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第17話 退路

 れんが片手を上げた。


 それだけで、美咲とナナの足が止まる。


 三人は広場へ踏み込まず、扉の影に身を寄せた。


 広場の中央に立つ影は、動かない。


 けれど、ただそこにあるだけで、空気が重くなっていた。


 美咲は端末を確認する。


 センサー表示には、何も映っていない。


 敵影なし。

 反応なし。

 異常なし。


 それなのに、広場の中央には巨大な影が確かに立っていた。


「……ジャミングバグ」


 れんが、低く呟いた。


 その名前を聞いた瞬間、美咲の喉が小さく強張る。


 今回の任務で、れんが最初から警戒していた低確率の存在。

 支援職を募集した理由。


「でた」


 ナナが、心底嫌そうに言った。


「本当に出てくるとはね。ナナ、やっぱり色んな意味で持ってるよ」


 れんは端末から視線を外さないまま答える。


「嫌味?」


「冗談冗談」


 先ほどの軽口のように聞こえるが、れんの目は笑っていなかった。


 れんが、視線を広場に戻した。


 影は、まだ動かない。


 細い脚で広場に立ち、電子ケーブルを束ねた輪郭を揺らしている。


 風もないのに、その外側だけがわずかにぶれて見えた。


 頭部に位置するブラウン管テレビの画面が、忙しなく点滅している。


「……第三セクターで出るんじゃなかったの?」


 ナナが眉をひそめる。


「私も、そう思ってました」


 美咲も小さく言った。


 純鉄を探す場所。

 セメタリーキャッシュが隠されていた場所。


 危険があるとしたら、その辺りだと勝手に思っていた。


 けれど、れんは首を横に振る。


「ログを見返す」


 れんが端末を操作する。


 表示されたのは、れんがわざわざ購入した攻略者のログだった。


 旧市街外縁部地下。

 第三セクター。

 Enemy Contact:Jamming Bug。

 確認行動:通信妨害、視界阻害、回復阻害、混乱。


 そこまでだった。


「……第三セクター」


 れんが呟く。


「書いてあるじゃん」


 ナナが眉をひそめる。


「そう。書いてある。でも、第三セクターのどこで遭遇したかまでは書いてない」


 れんは、画面を睨んだまま続けた。


「俺たちは勝手に、奥で出ると思ってた。純鉄とか、セメタリーキャッシュを探す場所の方だって」


 ナナの表情が、少しだけ苦くなる。


「つまり、勝手にそう思ってただけってこと?」


「そうなる」


 れんは短く答えた。


 美咲は奥の通路を思い返す。


 冷凍室。

 備品倉庫。

 保守部品倉庫。

 従業員休憩室。

 ロッカー室。

 古い事務室。


 あそこは、探すための場所だった。


 狭い部屋と細い通路ばかりで、戦闘に向いた場所ではない。


 よく考えれば、第三セクターの中に広く開けた場所なんてなかった。


 あるとすれば、ここしかない。


 第二セクターと第三セクターをつなぐ、この広場だけが、戦えるだけの広さを持っていた。


 そのことに気づいた瞬間、美咲の背中に冷たいものが走った。


 ここで待っていた。


 そう思ってしまった。


「別ルートは?」


 ナナが聞く。


 れんはすぐにマップを開いた。


 美咲も自分の端末を確認する。


 第三セクターの奥は行き止まり。

 バックヤード側に外へ抜ける通路はない。


 地上への階段へ戻るには、第二セクターの広場を抜ける必要がある。


 美咲がさっき小型を確認した地上への階段。

 そこへ向かう道も、この広場の向こう側だった。


「戻るには、ここを抜けるしかない」


 れんの声は落ち着いていた。


 でも、端末を持つ指には力が入っていた。


「迂回は?」


「ない。少なくとも、今のマップ上には」


「壁を壊すとか」


「壊す手段があれば……スレッジハンマーとか」


 そんなもの、持ち合わせているわけがない。


 壁を壊すことになるなんて、誰も想定していなかった。


「最悪」


 ナナが小さく吐き捨てる。


 その言葉に、れんは否定を返さなかった。


 広場の中央で、影がわずかに傾いた。


 反応はない。

 音もない。


 けれど、見られている気がした。


 美咲は、自分の呼吸が浅くなっていることに気づく。


 腕のデバイスに視線を落とす。


 異常はない。

 まだ、何も始まっていない。


 始まっていないのに、胸の奥だけが先に騒ぎ出していた。

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