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第22話 悪趣味な攻撃

 美咲の声が、広場に響く。


「一分前です!」


 その声に合わせるように、れんが外周を走る軌道を少し変えた。


 すべての小型を無理に引き受けるのではなく、広場の端へ引き寄せる。


 ナナはその隙間を埋めるように動き、れんから漏れた小型だけを撃ち抜いていく。


 美咲は二人の動きを追いながら、腕のバイタルデバイスに視線を落とした。


 次の状態異常まで、おそらく四十秒。


 大丈夫。


 まだ間に合う。


「三十秒前!」


 ナナが舌打ち交じりに、目の前の小型を撃ち抜いた。


「ナナ、そっちに行った!」


 れんの声に、ナナが銃口を滑らせる。


「こっちに来んな!」


 その声は荒い。


 けれど、動きは乱れていなかった。


 ナナは深追いしない。


 小型を倒しきる前に一歩引き、美咲の声が届く位置へ戻ってくる。


 れんも、距離を詰めてきた小型の群れを引き離すように大きく回った。


 十秒前。


 美咲は息を吸った。


「十秒前です!」


 れんとナナが、同時に目の前の敵から距離を取る。


 攻撃を止める。


 倒せる敵を、あえて追わない。


 その一瞬だけ、三人は同じものを優先していた。


 状態異常を受けても、すぐに崩れない位置。


 解除まで、被弾しない距離。


「来ます!」


 ジャミングバグのブラウン管に、映像が走った。


 薄暗い通路。


 床に落ちた白い仮面。


 その仮面に、何本もの赤い線が入っていく。


 亀裂は広がり、最後には粉々に砕けた。


 美咲は途中で、映像から意識を切り離した。


 重要なのは、内容ではない。


 誰に付与されたのか。


 ナナが一瞬だけ肩を揺らした。


「ナナさん!」


「平気!」


 言葉とは裏腹に、ナナの動きは少し鈍い。


 美咲はすぐにポーチへ手を伸ばした。


 被ダメージ上昇。


 おそらく、それに近い状態異常。


 ナナの周囲には小型が二体。


 だが、ナナは付与前に距離を取っていた。


 小型の爪は、まだ届かない。


 美咲は走り込み、ポーチから解除薬を取り出した。


「解除します!」


 美咲が解除薬を使用すると、ナナはすぐに銃口を持ち上げる。


「助かった!」


 短い返事。


 それだけで十分だった。


 ナナのアサルトライフルが火を噴き、距離を詰めようとしていた小型を撃ち抜く。


 れんも崩れていない。


 走る。


 引き離す。


 必要以上に受けない。


 その動きが、少しだけ整い始めていた。


 美咲は小さく息を吐いた。


 さっきより、見えている。


 全部を倒そうとしない。


 全部を助けようとしない。


 今、崩れたら終わる場所だけを見る。


 そうすれば、間に合う。


「次まで、一分半です!」


「了解!」


 れんの声が返る。


 それだけで、美咲の胸の奥に小さな熱が灯った。


 聞こえている。


 合わせてくれている。


 なら、自分も止まれない。


 次の二分も、三人は崩れなかった。


 映像は、白い壁に無数の手形が増えていくものだった。


 対象はれん。


 内容は、与ダメージ低下。


 れんはもともと火力を出す役ではない。


 美咲が解除するまでの数秒、戦場に大きな穴は開かなかった。


 その次は、ナナ。


 鈍足。


 ナナは作戦通り、付与前に距離を取っていた。


 足が重くなった瞬間、小型の爪は届かない位置にあった。


 美咲が解除する。


 ナナが戻る。


 れんがまた外周を走る。


 繰り返す。


 少しずつ。


 本当に少しずつ、広場の中に余白が生まれ始めていた。


 美咲は周囲を見た。


 小型の数が、減っている。


 さっきまで、どれだけ撃っても増えていくように見えた赤い光が、今は半分ほどにまで落ちていた。


 れんの呼吸は荒い。


 ナナの表情にも余裕はない。


 美咲の手も、まだ震えている。


 それでも。


 減っている。


 今度は、確かにそう思えた。


「ナナ!」


 れんが叫ぶ。


「今なら行ける!」


「分かってる!」


 ナナが走り出した。


 小型ではなく、広場の中央。


 ジャミングバグ本体へ向かって。


 美咲は反射的に腕のデバイスを確認する。


 次の状態異常まで、まだ一分近くある。


 いける。


 今なら、本体に届く。


 ナナは走りながらマガジンを交換し、床を蹴った。


 ジャミングバグの足元へ滑り込むように距離を詰める。


 アサルトライフルの銃口が、束ねられたケーブルへ向いた。


 連続した銃声。


 火花が散る。


 黒いケーブルが裂け、内部から赤い光が漏れた。


 ジャミングバグのブラウン管に、激しいノイズが走る。


 初めて、本体が明確に揺れた。


「入ってる!」


 ナナが叫んだ。


 れんが小型を引きつけながら、短く返す。


「そのまま!」


 美咲も声を出そうとして、喉の奥で息が詰まった。


 いける。


 そう思った。


 この形なら、押し返せる。


 小型を減らして。


 状態異常の前に距離を取って。


 ナナが本体を削る。


 派手ではない。


 余裕もない。


 けれど、確かに前に進んでいる。


 このままいければ、れんも本体に攻撃できるようになる。


「三十秒前です!」


 美咲が叫んだ。


 ナナが本体から離れようとする。


 れんも、外周から大きく距離を取る。


 二十秒。


 十五秒。


 いつも通り。


 さっきまでと同じ。


 そのはずだった。


「十秒前です!」


 美咲が声を張った、その直後。


 ジャミングバグの音が消えた。


 砂嵐が止まる。


 電子音も消える。


 広場を這っていた小型たちも、同時に動きを止めた。


 金属の脚が床を掻く音すら消える。


 一体が、頭部をわずかに傾ける。


 別の一体が、何かを探すように左右へ向きを変えた。


 三人に向いていたはずの赤い目が、一斉に周囲に向き始める。


 まるで見えない何かの気配を嗅ぎ取ったようだった。


「……なに、これ」


 ナナの声が、かすかに漏れた。


 れんも足を止めていた。


 二人は、その異様な光景に動けなくなっていた。


 それまで鼓膜に張り付いていた不快な音のすべてが、急に断ち切られた。


 静かすぎた。


 美咲は、嫌な汗が首筋を伝うのを感じた。


 そして、ブラウン管の画面が、真っ赤に染まった。


 女性の叫び声。


 脳に直接響く、ガラス質の何かが壊れる音。


 美咲は思わず耳を塞ぎかけた。


 けれど、その音は耳から入っているものではなかった。


 頭の内側を、硬いもので引っかかれるような音。


 赤い映像が乱れる。


 次の瞬間、画面に別の映像が映った。


 美咲の後ろ姿。


 広場に立つ、自分の背中。


 ハンドガンを握ったまま、動かない自分。


 その後ろ姿が、ゆっくりとこちらを向こうとする。


 顔が見える。


 そう思った瞬間、画面が黒く沈んだ。


 美咲は呼吸を忘れた。


 何の映像だったのか分からない。


 暗転ではない。


 出血でもない。


 ペインでも、鈍足でもない。


 分からない。


 分からないのに、身体だけが先に理解していた。


 腕のバイタルデバイスが、赤く点滅する。


 美咲は恐る恐る視線を落とした。


【Fear:00:44】


 文字が、そこにあった。


 見た瞬間、心臓が凍った。


 精神安定剤。


 使わなければいけない。


 すぐに。


 今すぐに。


 分かっている。


 分かっているのに、手がポーチへ伸びない。


 胃の中が裏返る。


 れんの呼吸が荒い。


 ナナが本体から戻ってきている。


 小型がまだ残っている。


 自分に薬を使っている場合じゃない。


 先に、れんを。


 先に、ナナを。


 先に、戦場を。


 違う。


 自分だ。


 まず、自分を解除しなければいけない。


 そう考えようとした瞬間、思考が黒く塗り潰された。


 小型の金属音が、すぐ近くで鳴った気がした。


 ナナの声が遠くから聞こえる。


「美咲!」


 その声が、自分を呼んでいるのか。


 責めているのか。


 分からなかった。


 美咲は動けないまま、赤く点滅する腕の表示を見つめていた。


【Fear:00:40】

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