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第8話 支援職の距離

 作戦会議を終えると、四人は飲食店を出て、リヴェラの商店街へ向かった。


 大通りにある商店街は、任務へ向かうプレイヤーで賑わっていた。


 壁際に弾薬箱やグレネード類が積まれた店。

 応急キット、簡易修復材、状態異常解除用の薬品類が並んでいる店。

 その奥では、店員が無言で在庫を補充していた。


 れんはカウンター横の端末の前に立つと、慣れた手つきで必要な物資を選んでいく。


「最低限の消耗品は、俺がまとめて立て替えておくよ。成功したら、報酬からその分だけ引く形で」


「俺はなんでもいいよ。れんに任せる」


 リクトは特に気にした様子もなく、肩をすくめた。


 ナナは棚に並んだ薬品を眺めながら、呆れたように息を吐く。


「相変わらずお人好しだよね、れんって」


「そうかな」


「そうだよ。普通は、そこまでしないし」


「まあ、来てもらった側だからね。最低限の準備くらいは、こっちで持つよ」


 れんはそう言って、困ったように笑った。


 美咲はそのやり取りを、少し離れたところから見ていた。


 募集主。

 任務を立てた側。


 だから、集まってくれた人のリスクを少しでも減らす。


 美咲はれんの言葉から、彼の誠実さを感じた。


 そして端末の画面には、共通消耗品のリストが並んでいく。


 簡易食料。

 弾薬。

 応急キット。

 簡易修復材。

 状態異常解除用の簡易薬。


 必要な物資を選び終えると、れんは購入内容を確認し、支払いを済ませた。


「これで共通分は大丈夫かな。足りないものがある人は、今のうちに自分で買っておいて」


 れんの言葉に、リクトは軽く手を振った。


「俺はいい」


「私も大丈夫」


 ナナも短く答える。


 美咲は棚に並んだ薬品類へ目を向けた。


 回復薬。

 状態異常解除薬。

 簡易鎮痛剤。


 その隣に置かれた小さなケースで、視線が止まる。


 精神安定剤。


 美咲は、以前アリスに言われたことを思い出した。


 使う場面が限られるものほど、必要になった時に代わりがない。


 美咲は携帯端末で所持数を確認した。


 上限は十個。

 使わずに済むなら、それが一番いい。


 けれど、持っていない理由にはならない。


 美咲は不足分だけを買い足し、腰のポーチにしまった。


「美咲さん、準備は大丈夫ですか?」


 れんの声に、美咲は顔を上げる。


「はい。大丈夫です」


「じゃあ、受けますね」


 四人は商店街を出ると、任務受付広場へ戻った。


 れんが任務端末を操作する。


 画面に、受注完了の文字が表示された。


 旧市街外縁部・資材回収。

 参加人数、四名。


 第一セクターの目標は、地下入口の発見。


「受注完了。目的地までのルートも出た」


 れんが端末を確認しながら言った。


「じゃあ、行こうか」


 四人は任務受付広場を離れ、リヴェラの外門へ歩き始める。


 街の喧騒は、外門を抜けた瞬間に少しずつ遠ざかっていく。


 舗装の割れた道。

 遠くに見える、崩れた建物の影。

 風に混じる、乾いた土と錆の匂い。


 美咲は周囲を確認しながら、ナナの少し後ろを歩いた。


 目的地に近づくにつれ、人の気配は薄くなっていく。


 代わりに聞こえてくるのは、どこかで回る哨戒ドローンの駆動音だった。


「そういえばさ」


 れんが歩きながら、ふと思い出したように口を開いた。


「入口探しなら、ナナがいるから少し楽かもね」


「どういう意味?」


 ナナが不機嫌そうにれんを見る。


「ナナって、こういうの見つけるのだけは妙に上手いから」


「だけってなに」


「褒めてるって。レア素材とか、隠し通路とか、よく見つけるだろ」


「その代わり、変な敵とか変なイベントもよく引くけどね」


 ナナはつまらなそうに言った。


「今回は地下入口を見つけるだけだから」


 れんが苦笑する。


「変なものは引かなくていいよ」


「そんなこと言われても、困るんだけど。出る時は出るし」


 ナナはそう言って、視線を前に戻した。


 やがて、四人は旧市街外縁部へ到着した。


 崩れた道路。

 傾いた街灯。

 窓ガラスの抜け落ちた建物。


 かつて人が暮らしていた場所のはずなのに、今は薄い灰色の静けさだけが残っている。


 れんが端末を確認し、周囲を見回した。


「ここから第一セクターだな。地下への入口を探す。敵は弱いけど、油断はしないでいこう」


 れんは全員を見た。


「俺とリクトは東側。ナナと美咲さんは西側。入口らしいものを見つけたら、位置情報を共有で」


「了解」


「はーい」


「はい!」


 美咲は返事をしながら、ナナの横に立った。


 ナナは美咲を一瞥すると、特に何も言わずに歩き出す。


 美咲は慌てて、その後ろを追った。


 れんたちと別れて、しばらく進む。


 割れた道路の隙間から、黒ずんだ草が伸びている。

 錆びた車両がいくつも横転し、建物の壁には弾痕のような穴が残っていた。


 美咲は周囲を確認しながら、ナナとの距離を保つ。


 近すぎても邪魔になる。

 離れすぎても、何かあった時に対応できない。


 支援職の距離。

 まだ正解は分からない。


 それでも、今できる範囲で考えながら歩いた。


「ねえ」


 前を歩くナナが、振り返らずに言った。


「はい」


「勝手に前に出ないでね。支援職なら、支援職の距離で動いて」


 その言い方は、冷たかった。


 けれど、言っていること自体は間違っていない。


「分かりました」


 美咲が答えると、ナナはそれ以上何も言わなかった。


 しばらく沈黙が続く。


 何か話した方がいいのか。

 それとも、黙っていた方がいいのか。


 でも、ナナの背中は、少なくとも雑談を求めているようには見えない。


 その時、ナナの右後方。美咲から見て右前方の瓦礫が小さく鳴った。


 美咲は足を止める。


 崩れた車両の影。

 そこに、小型の機械生命体が三体、這い出してくるのが見えた。


 ナナからは、死角の位置。


 反射的に銃へ手を伸ばしかけて、美咲はすぐに止める。


 撃つより先に、伝える。

 刹那に言われたことを思い出し、美咲は声を抑えた。


「五時の方向、瓦礫の影に小型が三体。距離は十五メートルくらいです」


 ナナは何も答えなかった。


 ただ、歩いていた足を止め、振り返る。


 次の瞬間、乾いた銃声が響いた。


 一発目で、一体目の頭部が弾ける。

 二発目で、二体目の脚部が砕けた。


 残った一体が跳びかかるより早く、ナナの銃口がわずかに下がる。


 三発目。

 小型機械の胴体が撃ち抜かれ、地面を滑って止まった。


 美咲は、回復弾に触れていた指をゆっくり離した。


 出番はなかった。


 それは悪いことではない。

 誰も傷つかずに済んだのだから、むしろ良いことのはずだった。


 けれど、胸の奥に小さな所在なさだけが残る。


「……反応、消えました」


 美咲がそう告げると、ナナは銃を下ろした。


「ふーん」


 それだけ言って、ナナは再び歩き出す。


 褒められたわけではない。

 認められたわけでもない。


 けれど、ナナの歩幅は、さっきよりほんの少しだけ遅くなっていた。


 美咲はそれに気づき、静かに息を吐いた。


 何もしていなかったわけではない。

 少なくとも、見つけて、伝えることはできた。


 それから二人は、崩れた建物の間を進んでいった。


 ナナは迷いなく瓦礫を避け、時折立ち止まって地面や壁を確認する。


 その様子は、雑に見えて、意外なほど丁寧だった。


「ナナさんは、こういう探索が得意なんですか?」


 思わず、美咲は尋ねた。


 ナナは少しだけ顔をしかめる。


「さん、いらない」


「あ……すみません」


「あと、得意っていうか」


 ナナは崩れた看板を足でずらしながら、つまらなそうに言った。


「さっきも言ったでしょ。変なのを引くのが上手いって」


「変なの、ですか?」


「レア素材とか、隠し通路とか。そういうのも見つけるけど」


 ナナはそこで一度言葉を切る。


「面倒な敵とか、変なイベントも引くし」


 それは、運がいいと言っていいのか。

 それとも、運が悪いと言うべきなのか。


 美咲には判断しづらかった。


「でも、入口を見つけるのは得意なんですよね」


「まあね」


 ナナはそっけなく答えた。


 けれど、ほんの少しだけ声の棘が丸くなった気がした。


 そのまま、さらに奥へ進む。


 崩れたビルの影に入ると、周囲の空気が少しだけ冷たくなった。


 ナナが足を止める。


 美咲も遅れて立ち止まった。


「……あった」


 ナナの声が、低く落ちる。


 視線の先には、半ば瓦礫に埋もれた鉄板があった。


 一見すれば、崩れた建材の一部にしか見えない。


 けれど、ナナが足で瓦礫を退かすと、その下から黒い隙間が現れた。


 地下へ続く階段。

 錆びた手すり。

 奥へ向かって、暗い口が開いている。


「位置、送るよ」


 ナナは短くそう言って、端末を操作した。


 しばらくして、れんから通信が入る。


『こっちでも確認した。第一セクター達成だな。合流しよう』


 少し遠くから、リクトの声も聞こえてくる。


『まじですげーな。怪しいポイント、二桁もあったのに、速攻じゃん』


「なんでもいいけど、早く来てね」


 ナナは短く返すと、通信を切った。


 美咲は、階段の奥を見下ろした。


 地上よりも冷たい空気が、そこから静かに流れてくる。


 地下へ続くその暗がりは、ただの入口というには、少しだけ深く見えた。

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