表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
77/81

第18話 Jamming Bug

 森林に囲まれた、湖のほとり。


 静かに同じ日常を繰り返すARCADIAの仮拠点。


 その中にあるリビングにもまた、普段通りの静かな時間が流れていた。


 リビングの椅子に腰を下ろしている美咲は、机の上のタブレット端末とにらめっこをしていた。


 画面には、大型エネミーの名前が羅列されている。


 そのほとんどが、まだ見たこともない名前ばかりだった。


 今日はこのゲームをもっと知ろうと、出てくる敵を調べ始めた。


 けれども、何から見ればいいのか分からない。


 画面に触れている指は、思った以上に重かった。


 適当にページを切り替えたところで、正面から静かな声が落ちた。


「勉強熱心ね」


 美咲が顔を上げると、アリスが扉の前に立っていた。


「アリスさん、こんばんは」


「こんばんは」


 アリスは美咲に挨拶を返すと、その足でリビングの奥にある補給室に向かった。


 そして、すぐに紅茶の香りが流れてくる。


 美咲はその香りに包まれながら、視線を画面に戻した。


 スポーン位置。

 スキル。

 フェーズ。

 コア弱点。

 立ち回り。


 どの敵のページを開いても、数ページにわたり文字が羅列していた。


 たった一体の敵に対して、情報量が多すぎる。


 美咲は端末を手に取ると、天井へ掲げた。


 その時、アリスが紅茶を片手に目の前に座った。


「集中できていないみたいね」


「……分かりますか?」


「端末を天井に向けている時点で、少なくとも読んではいないわ」


「……たしかに」


 美咲は少しだけ笑って、端末を胸元に戻した。


「何を調べているの?」


「大型エネミーについてです。もっと、知っておきたくて」


「理由を聞いてもいいかしら?」


 美咲は少し考えると、端末のふちをなぞりながら口を開いた。


「……勉強しておいて、損はないかなと」


「その言葉、刹那に聞かせてあげたいわね」


 アリスの言葉に、美咲は苦笑いを浮かべた。


 そして、端末に視線を戻す。


「でも、何から調べればいいのか全然わからなくって」


「一度にすべて調べようとすると、数が膨大でしょうね」


 アリスはティーカップをソーサーに静かに置いた。


「一つ選びなさい」


 思いもしなかった言葉が、アリスから飛び出してきた。


「いいんですか?」


「これから刹那と出る予定があるわ。それまでよ」


 つまり、刹那が来るまでの時間制限。


 美咲は慌てて、もう一度リストに目を通した。


 せっかくアリスが教えてくれるのだから、複雑な敵にするべきか。

 それよりも、よく戦闘になる敵にするべきか。


 考えれば考えるほど、どれにすべきか分からなくなっていく。


 美咲が端末の画面にかじりついていると、アリスが小さく息を吐いた。


「今回だけではないのだから、落ち着きなさい」


 美咲はわずかに頬を赤く染めると、アリスに端末を差し出した。


「えっと……何かおすすめとかありますか?」


 端末を受け取ったアリスは、一覧に目を通す。


 そして、すぐに口を開いた。


「この中だと、このエネミーは知っておいたほうがいいわね」


 美咲は、返された端末の画面を見た。


【Jamming Bug】


 聞いたことのない名前。


 Bugという単語に、美咲は顔をしかめた。


「虫系ですか?」


「いいえ。虫とは遠い見た目よ」


 アリスは、わずかに視線を落とした。


「電子ケーブルが絡み合った機械の樹木……そう例えるのがいいわね。頭部のあれは、ブラウン管テレビといったかしら」


 アリスの言葉を、美咲は脳内で形作ろうとした。


 ケーブルの木。

 頭に箱型のテレビ。


 それぞれのイメージはつく。


 けれども、それがどうもうまく組み合わない。


 美咲がこめかみに指をあてて必死にイメージしていると、アリスが続けた。


「見た目はどうでもいいわ。注意すべきなのは、その能力よ」


 美咲は考えるのをやめ、背筋を伸ばした。


「よろしくお願いします」


「このエネミーは数分に一回、現存する状態異常の中からランダムに一つ、プレイヤーに付与してくるわ」


 現存する状態異常。


 その言葉に、美咲は耳を疑った。


「全部ですか?」


 思わず聞き返す。


「ええ。十三項目、全てよ」


 美咲は小さく首を傾げた。


 記憶が正しければ、状態異常は十四項目あるはず。


 けれども、アリスは確かに十三項目と言った。


「十四じゃなくて、十三なんですか?」


「……フィアーだけは特殊よ」


 フィアー。


 支援職になると決めた後、美咲は真っ先に状態異常について調べていた。


 そこには、もちろんフィアーに関してのことも書いてあった。


 受けてから、解除しなければ四十四秒後に必ず即死する。


 このゲームで、最も注意しなければいけない状態異常。


 そして、フィアーも状態異常のうちの一つと、そこには確かに書いてあった。


 だから、美咲はアリスの言っている意味が理解できなかった。


 アリスはティーカップを持ち上げると、紅茶に口をつけた。


「あれは状態異常じゃないわ。悪趣味な攻撃よ」


 ティーカップから立ち上る湯気の奥で、アリスの眉根が少し寄った気がした。


「つまり、この敵はフィアー以外の状態異常を使ってくると」


「ええ。通常種はそうよ。問題は上位種」


「上位種?」


 美咲は、端末の画面を見た。


 そこには、ジャミングバグについての情報が書き出されている。


 指で下のほうにスクロールしていくと、上位種の項目を見つけた。


「見た目は同じ。でも、能力やフェーズ移行は通常種とは全く違うわ」


 美咲は、上位種についての項目に目を通した。


 ランダムなフェーズ移行。

 フィアーの使用。

 解除アイテムの重要性。

 取り巻きの小型について。


 覚えることの多さに、美咲は目が回りそうになる。


「私ですら、上位種と戦ったことがあるのは二度。相当運が悪くない限り、出会うことはないでしょうね」


「ということは、とりあえず通常種だけ勉強って感じですか?」


「そうなるわね」


 美咲は、ほっと胸をなでおろした。


 まずは、ジャミングバグについて勉強しよう。


 美咲が力強く頷き、あらためて端末に目を向けた。


 それと同時に、リビングの扉が開いた。


「おっすー」


 気だるげな挨拶とともに、刹那が現れた。


「刹那さん、こんばんは」


 美咲は視線だけを上げて、挨拶をした。


「真剣な顔でなにやってんだ?」


 刹那が歩み寄り、美咲の端末を覗いた。


 そして、刹那が口を開きかけるより先に、美咲が口を開いた。


「私は座学派なんです」


 刹那が不満げに唇を尖らせた。


「まだ何も言ってないだろ」


「その顔は実践のほうが早いって言ってました」


「どんな顔だよ」


 二人が軽口を言い合っていると、アリスのティーカップがソーサーに置かれる音が鳴った。


 二人がアリスに顔を向けると、アリスは無言で二人を見つめていた。


 正確には、刹那を見つめていた。


「おっと、そうだったな。行くか」


 アリスは椅子から立ち上がり、補給室にティーセットを戻しに行った。


「ちょっくら行ってくるわ」


 刹那が軽く手を上げ、リビングから出て行った。


「お気をつけてー」


 その後を、アリスがすぐに追う。


 リビングから出る前、アリスが振り返り口を開いた。


 何かを言われた。


 たしか、上位種の見分け方についてだったと思う。


 けれど、その言葉を思い出しかけたところで──


「ちょっと、聞いてんの?」


 ナナの声が、美咲の意識を現実へ引き戻した。


 美咲ははっとし、顔を上げた。


 ナナが鋭い目つきで、美咲を見ていた。


 咄嗟に美咲が頭を下げた。


「……すみません」


 ジャミングバグのことを思い出すのに集中しすぎて、何も聞いていなかった。


「美咲さん、やれそうです?」


 ナナの隣で、れんが心配そうにしていた。


「美咲さんがいてくれたほうが助かるけど、無理にとは」


「やれます! 大丈夫です!」


 食い入るように、美咲が言葉をかぶせた。


 ここまで来て、一緒に戦わないなど、そんな選択は美咲の中にはなかった。


「ちょっ、声でかい」


 ナナに注意され、美咲は両手で口を覆った。


 三人はゆっくりと、広場にたたずむ陰に視線を向ける。


 ジャミングバグに、反応した様子はない。


「す、すみません……」


「美咲さん、ジャミングバグとの戦闘経験は?」


 知識はあっても、実際に戦ったことはない。


「えっと……どんな敵かは調べたことがあるので、知ってはいるんですけど……すみません」


「なんで謝るのよ」


 ナナの呆れたような口調。


 美咲がナナに目を向けた。


「事前に調べてるだけ優秀でしょ」


「そうですよ。俺も、ナナも、ジャミングバグの討伐経験はありますから。ちょっと面倒な相手ってだけで、対処の順番さえ間違わなければ完勝できます」


 二人の言葉に、美咲の胸が少しだけ軽くなった。


「美咲さんには、状態異常の解除を中心にお願いします。解除薬、まだ余裕ありますか?」


 美咲は、バッグの中身を確認した。


 多めに持ってきたから、まだ余裕は十分にある。


「はい。大丈夫です」


「了解です」


 れんが頷く。


「周囲の取り巻きは俺が全部受け持つ。その間に、ナナは適度に小型を削って、ある程度削れたらジャミングバグに行っていいから」


「いつも通りってことね。おっけー」


 ナナはバッグから予備のマガジンを取り出すと、それに弾を込め始めた。


 美咲もそれに倣うように、ハンドガンのマガジンに込めた回復弾を確認する。


 そして、医療キット、状態異常の解除薬と確認していく。


 すべて、問題ない。


 れんは立ち上がると、ショットガンの弾倉を腰に巻いた。


「補給はできないから、慎重に行こう」


 それに続いて、ナナも立ち上がる。


「命大事に、ガンガン行こうってね」


 先ほどまでの緊張を感じさせない二人の口ぶり。


 戦闘慣れ。

 経験。


 二人の存在が、美咲を立ち上がらせる。


「よろしくお願いします」


 ナナとれんはお互いの顔を見合わせ、口元を緩めた。


「さて、ぶっとばしますか!」


 ナナが歩き始める。


 美咲はまだ、二人のようにはいかない。


 けれども、同じように一歩踏み出すことはできていた。


 その先で、ブラウン管の画面が、音もなく明滅していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ