第15話 進行
モーションセンサーの反応は、地上への階段の少し手前にあった。
美咲は作りかけの店舗に身を潜め、端末に表示された位置と、通路の奥を見比べる。
わずかに光が差し込む階段の手前。
瓦礫の隙間を、小型の機械生命体が一機だけうろついていた。
脚部の細い、虫に似た機体。
どこにでも湧くような、ありふれた敵。
こちらに気づいている様子はない。
美咲は銃に触れかけた指を止める。
距離はある。
数も一機だけ。
移動範囲も狭い。
今すぐこちらへ向かってくる気配はなかった。
「……問題なし、かな」
小さく呟いて、美咲は端末に確認済みの印をつけた。
倒す必要はない。
刺激しない方がいい。
そう判断して、ゆっくりと来た道を戻る。
少し歩いたところで、休憩場所の光景が頭によぎった。
美咲が迷惑をかけてしまったリクト。
不機嫌なナナ。
美咲には、あの場の空気が少し耐えられなかった。
だから、逃げるようにこの場所まで来てしまった。
美咲は肩を落として、大きく息を吐いた。
「戻りたくないなぁ……」
美咲は足を止め、壁に寄りかかると、先ほどの戦闘を思い返した。
味方への支援も、敵の動きを止めるのも、自分の中では上手くできていたつもりだった。
でも、リクトに注意をされてしまった。
回復にもたついていたのがいけなかったのか。
そもそも、回復はリクトが先だったのか。
優先順位。
「間違えてなかったと思うんだけどなぁ」
未だにその答えは、分からなかった。
美咲が頭を悩ませていると、足音が聞こえた。
美咲は顔を上げる。
通路の向こうから、リクトが歩いてきていた。
美咲は手元の端末に視線を落とした。
あの場から離れて、十分は経過している。
戻るのが遅い美咲に耐えかねて、探しに来たのかもしれない。
けれども、リクトは美咲の目の前まで来ても、足を止めなかった。
そのまま、美咲の横を通り過ぎようとする。
「リクトさん?」
思わず声が出る。
「あの、どこに」
「帰る」
短い声だった。
美咲は一瞬、言葉を失う。
「え……?」
「俺は抜ける。あとは、あいつらに聞けよ」
リクトはそれだけ言うと、美咲を見ないまま歩いていった。
引き止める言葉は、喉の奥で絡まったまま出てこなかった。
遠ざかっていく背中を、美咲はただ見送る。
何があったのか。
自分がいない間に、何が変わったのか。
分からない。
けれど、胸の奥に嫌な重さだけが残った。
美咲は端末を握り直し、休憩場所へ早足で戻った。
そこには、れんとナナだけがいた。
リクトのバッグはなかった。
携帯食の袋だけが、少し離れた床に落ちている。
「あの……リクトさんは」
美咲が尋ねると、れんは困ったように笑った。
けれど、その笑みはいつものようには見えなかった。
「ちょっと、話が合わなくて」
「話が……」
「ここから先は、三人で行くことになりました」
れんはそう言った。
言葉は穏やかだった。
でも、それ以上は言いにくそうだった。
美咲は唇を噛む。
自分がもたもたしていたから。
自分が上手くできていなかったから。
自分が、リクトを怒らせていたから。
「すみません、私が──」
「あんたのせいじゃない」
美咲の言葉を遮ったのは、ナナだった。
短い声。
優しい言い方ではなかった。
美咲は驚いてナナを見る。
ナナは目を逸らしたまま、膝の上に置いていた端末をいじっている。
「勘違いしそうだから言っとくけど、あんたのせいじゃない。それだけ」
「ナナ」
れんが、軽くナナの肩を小突いた。
ナナは不満そうに眉を寄せる。
「なによ」
「それだけじゃないだろ」
「……分かってるわよ」
ナナは小さく息を吐いた。
それから、ほんの少しだけ美咲の方を見る。
すぐにまた視線を外した。
「今日ずっと態度悪くて、ごめん」
それは謝罪というにはぶっきらぼうで、ぎこちなかった。
けれど、美咲には、それが冗談ではないことだけは分かった。
「いえ、そんな」
「そういうのもいいから」
ナナは少しだけ口を尖らせる。
「謝られると、こっちが悪いみたいになるでしょ」
「いや、悪いのはだいたいお前だよ」
れんがすぐに言った。
ナナは黙って、れんの脇腹を軽く小突いた。
「痛い痛い! ほら、そういうとこ!」
れんが明るい口調で言う。
そのやり取りは軽かった。
けれど、空気が完全に戻ったわけではない。
リクトがいなくなった。
四人だったはずの場所に、三人しかいない。
その事実だけは、どうしても消えなかった。
美咲は端末を開き、先ほど確認したモーションセンサーの反応を二人に見せる。
「小型が一機だけでした。こちらには気づいていないみたいです」
「分かりました。ありがとうございます」
れんが頷く。
ナナも端末を覗き込んだ。
「なら、放置でいいでしょ。わざわざ撃つ方が面倒」
「はい。私も、そう思いました」
ナナは一瞬だけ美咲を見る。
それから、何も言わずに立ち上がった。
れんもバッグを持ち上げる。
「じゃあ、行きましょうか」
開いた扉の向こうには、さらに奥へ続く通路がある。
第三セクター。
セメタリーキャッシュ。
本来なら、四人で進むはずだった場所。
美咲は一度だけ、リクトが去っていった方向を見る。
もう、その背中は見えない。
美咲は息を吸い、前を向いた。
三人で、歩き出す。
目の前で、ナナが背伸びをしながら口を開いた。
「にしても、スッキリしたー」
美咲には、その言葉の意味までは分からなかった。
けれども、ナナはさっきよりずっと、機嫌が良く見えた。
れんが、ナナの頭を軽く小突く。
「いったっ! 何すんのよ!」
れんは何も言わずに、歩き続けた。
ナナが振り返る。
「どう思う? 女の子殴るとか、最低じゃない?」
ナナが、冗談交じりに美咲に聞いた。
美咲は言葉に詰まった。
なんとなく、ナナの方が悪い気がした。
けれども、気づけば口元が少しだけ緩んでいた。
ナナは視線を前に戻すと、小さく鼻で笑った。
それからすぐに、防衛した扉の前まで到着した。
れんが足を止めて、振り返る。
「こっからは、純鉄を探しながら、セメタリーキャッシュも探すからね。最悪なケース以外は、敵すら出てこないけど一応警戒していこう」
美咲とナナは同時に頷いた。
「ナナ、色んな意味で頼んだぞ」
含みのある言い方に、ナナは口元を歪めた。
「はいはい。頑張りまーす」
れんが先に扉の先に入っていく。
その後ろを、ナナと美咲がついていった。
扉の先には、薄暗い通路が続いている。
それでも美咲には、その先が先ほどより少しだけ明るく感じられた。




