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第9話 防衛開始

 地下へ続く階段の前で、美咲とナナはれんたちの合流を待っていた。


 半ば瓦礫に埋もれた鉄板の下。

 そこに口を開けた階段は、地上の空気とは違う、ひんやりとしたものを静かに吐き出している。


 美咲はその暗がりを見下ろし、それから少し離れた場所に立つナナへ視線を向けた。


 ナナは壁にもたれ、片手で端末を操作していた。

 画面を見つめる横顔は、相変わらず不機嫌そうに見える。


 美咲は、何度か口を開きかけた。


 入口を見つけてくれて、ありがとうございます。

 さっきの戦闘、すごかったです。

 このあとも、よろしくお願いします。


 言えそうな言葉はいくつか浮かぶ。

 けれど、どれもナナの前では余計なものに思えた。


「……なに」


 美咲の視線を感じたのか、端末から目を離さないまま、ナナが言った。


「あ、いえ。なんでもないです」


 ナナは横目で美咲を一瞥すると、視線を端末に戻した。


 会話は、それだけで終わった。


 美咲は、小さく息を吐く。


 怒らせたかったわけではない。

 ただ、少し話せたらと思っただけだ。


 けれど、今のナナにとって、それすら邪魔なのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が小さく沈んだ。


 その時、崩れた道路の向こうから足音が聞こえてきた。


「お待たせ」


 れんの声だった。


 美咲は、思わず胸を撫で下ろす。


 そのすぐ横で、ナナが端末を下ろした。


「遅い」


 さっきまでの棘を含んだ声とは、少し違っていた。

 呆れたようで、けれど、どこか気安い声音だった。


「ごめんごめん。こっちも少し遠回りになってさ」


「どうせリクトが余計なとこ見てたんでしょ」


 ナナに言葉の矛先を向けられたリクトが、口を尖らせた。


「なんで俺なんだよ」


「正解」


 冗談交じりに、れんが言う。


「いや、ちょっと横道見ただけだろ」


「それを余計なことって言うのよ」


 ナナの言葉に、れんが苦笑する。

 リクトは不満そうに肩をすくめた。


 三人のやり取りは、遠慮がない。

 少し乱暴で。

 少し雑で。


 けれど、そこには言葉を選ばなくても壊れない距離があった。


 美咲は、その輪の少し外側に立っていた。


 自分だけが、まだそこに入れていない。

 そう思うと、胸の奥に小さな寂しさが落ちる。


「じゃあ、行こうか」


 れんが地下へ続く階段を見下ろした。


「ここから第二セクターだ。中に入ったら、まず防衛地点を確認する」


「了解」


 ナナが短く答え、先に階段へ足をかける。

 リクトもその後に続いた。


 美咲は一拍遅れて、足元に視線を落とした。


 その時だった。


「なにしてんの?」


 顔を上げると、階段の途中でナナがこちらを見ていた。


「いくよ」


 それだけ言って、ナナは前を向く。


 優しい声ではなかった。

 けれど、置いていく声でもなかった。


「は、はい!」


 美咲は頷き、ナナの後を追った。


 そのやり取りを見ていたれんが、ほんの少しだけ笑った。


「……なに笑ってんのよ」


 ナナがれんを睨んだ。


 れんは口元を緩めたまま、首を横に振った。


「いや、なんでも」


 地下へ降りるにつれ、地上の光が少しずつ遠ざかっていく。


 錆びた手すり。

 欠けた階段。

 壁に残った古い傷跡。


 靴音だけが、狭い空間に小さく反響した。


 階段を降りきった先にあったのは、地下施設だった。


 商業区画。

 最初に浮かんだ印象は、それだった。


 けれど、そこに賑わいはない。


 通路の両側には、作りかけの店舗が並んでいた。


 看板だけが取り付けられた店。

 カウンターだけが残された店。

 棚が空のまま放置された店。


 壁紙の貼られていない壁からは、むき出しの配管が覗いている。

 天井の一部は崩れ、そこから岩盤や土が見え隠れしていた。


 簡易的な電球が、間隔を空けてぶら下がっている。


 薄い光。

 頼りない明かり。


 その下を、四人は慎重に進んでいった。


「……デパ地下、みたいですね」


 美咲が小さく呟く。


「こんなデパ地下、嫌すぎるけどね」


 ナナが前を見たまま返した。


 その返事が思ったより普通だったせいで、美咲は少しだけ驚く。


 けれど、すぐにリクトの声がそれをかき消した。


「お、ここなんか残ってんじゃん」


 リクトは通路脇の店舗に足を踏み入れると、崩れた棚の奥を覗き込んだ。


「リクト、今は移動中」


 れんが振り返り、困ったように注意する。


「分かってるって。ちょっと見てるだけだろ」


「そのちょっとで、さっきも遅れたんじゃないの?」


 ナナが呆れたように言う。


「やっぱり遅くなったの、あんたのせいじゃん」


「だから、ちょっとだって」


「そのちょっとが余計なの」


 ナナとリクトの言い合いに、れんが苦笑する。


「はいはい。何か拾うなら任務後。今は防衛地点まで移動するよ」


「へーい」


 リクトは軽く返事をして、ようやく店舗から出てきた。


 そのやり取りも、三人にとってはいつものことなのだろう。

 美咲は、まだその呼吸に合わせきれなかった。


 しばらく歩くと、通路の奥にさらに下へ続く階段が見えてきた。


 仮設電球の間隔が、そこから先だけ少し広くなる。

 光が届きにくくなり、階段の奥は黒く沈んでいた。


「ここから下だな」


 れんが端末を確認する。


 ナナが階段の先を覗き込み、少し眉をひそめた。


「まだ下に行くの」


「らしいね」


「やな構造」


「同感」


 れんは短く返し、先に階段を降りていく。

 美咲たちもそれに続いた。


 階段の先は、先ほどよりも開けた場所だった。


 広い空間。

 左右には崩れた売店の跡。

 正面には、重そうな金属製の扉。


 その扉は固く閉ざされており、横には古びた制御端末が取り付けられていた。


 奥へ進むためには、その扉を開ける必要がある。

 けれど、広場に立った瞬間、美咲にも分かった。


 ここは、ただ扉を開けるだけの場所ではない。


 通路が、いくつもある。

 正面。

 左右。

 そして、崩れた店舗の奥。


 どこから敵が来ても、おかしくない。


 れんが端末を確認し、小さく頷いた。


「ここだな。第二セクターの防衛地点」


 ナナは広場を見回し、呆れたように息を吐いた。


「ここで耐えてくださいって言ってるようなもんね」


「まあ、分かりやすくて助かるよ」


 れんはショットガンを構え直す。


 その声から、さっきまでの軽さが少しだけ消えた。


「確認するよ」


 れんが全員を見た。


「優先順位は、シェル、ノイズ、カッターの順。ここは変えない。オーケー?」


 ナナが頷く。


「了解」


 リクトも銃の弾数を確認しながら、軽く肩を回した。


「分かってるって」


「はい」


 美咲も頷いた。


「イレギュラーがあったら、各自の判断で。命令待ちはなし」


 れんはそう言うと、広間の中央へ歩き出した。


 前線を維持するための位置。

 扉から少し離れ、複数の通路を視界に入れられる場所。


 れんがそこに立つだけで、広場の形が少し変わったように見えた。


 ナナが銃を構える。

 リクトも銃口を正面へ向ける。


 美咲は一番後ろ、扉横の制御端末の前に立った。


 ここから、全員が見える。


 れんの背中。

 ナナの横顔。

 リクトの銃口。

 そして、敵が来るはずの暗い通路。


 胸の奥が、少しだけ速くなる。

 けれど、不思議と足は動いた。


 今、自分にできることをやるだけ。


 少し遠くで、れんが片手を振った。


「美咲さーん! いつでもどうぞー!」


 その声に、ナナとリクトの視線が美咲へ向いた。


 美咲は小さく息を吸い、ゆっくり吐いた。


 大丈夫。


 美咲は制御端末に視線を落とした。


 画面には、扉の解除確認と、防衛時間を示す項目が並んでいる。


 十五分。

 扉のロックが解除されるまでの時間。


 美咲は指先を伸ばし、開始ボタンに触れた。


 広場に、警報音が鳴り響いた。

 仮設電球が赤く点滅する。

 扉の奥で、重いロック機構が動き出す音がした。


 制御端末に表示された数字が、ゆっくりと減り始める。


 十五分。

 防衛開始。


 暗い通路の奥で、金属が擦れるような音がした。


 ひとつではない。


「来るよ!」


 ナナの声が、広場に響いた。


 第二セクターが、始まった。

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