第16話 回収
扉の先は、先ほどまでの光景と少し違っていた。
白くくすんだ壁。
床に転がった業務用の台車。
壁際に並ぶ、空のコンテナ。
部屋に繋がる扉。
そこは客のための場所ではなく、この施設を動かしていた誰かのための通路だった。
「バックヤードみたいだね」
れんが辺りを見渡しながら言った。
「この場所のどこかにあるんですか?」
美咲の視線も、辺りの物に忙しく行き来していた。
「鉄っていうくらいだから、それっぽい所にあるとは思うんだけど……まとめて置いてあるのか、細かく置いてあるのか分からないんだよね」
自信なさげに答えるれんに、ナナが眉をひそめた。
「まじ? 全部の部屋調べるの?」
「そうなるかも」
れんが苦笑いを浮かべ、ナナが露骨にため息を吐いた。
「まあまあ。そんな嫌そうな顔するなよ」
れんが歩き始める。
「もうひと踏ん張り、頑張りましょう!」
美咲に励まされ、ナナはやっとのこと足を動かした。
「あ」
れんが急に立ち止まる。
それにつられて、ナナと美咲も足を止めた。
「どうかしましたか?」
「一応、ここにもモーションセンサー置いておこうと思って」
れんはバッグから小さな円盤状の装置を取り出すと、通路の壁際に貼りつけた。
続けて、反対側の壁にももう一つ。
端末の画面に、周辺の簡易マップと感知範囲が共有される。
「敵すら出てこないとは思うけど、念のため」
「本当に心配性ね」
「心配しすぎで済むなら、それが一番だから」
れんがそう返すと、ナナは肩をすくめた。
美咲は端末に表示された範囲を確認してから、小さく頷く。
少なくとも、今のところ反応はない。
それから三人は、一つ一つ部屋を見て回った。
最初に開けたのは、目の前の冷凍室だった。
重い扉を押し開けると、白く濁った冷気が足元へ流れ出してくる。
中には、倒れたコンテナと、空になった金属棚が並んでいた。
床には霜が張りつき、壁際の配管からは細い音が漏れている。
「寒っ」
ナナが肩をすくめた。
美咲とれんは、気にせず冷凍室に足を踏み入れた。
足音が、一つ足りない。
二人は振り返った。
冷凍室の入口から、ナナが二人を見ていた。
「……何してんだよ」
「寒いのやだ」
れんは白い息を吐くと、ナナの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「やーだー」
「わがまま言うなよ!」
冷凍室の中から、腕を引っ張るれん。
足元が凍りついているかのように、頑なに動かないナナ。
冷凍室の入口で、小さな争いが繰り広げられ始めた。
それを、冷凍室の中から美咲が眺める。
寒い。
気づけば、指先が冷たくなってきた。
争いは、終わりそうにない。
これ以上は限界。
そう思った美咲は、早足で冷凍室から出ると二人に顔を向けた。
「あの、ここは最後にするのはどうでしょう?」
二人が動きを止めて、美咲を見た。
「名案! 賛成!」
れんを冷凍室から引っ張ると、ナナは迷いなく扉を閉めた。
「美咲さん、ダメですよ。あいつを甘やかしちゃ」
「えっ、あ、すみません」
「聞こえてるんですけど?」
次は備品倉庫。
棚には紙袋や梱包材、壊れた業務用端末、予備の照明器具が乱雑に残されていた。
れんが奥の工具箱を開ける。
「あ、これかな」
中に入っていた金属片に、端末の表示が反応した。
【純鉄】
「三個だけだね」
「三個って……あと二十七個?」
ナナの顔が分かりやすく曇る。
「まあ、ゼロよりはいいだろ」
「前向きすぎない?」
ナナはそう言いながらも、れんの開けた工具箱を覗き込んだ。
その次の部屋は清掃用具室だった。
モップ。
バケツ。
業務用の洗剤。
倒れた棚の奥から、補修用らしい金具がいくつか見つかった。
【純鉄】
【純鉄】
「二個です」
「合計五個」
れんが端末に数を入れる。
ナナは天井を見上げた。
「これ、全部屋調べるやつじゃん」
「そうなるかもって言っただろ」
「聞かなかったことにしたかったのよ」
美咲は二人のやり取りを聞きながら、少しだけ口元を緩めた。
その後も、三人は順番に扉を開けていった。
従業員休憩室。
ロッカー室。
古い事務室。
どの部屋にも、この場所で誰かが働いていた痕跡だけが残っていた。
折りたたみ椅子。
壁に貼られたシフト表。
止まったままの時計。
誰かが途中で飲み残したままの、空になったカップ。
けれど、探しているものはほとんど見つからない。
端末の数値は、なかなか増えなかった。
「あと二十五」
れんが呟く。
「もう帰っていい?」
「だめだろ」
「もう少し頑張りましょう!」
「言ってみただけだって」
ナナはそう言って、次の扉を乱暴にならない程度に押し開けた。
その扉のプレートには、かすれた文字でこう書かれていた。
【保守部品倉庫】
中に入った瞬間、美咲の端末が短く鳴った。
ひとつではない。
いくつもの反応が、画面の上に並んでいく。
壁一面の棚。
配管部品。
補修用の金属板。
ボルトや留め具の入ったケース。
奥には、使い古された工具台と、いくつもの収納箱が積まれていた。
「……ここ、いっぱいあります」
美咲が端末を見たまま言う。
れんも画面を覗き込み、目を丸くした。
【純鉄】
【純鉄】
【純鉄】
同じ表示が、棚のあちこちに浮かんでいる。
「おお、当たりだ」
「最初からここで良かったじゃん」
ナナが、心底うんざりしたように言った。
れんは苦笑する。
「入ってみないと分からないだろ」
「名前で分かるでしょ。保守部品倉庫って書いてあるんだから」
「それは、結果論じゃないかな」
「結果がすべてよ」
ナナはそう言いながらも、棚から端末に反応する部品を取り出し始めた。
美咲も反応のある箱を確認する。
れんが数を数えながら、ひとつずつバッグへ入れていく。
「二十八、二十九……三十」
れんが端末を操作し、必要数を確認した。
「純鉄、必要数達成」
端末に、任務条件の更新が表示される。
【純鉄 30/30】
【主要回収条件達成】
【帰還後、報告可能】
その文字を見て、美咲はようやく肩の力を抜いた。
思っていたより時間はかかった。
それでも、確実に任務は進んでいる。
「じゃあ、あとはセメタリーキャッシュだね」
れんは端末の画面を切り替えた。
そこには、顔合わせの時に見せてもらった座標が表示されている。
【X:245 Y:662 #cemetery cash】
その表示を見た瞬間、ナナの目がわずかに変わった。
「来た。百万の方」
「覚えてたんだ」
「忘れるわけないでしょ。こっちが本命みたいなもんじゃない」
ナナはさっきまでのだるそうな顔を引っ込め、れんの端末を覗き込んだ。
美咲も隣から画面を見る。
座標は、保守部品倉庫のさらに手前。
後回しにした冷凍室の奥を示していた。
「冷凍室?」
ナナの声が一段低くなる。
「みたいだね」
れんが端末を確認しながら答えた。
「座標は、冷凍室の中で合ってる」
「さっきも言ったけど、寒いの嫌なんだけど」
「百万」
「何してんのよ! 行くわよ!」
気づけばナナは歩き始めていた。
美咲は思わず瞬きをする。
れんは小さく笑うと、端末をしまった。
「切り替え早いな」
れんの隣で、美咲が小さく微笑んだ。
「ナナさん、可愛いですよね」
れんは美咲を一瞥すると、感情のこもっていない声で答えた。
「全然」
そして、三人は来た道を少し戻り、冷凍室の前に立った。
先ほど閉めた重い扉を、れんがもう一度押し開ける。
白い冷気が、また足元へ流れた。
さっきと同じ部屋。
倒れたコンテナ。
空の金属棚。
霜の張った床。
美咲は座標表示に切り替え、冷凍室の奥へ視線を向ける。
「この先、みたいです」
奥には、大きな冷凍コンテナが横倒しになっていた。
そのさらに奥。
床の一部だけ、霜の付き方が少し違っている。
美咲がしゃがみ込み、指先で霜を払った。
薄い継ぎ目が見える。
「床下……?」
れんが隣に膝をつき、工具を取り出した。
ナナは腕を組んで、白い息を吐く。
「本当に埋蔵金じゃん」
「言い方としては、近いかもしれないね」
「寒い場所に隠すとか、趣味悪いわ」
れんが床のパネルを外す。
鈍い音を立てて、霜に覆われた金属板が持ち上がった。
その下には、小さな空間があった。
配管の隙間。
断熱材の奥。
そこに、黒い金属製のケースが固定されていた。
美咲の端末が短く鳴る。
【セメタリーキャッシュ】
「あった……」
美咲の声が、白い冷気の中に落ちた。
ナナが覗き込む。
「ほんとにあった」
「疑ってた?」
「ちょっとだけ」
れんがケースに触れると、端末に認証画面が浮かんだ。
短い電子音。
ロックが外れる。
ケースの中には、小さな記録媒体と、圧縮された素材パックが収められていた。
【セメタリーキャッシュ】
【取得】
「終わり……ですか?」
「回収自体はね」
れんが頷いた。
「あとは戻って、報告。こいつの中身は帰ってからのお楽しみだね」
れんはケースの中身をバッグにしまった。
「じゃ、帰ろ」
ナナの返事は早かった。
「寒いし」
その一言に、れんが苦笑する。
三人は冷凍室を出て、バックヤードの通路へ戻った。
白くくすんだ壁。
壁際に並ぶ空のコンテナ。
最初に通った場所を抜けると、第二セクターへ続く扉が見えてくる。
任務は終わった。
リクトはいない。
四人ではなく、三人。
忘れたわけではない。
その事実はまだ胸に残っている。
けれど、足取りはさっきより少しだけ軽かった。
やがて、三人は第二セクターの広場へ戻ってきた。
防衛戦を終えた場所。
空薬莢と、機械生命体の残骸が残る、静まり返った広場。
そのはずだった。
美咲は、足を止めた。
広場の中央。
そこに、巨大な影が立っていた。
人ではない。
けれど、ただの残骸でもない。
細い脚。
不自然に傾いた胴体。
電子ケーブルを寄せ集めたような輪郭。
それは、さっきまでそこにいなかったはずのものだった。
「……れんさん」
美咲の声に、れんとナナも足を止める。
れんが端末を確認した。
端末に共有されているセンサー表示には、何も映っていない。
けれど、影は確かにそこに立っている。
広場の中央で、動かずに。
こちらを待っていたみたいに。




