第14話 決裂
ナナのひどく軽い声が、薄暗い休憩場所に落ちた。
「ナナ! お前まで、何言ってんだよ!」
れんは眉根を寄せ、信じられないものを見るようにナナを見た。
ナナは気にした様子もなく、身体をほぐすように小さく背伸びをする。
それから、口元だけで笑った。
「ずっと我慢してたけどさ。リクトがそう言うなら、私は賛成。異論なし」
ナナは笑みを浮かべたまま続けた。
「目の前うろちょろされててさ。正直、不快だったんだよねー」
ナナがそう言うと、リクトが少し得意げに笑った。
「だろ? やっぱり同じ火力職だと、目線が同じで助かるわ」
ナナは頬に片手を当てると、小さく息を吐いた。
「余計なことはするし」
リクトが何度も頷く。
「やるべきことはやらないしな」
「何しに来てんのよって話よねー」
ナナの声は軽かった。
リクトが声を上げて笑う。
けれど、ナナの笑みは口元だけに貼りついたままだった。
その笑い声が、薄暗いこの場に不釣り合いに響いた。
二人のやり取りに、れんが顔を歪める。
頑張っている人間を笑いものにして、何が面白いのか。
れんには理解できなかった。
「お前ら、いい加減にしろよ。何が面白いんだよ」
今まで抑えてきたものが、口から吐き出されたような低い声。
リクトはうっとうしそうに、片耳を指で塞いだ。
ナナは口元に笑みを浮かべたまま立ち上がり、リクトに歩み寄る。
「だ・か・ら」
リクトの手から、携帯食がするりと持ち上がった。
リクトは一瞬固まり、顔を上げた。
ナナの冷たい眼差しが、リクトを見下ろしていた。
「……なにすんだよ」
「何って、自分で言ったんでしょ? 足手まといには抜けてもらうって」
ナナが、取り上げた携帯食でリクトを指した。
「それ、あんたのことだから」
雑談の続きのような軽い声。
リクトの顔から、不快感があらわになる。
リクトは立ち上がると、ナナの胸ぐらに掴みかかった。
「俺のどこが役に立ってねぇのか、言ってみろよ」
リクトがナナに凄みをきかせる。
「お、おい! やめろって」
れんが慌てて止めに入るが、ナナの手がそれを制した。
そして、ナナはリクトから視線すら逸らさずに口を開いた。
「私、言ったわよね。邪魔されるのが嫌いだって」
「あんたさ、私の射線を何回塞いだか覚えてる? 馬鹿らしくて、私は数えてないけど」
ナナの問いかけに、リクトはすぐに答えた。
「同じ距離感で撃ってんだから、射線が被るのはよくあることだろ」
ナナが鼻で笑った。
「よくあること? つまりあんたは、周りの立ち位置を見てませんってことになるけど? フレンドリーファイアしても、よくあることで済ませる気?」
胸ぐらを掴む手が、わずかに緩んだ。
けれども、ナナの言葉は止まらない。
「なのに、あの子には周りを見ろって? どの口が言うのよ」
「でも、支援が遅れたのは事実だろ」
リクトの声には、先ほどまでの勢いはなくなっていた。
「遅れたんじゃなくて、する必要がなかったのよ。おわかり?」
「支援職はそれが仕事だろうが!」
リクトが声を荒らげるが、ナナは平然と首を横に振った。
「はいはい、そのタイプね。支援職は回復だけしてればいいって思ってるタイプ。よくいるわー」
ナナの馬鹿にするような言い草に、リクトの歯が小さく軋んだ。
「……俺より火力出してねぇ奴が偉そうにぺらぺらと」
「あんたが私の射線を塞ぐからでしょ。それがなかったら、私の方が出してるっての」
「俺はやることやってんだよ」
ナナが眉を寄せながら、首を傾けた。
「あの子もそうだったけど? それなのに、あの子のせいにして、雰囲気まで悪くして、気分悪いんだけど」
ナナの胸ぐらを掴むリクトの手に、さらに力がこもった。
静寂が落ちる。
二人は無言で睨み合い、緊張の糸が張り詰めた。
「ストップ! もうやめろって!」
限界と感じたれんが、二人の間に割って入った。
「二人とも、落ち着けって。リクトも手、離せ」
れんは無理やりリクトの手をナナから振りほどいた。
ナナは、乱れた胸元を直すと呆れたように鼻で笑った。
そんな態度に、リクトが背中のアサルトライフルに手を伸ばした。
「クソ女……ぶっ殺してやる!」
怒りで歪んだリクトの顔。
止めなければ、本当に撃ちかねない。
れんはすぐさまリクトの腕を掴んだ。
「リクト、やめろ。ここで撃ったら、本当に終わるぞ」
リクトの腕を掴んだまま、れんは横目でナナを確認した。
ナナは何事もなかったかのように、先ほどと同じ位置に座った。
「離せ!」
リクトが怒鳴りつける。
だが、れんはリクトを見据えたまま、首を横に振った。
「……お前が落ち着くまで、離さない」
「撃たねぇよ! うぜーから離せ!」
リクトの目から怒りは消えていない。
けれども、れんの制止を振り切ってまで撃つとも思えなかった。
れんはリクトの目を見ながら、ゆっくりと腕から手を離した。
手が離れると、リクトはれんを突き飛ばした。
そして、地下の出口に向かって歩き始める。
「どこ行くんだよ!」
「やってらんねーわ」
リクトは、振り返らずそう言い捨てた。
その後ろ姿を見つめながら、れんが大きく息を吐いた。
「もう少し、楽しくできないのかしらね」
後ろでナナが小さく呟く。
れんはナナを睨みつけると、静かに口を開いた。
「それは、お前もだろ」
ナナは自分でもわかっているのか、気まずそうに目を逸らした。
「……それは、否定しないけど」
今日何度目かわからないため息が、れんから漏れた。
「で、でも! 私はあの子のせいにはしてないからね!」
「はいはい」
「ごめんってば……」
ナナが俯き気味に、謝った。
「俺は慣れてるからもういいよ。その謝罪、俺じゃなくて美咲さんに言ってあげて」
ナナは顔を上げ、頷いた。
「うん」




