第19話 通常種
ナナが先に広場へ踏み込んだ。
その足取りに迷いはない。
続いて、れんが一歩前に出る。
ショットガンを構え、広場の中央に立つジャミングバグではなく、その周囲へ視線を走らせた。
美咲も少し遅れて、二人の後ろに入る。
広場は、さっきまでより広く感じた。
中央に立つ異形。
細い脚。
束ねられた電子ケーブル。
頭部に位置するブラウン管テレビ。
その画面は、耳障りな音とともに砂嵐を映し続けている。
「来るよ」
ナナが短く言った。
その直後だった。
広場のあちこちで、金属が擦れるような音が鳴った。
倒れた棚の影。
崩れた柱の向こう。
壁際に積まれたコンテナの隙間。
そこから、小型の機械が這い出してくる。
一体。
二体。
三体。
数えるより早く、赤い目のような光が広場の中に増えていった。
「予定通り」
れんが低く言う。
そして、走り出した。
真っ直ぐではない。
広場の外周をなぞるように、れんは小型の前へ姿を見せていく。
一発。
ショットガンの音が鳴る。
直撃ではない。
小型の装甲をかすめるだけの射撃。
それでも、敵の頭部が一斉にれんへ向いた。
れんは撃ち続けない。
無理に倒そうとしない。
敵の向きを集めること。
踏み込みすぎないこと。
自分が崩れないこと。
それだけに集中しているのが、美咲にも分かった。
「ナナ!」
「分かってる!」
ナナが横へ跳んだ。
アサルトライフルの銃口が、小型の群れをなぞる。
短い連射。
弾ける火花。
れんに向かおうとしていた小型の一体が、横から撃ち抜かれて転がった。
続けて二体目。
三体目。
ナナは足を止めない。
動きながら撃つ。
撃ちながら、次の標的に視線を向ける。
射線が乱れているように見えて、弾は小型の関節部を的確に叩いていた。
「……すごい」
思わず、美咲は呟いた。
「感心してる場合じゃないでしょ!」
「は、はい!」
ナナに言われ、美咲はサブマシンガンを構え直す。
れんの背後へ回り込もうとした小型に向けて、弾丸をばら撒いた。
初弾は外れた。
続いた数発が脚部に当たり、小型の動きがわずかに鈍る。
そこへナナの弾が入り、機体が崩れ落ちた。
「それでいい! 止めてくれれば十分!」
れんの声が飛ぶ。
十分。
その言葉だけで、美咲の指先に少しだけ力が戻った。
倒すのはナナ。
集めるのはれん。
自分は、崩れそうな場所を埋める。
それならできる。
美咲は呼吸を整え、広場を見る。
小型の数。
れんの位置。
ナナの射線。
自分の残弾。
腕のデバイスに異常はない。
そう思ったとき、ジャミングバグのブラウン管に映像が走った。
砂嵐が一瞬だけ途切れる。
黒い布で目元を覆われた人影。
それが画面の奥で、ゆっくりと顔を上げた。
「来る!」
れんが叫ぶ。
次の瞬間。
「ちょっ、何も見えないんだけど!」
ナナの声が跳ねた。
足が止まる。
ほんの一瞬。
けれど、前線でその一瞬は長すぎる。
ナナへ向かって、小型が二体飛びかかった。
「ナナ、下がれ!」
れんがショットガンを撃つ。
片方が吹き飛ぶ。
もう片方は止まらない。
「ナナさん!」
美咲は走った。
解除薬を取り出す。
「解除します!」
美咲はナナの腕を掴み、解除薬を使用した。
次の瞬間、ナナの目が見開かれた。
「見えた!」
ナナはそのまま身体をひねり、飛びかかってきた小型を銃床で弾いた。
距離が空いた瞬間、アサルトライフルが火を噴く。
小型の装甲が砕け、床を転がった。
「助かった!」
「いえ!」
「今の感じでいけます!」
れんが声を張る。
その声に、美咲は頷いた。
怖くないわけではない。
けれど、対処できる。
れんが集める。
ナナが削る。
自分が直す。
三人の役割は、噛み合っていた。
そこからの流れは、少しずつ安定していった。
小型の数が減る。
れんの周囲に残っていた敵が、次々にナナの弾で沈黙していく。
美咲も、遅れながら残った個体を撃つ。
ナナほど速くはない。
れんほど前にも出られない。
それでも、一体ずつなら止められる。
倒せなくても、足を鈍らせることはできる。
その隙を、ナナは逃さなかった。
そしてまた、ジャミングバグの頭部の映像が切り替わった。
暗い牢獄。
天を仰ぐ者。
地面で丸くなっている者。
そこに映る全員が、鎖で繋がれていた。
足に違和感。
美咲は視線を足元に落とした。
足が、鉛のように重い。
美咲は意識を両足に向けているのに、思うように動かせなかった。
すぐさま解除薬をポーチから取り出す。
それと同時に、れんが集めているはずの小型の一体が美咲に向いた。
美咲は解除薬を使うのに必死で気づいていない。
れんの目が、美咲に向かっている一機に向いた。
それに銃口を向けながら、れんは短く舌を鳴らした。
ショットガンの有効距離ではない。
「ナナ!」
れんの叫び声に呼応するように、ナナのアサルトライフルが短く唸った。
美咲が顔を上げると、目の前で小型が沈黙していた。
「一つのことに集中しない! 周りを見る!」
ナナはそれだけ言うと、次の標的に銃口を向けた。
「す、すみません!」
美咲は謝ると、その場で軽く足踏みをした。
普段通り動く。
問題ない。
美咲は解除を確認し、サブマシンガンを構え直した。
「こっちはもういいぞ!」
れんが叫んだ。
ナナが小型の残数を確認し、口元を上げる。
「じゃ、本体行く。あとは任せた」
「はい!」
美咲は反射的に返事をした。
ナナの背中が、ジャミングバグへ向かう。
広場の中央。
砂嵐を映し続けるブラウン管。
ナナは走りながらマガジンを交換し、一気に距離を詰めた。
その間にも、ジャミングバグから音がずっと聞こえていた。
ざらざらとした電子音。
砂嵐のようなノイズ。
細い何かが、耳の奥を撫でていくような音。
最初は、そう思っていた。
けれど。
違う。
美咲は、残った小型へ銃を向けながら、眉をひそめた。
音ではない。
何かが混じっている。
ノイズの奥。
砂嵐の向こう側。
途切れ途切れに、意味のようなものが浮かぶ。
『……やれ……ます……』
『……命……だい……じ……』
美咲の指が止まりかけた。
今のは、音ではない。
声だった。
それも、誰かに向けられた言葉ではない。
少し前に自分たちが口にした言葉を、機械がただなぞっている。
そう聞こえた。
銃声。
ナナが本体へ撃ち込む。
ジャミングバグの電子ケーブルがわずかに揺れた。
『……慎重……に……』
その瞬間。
記憶の底で、紅茶の香りが揺れた。
リビングを出ていくアリスの背中。
振り返った碧い瞳。
通常種は電子音。
上位種は、声の真似事をする。
会話じゃない。
真似事よ。
もし、その個体から言葉を聞いたなら、大人しく撤退しなさい。
思い出した瞬間、背筋が冷えた。
「れんさん! ナナさん!」
美咲は咄嗟に叫んだ。
二人が同時にこちらを見る。
「この敵……上位種です!」
その声と、ほとんど同時だった。
ジャミングバグの胴体が、大きく裂けた。
束ねられた電子ケーブルの隙間から、黒い金属の筒がせり上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
それは、巨大な拡声器のように開いた。
次の瞬間。
サイレンが鳴り響いた。
耳をつんざく音が、広場全体を叩きつける。
壁が震える。
床に散らばった金属片が跳ねる。
ブラウン管の画面が、砂嵐から赤い明滅へ変わった。
その赤が、広場全体を警告灯のように染めていく。
通常種。
その前提が、音を立てずに崩れていった。




