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第6話 優しい火薬の匂い

 扉を開けると、乾いたベルの音が鳴り、続いて軽快で明るい声が店内に響いた。


「いらっしゃいませ〜!」


 美咲は1歩前に進み、声の方へ視線を向けた。


 ピンクのエプロンを着けた栗色ロングウェーブの女性が、小瓶を棚に置いている。


 美咲は店内を見渡す。


 木目調の内装に、暖色のライト。


 天井でシーリングファンがゆっくりと回り、目の前の棚には小瓶が並んでいる。


 スン……と、鼻が微かにひくついた。


「……火薬……?」


 さっきまでいた武器屋とも、また違う刺激臭。


 不安を覚えながら棚をのぞいた美咲の目に、並んだ雑貨が映る。


 塩素酸カリウム。

 アセント。

 ヘキサミン。


「……えっ……え?」


 可愛い看板に、綺麗なお姉さん。


 だけど、並ぶのは見た事のない薬品ばかり。


(雑貨……?)


「何かお探しですかぁ?」


 唐突に背後から声がして、小さく肩を跳ね上げる。


 振り向くと、店員のお姉さんが笑顔で立っていた。


 やわらかい雰囲気で、しかし圧がある。


「え、えっと……あの……」


 美咲の目が泳ぐ。


 買う予定などなかった美咲は、何を答えればいいか分からなかった。


 美咲の視線が、小瓶に止まる。


「こ、ここって……どんなお店、なんですか……?」


 お姉さんが口元に手を添えて微笑む。


「ん〜? 知らないできたの?」


「き、今日始めたばっかりで……すみません……」


 そう言った瞬間、お姉さんがしゃがみ込んで、美咲と目線を合わせた。


「気にしないで〜、初心者ちゃんには分からないわよねぇ」


 そして、そのまま頭を撫でられた。


「っ……あ、ありがとうございます……」


 くすぐったくて、少し恥ずかしかった。


「えっと……もっと、小物とか、ポーチとか、そういうのを……」


 思っていた雑貨のイメージを口にすると、お姉さんは首を軽く傾げて答えた。


「そういうのは扱ってないのよぉ。それなら、うちから二軒隣のマシュマロポーチさんね」


「うちは弾薬とか爆破物の素材、サバイバル用品専門なの」


「弾薬って、自分で作れるんですか?」


 お姉さんは、立ち上がると小瓶をひとつ棚から手に取る。


「そうねぇ。もちろん市販品もあるけど、自分で作った方が安く済むし」


「素材を集めるのも冒険のうち、って感じかしら?」


「へぇ……」


 美咲は棚をもう一度見る。


 だが、やっぱり何も分からなかった。


(……何をどうすると弾薬になるの……?)


「無理に買わなくてもいいのよ? 初心者ちゃんには、まだ早いから〜」


「……はい……すみません……」


 少しだけ肩を落としかけた、その時だった。


「あっ!」


 お姉さんが、何かを思い出したように声を上げ、カウンター裏にとたとたと消えていく。


(冷やかしだと思われたかも……)


 そして、数秒後──手にしていたのは、腕時計。


 美咲は自身の腕に視線を落とす。似たような腕時計。


「これなんか、あなたにぴったりかもぉ」


「えっと……」


 見た目は何の変哲もない、時計型の機械。


 お姉さんは誇らしげに説明した。


「これはね、バイタルデバイス」


「着けている人が、今どれだけ安全かを教えてくれるのぉ」


 お姉さんの話を聞きながら、美咲はわずかに首を傾げる。


「ん〜」


 お姉さんは頬に指を添え、視線を上げる。


「簡単に言うと、心電図かしら?」


「あなたのは、初期装備。これは、それよりちょっとだけ性能がいいの」


 お姉さんは自身の腕にそれを装着し、画面を表示させた。


 画面には心拍、呼吸などの数値が表示されている。


 美咲はそれを、まじまじと見つめ口を開く。


「ちなみに、おいくら……ですか?」


「4万キャッシュ〜」


「っ……」


(高っ……!)


 美咲は、携帯端末で所持金を確認した。


 手持ちは、1万4千キャッシュ。


 美咲が、横目でお姉さんを一瞥する。


 お姉さんが小首を傾げ笑った。


 静寂。


「ん~……最初はお金ないだろうし、これはあげるわ〜」


「えっ!? いえっ、それはさすがに……!」


 バイタルデバイスを返す美咲。


「いいのいいの、お近づきの印よ〜♪」


 押し返されるバイタルデバイス。


「えっ、あっ、いえ、あの……」


 3回ほどやり取りを繰り返して、ついに、美咲が折れた。


「……ありがとうございます……!」


 それを受け取る。


 嬉しいような、申し訳ないような、不思議な気持ち。


「どういたしまして〜♪」


「……えっと、また来ます! 今度は必ず、何か買い物に!」


「うふふ〜、今後もごひいきに〜」


 店を出るとき、美咲はふと立ち止まって、振り返った。


「……あの、私、美咲っていいます!」


「マリアよ〜。よろしくね〜」


 美咲は深くお辞儀をして、店を後にした。


 その背中を見送りながら、マリアは小さく呟く。


「……最近の子どもは、礼儀正しいわね〜」


 にじいろパウダーを出た美咲は、マリアからの贈り物を掲げた。


 そして、それを右腕に装着する。


 口元が緩む。


 美咲は街のざわめきを背に、ゆっくりと歩き出した。

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