した銃声。


 ナナへ向かってくる小型が、一体、また一体とその場で崩れ落ちる。


 乾いた空撃ちの音が鳴る。


 ナナは銃のマガジンを抜き取ると、新たなマガジンを叩き込んだ。


 小型を撃つ。


 美咲の位置を見る。


 れんの軌道を追う。


 次の状態異常まで、あと何秒。


 数えていた数字が、リロードの音に紛れて消えた。


 ナナは口を開いた。


 けれど、声が出ない。


 やばい。


 何秒だっけ。


「五秒前です!」


 掠れた声が、戦場を切った。


 ナナは振り返らなかった。


 でも、分かった。


 美咲が、戻ってきた。

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