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第10話 ずれた射線

 警報音が、防衛地点の広場に鳴り響いた。


 仮設電球が赤く点滅するたび、崩れた売店の跡が明るく浮かび上がり、次の瞬間にはまた暗がりへ沈む。


 扉横の制御端末に表示された数字が、ゆっくりと減っていく。


 十五分。


 扉のロックが解除されるまでの時間。


 暗い通路の奥から、金属を擦るような音が近づいてきた。


「来るよ!」


 ナナの声とほぼ同時に、最初の影が通路から這い出してきた。


 背中に盾のような外殻を背負った、ずんぐりとした機械生命体。


 シェルキャリア。


 その後ろに、細長い腕を引きずる小型のノイズリーチが二体。


 さらに床を蹴る低い影。


 カッターハウンドが一体。


「正面、シェル一、ノイズ二、カッター一です!」


 美咲は見えたものを、そのまま声に出した。


「了解!」


 れんが広場の中央から、正面へ走る。


 ショットガンを構え、一発。


 散弾がシェルキャリアの外殻に弾けた。


「こっちだ」


 普段より低い声。


 シェルキャリアの頭部が、ゆっくりとれんへ向く。


 れんは止まらない。


 身体を横へ滑らせ、ノイズリーチの足元へもう一発撃ち込む。


「お前らも、こっち」


 二体のノイズリーチが、わずかに進路を変えた。


 最後に、床を蹴って跳びかかろうとしたカッターハウンドの前脚を撃つ。


「よそ見すんな」


 カッターハウンドの頭が、弾かれたようにれんへ向いた。


 攻撃。


 声。


 立ち位置。


 その全部で、れんは敵の視線を自分へ集めていく。


「ナナ、シェル!」


「わかってるってば!」


 ナナのアサルトライフルが火を噴いた。


 シェルキャリアがれんに向いたことで、横腹の薄い装甲が見える。


 ナナはそこを狙い、短い連射を叩き込んだ。


 硬い外殻に守られた正面ではなく、横。


 狙いは正確だった。


 リクトも少し遅れて銃を構え、ナナとは反対側から射撃を重ねる。


「おら、削れ削れ!」


 シェルキャリアの巨体が揺れた。


 火力はある。


 それは、美咲にも分かった。


 けれど、美咲の仕事は見ていることだけではない。


 右端。


 れんの射撃をすり抜けたカッターハウンドが、低い姿勢で横へ流れた。


 向かう先は、ナナの背後。


「ナナ、右です!」


 声を出すと同時に、美咲は銃口を下げた。


 狙うのは、敵の胴体ではない。


 進行方向の床。


 跳躍の一歩手前。


 三発。


 弾丸が床を叩き、火花が散った。


 カッターハウンドの脚が一瞬だけ止まり、軌道が内側へずれる。


「れんさん、そっちに戻します!」


「助かる!」


 れんが振り向きざまにショットガンを撃つ。


 カッターハウンドが吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「今の、いいじゃん」


 ナナが一瞬だけ横目で美咲を見た。


「あ、ありがとうございます!」


「喜ぶのは後」


「はい!」


 美咲は慌てて正面へ視線を戻す。


 胸の奥が、少しだけ熱い。


 倒したわけではない。


 けれど、止めた。


 今の一手は、確かに戦闘の中にあった。


 シェルキャリアの脚部が折れた。


 重い音を立てて、巨体が崩れる。


 残ったノイズリーチも、ナナとリクトの射撃で処理された。


 第一波は、問題なく終わった。


 けれど、警報は止まらない。


 端末の数字は、まだ十二分以上を残している。


「次、左!」


 れんが叫ぶ。


 左の暗がりから、複数の影が滲み出した。


 ノイズリーチが三体。


 その後ろに、シェルキャリアが一体。


 少し遅れて、別方向からカッターハウンドが回り込んでくる。


「左、ノイズ三、奥にシェル一。右からカッター二です!」


「優先そのまま!」


 れんが左へ走る。


 ノイズリーチの足元を撃ち、続けてシェルキャリアの外殻を叩く。


「こっち見ろ」


 低い声。


 シェルキャリアがれんを向く。


 ナナはすぐに左へ回り込んだ。


「リクト、右!」


「分かってる!」


 リクトが右へ撃つ。


 一体目のカッターハウンドが弾ける。


 二体目も脚を砕かれて床を転がった。


 美咲は一瞬だけ安堵した。


 自分もちゃんと戦えている。


 れんが受けて、ナナが削り、リクトが落とす。


 自分は全員の位置を見て、報告して、必要な場所へ弾を置く。


 今のところ、大きな崩れはない。


 そう思った直後。


 奥のノイズリーチの頭部が、赤く点滅し始めた。


 発信前。


 砂嵐のような音が、広場に反響し始める。


 美咲は反射的に銃口を上げた。


 胴体ではない。


 頭部の下、細い首の継ぎ目。


 短く撃つ。


 命中した弾に、ノイズリーチの上体が揺れた。


 音が乱れ、途中で途切れる。


 ナナの視線が一瞬だけ、美咲に向いた。


 ナナはすぐに視線を戻すと、そのノイズリーチを撃ち抜いた。


 美咲は息を吐く暇もなく、次の敵影を探す。


 赤い点滅。


 警報。


 金属音。


 不快なノイズ。


 れんの足音。


 ナナの射撃音。


 リクトの荒い声。


 その全部が、広場の中で混ざっていく。


「残り十分!」


 れんが端末を一瞬だけ確認して叫ぶ。


「まだいけるよ!」


「余裕ってほどじゃないけどね」


 ナナが撃ちながら返す。


「細かいな、お前!」


 リクトが笑う。


「別に、細かくない。雑なのが嫌いなだけ」


「俺に言ってる?」


「自覚あるなら直せば?」


「はいはい」


 軽口のように聞こえた。


 けれど、美咲にはナナの声が、さっきより少し硬く聞こえた。


 次の波は、左右同時だった。


 右からカッターハウンド三体。


 左からノイズリーチ二体。


 奥にシェルキャリア。


「奥、シェルです!」


 美咲が叫ぶ。


「シェル優先!」


 れんも重ねる。


 ナナはすぐに奥へ銃口を向けた。


 リクトも構える。


 けれど、右から飛び込んできたカッターハウンドが、リクトの足元へ迫った。


 それと同時に、れんの散弾がそのカッターハウンドを撃ち抜いた。


「先にこいつ落とす!」


 リクトはそう言い、銃口を右へ流した。


 火力は十分だった。


 カッターハウンドの一体が床に叩きつけられる。


 二体目も続けて砕けた。


 だが、その間にシェルキャリアが前へ出る。


 外殻が開き、ノイズリーチの前に盾のような面が展開された。


「だからシェルって言ってんでしょ!」


 ナナの声が鋭くなる。


「カッター来てただろ!」


「れんが持ってった!」


「全部任せたら潰れるだろ!」


「だから順番!」


 言い合いの間にも、敵は止まらない。


 盾の陰に隠れたノイズリーチが、頭部を揺らした。


 砂嵐が広がる。


 視界の端が、わずかにざらついた。


 美咲は目を細め、音の方向を探る。


 正面のシェル。


 その後ろにノイズ二体。


 右から、撃ち漏らしたカッター一体。


 それはリクトの足元を抜け、ナナでもれんでもなく、広場の奥へ向かっていた。


 速い。


 扉横の制御端末。


 ここを壊されれば、防衛そのものが崩れる。


「行かせません」


 美咲はサブマシンガンを構えた。


 狙うのは敵の頭ではない。


 床。


 脚。


 跳躍の一歩手前。


 短く、三発。


 弾丸がカッターハウンドの足元を叩き、跳躍がわずかにずれた。


 敵の刃が制御端末の手前を空振る。


 その一瞬で、れんが間に入った。


「こっちだ!」


 ショットガンの銃声。


 カッターハウンドが吹き飛ぶ。


「ナイス、美咲さん!」


「はい!」


 返事をしながら、美咲は自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。


 見なければならないものが多い。


 報告。

 牽制。

 制御端末の防衛。

 ノイズの兆候。

 味方の呼吸。


 それでも、止まれない。


 止まった瞬間、何かを見落とす。


「リクト、下がって!」


 れんの声が飛んだ。


 美咲は視線を戻す。


 リクトが、れんの斜め前へ踏み込んでいた。


 ナナから見れば、シェルキャリアの横腹へ通る射線を半分塞ぐ位置だった。


「邪魔」


 ナナが低く言った。


「は?」


「そこ、邪魔」


「撃てるだろ」


「撃てないとは言ってないでしょ。邪魔って言ってんの」


 ナナは位置を変えながら撃つ。


 だが、その一歩で狙いが遅れた。


 シェルキャリアの外殻が完全に開く。


 れんの前にいたノイズリーチが、盾の陰に隠れた。


 ノイズリーチの頭部が赤く点滅する。


 今撃たなければ、また発信される。


 けれど、リクトのすぐ横からカッターハウンドが飛び込んでくる。


 美咲は一瞬だけ迷った。


 ノイズを止めるか。

 カッターを止めるか。


 どちらも、遅れれば誰かが崩れる。


 リクトの銃口はシェルへ向いている。

 ナナは射線をずらされたばかりで、まだ撃てない。

 れんはシェルとノイズを抱えている。


 なら。


 先に、抜ける敵。


 美咲はカッターハウンドの進行方向へ銃口を向けた。


 三点射。


 弾丸が床を叩き、カッターハウンドの跳躍が崩れる。


 リクトの脇を裂くはずだった刃が、装備の表面を浅く削った。


「っ!」


 リクトの身体が横へ流れる。


 左手が、反射的に脇腹を押さえた。


 深くはない。


 たぶん。


 ただ、呼吸が一瞬詰まったのは分かった。


 足は動いている。

 銃もまだ握れている。


 けれど、痛みで姿勢が崩れている。


 同時に、れんの腕へノイズリーチの細い腕が伸びた。


 絡む。

 引っかく。


 れんの左腕がわずかに跳ねた。


 袖口の下、腕のデバイスが一瞬だけ黄色く点滅する。


 総合状態までは読めない。

 けれど、出血の警告色だけは見えた。


 リクトも被弾している。


 でも、れんが崩れたら、防衛線が割れる。


 先に、れん。


 美咲はハンドガンを構えると、回復弾を撃った。


 弾はれんの肩口に当たり、呼吸がわずかに整った。


「助かる!」


 れんは短く礼を言い、すぐにショットガンを構え直す。


 その直後、リクトの声が飛んだ。


「おい、こっちも食らってんだけど!」


 美咲の指先が跳ねる。


「すみません、今確認します」


「支援職だろ。周り見てくれよ」


 その言葉が、警報音よりもはっきりと耳に残った。

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