第7話 もしものために
れんの端末に、第二セクターの概要が表示された。
「第二セクターの内容は防衛任務」
防衛任務。
その表示に、ナナとリクトが顔をしかめた。
「……だっる」
不満げにナナが言った。
「言うと思ったよ」
れんが苦笑しながら、画面を切り替えた。
「扉が開くまでの十五分間、そのエリアを守らないといけない。出てくる敵は……ノイズリーチ、シェルキャリア、カッターハウンドの三種だな」
れんが顔を上げ、美咲に視線を送った。
三種類とも知っている。
美咲はれんに、何度か頷いて見せた。
れんも小さく頷いた。
「全員知っての通り、ノイズリーチは視界系統のデバフ。シェルキャリアは周囲にシールド。カッターハウンドは突っ込んでくるタイプ」
「この三種を一度だけ相手にするなら、火力で押し切れるけど、今回は十五分の防衛任務。時間終了まで、無尽蔵に湧いてくる」
れんが美咲の方へ軽く手を向け、口の端を上げた。
「ここで輝くのが、美咲さん」
「は、はい!」
名前を呼ばれて、美咲は無意識に背筋を伸ばした。
「長時間ぶっ続けの戦闘になると、どうしても呼吸も動きも乱れる。自分の腕デバイスを確認する余裕もなくなるし、状態異常の兆候を拾ってくれる人がいると安心なんです」
「俺達も応急処置くらいはできますけど、戦いながらだともたつくんですよね。だから、第二セクターでは支援職……いや、美咲さんがいてくれると助かるんです」
今回の任務での、美咲の明確な役割。
メンバーの状態を見落とさないこと。
ただそれだけのことなのに、美咲の胸が高鳴った。
「が、頑張ります!」
「負担かけないようにするんで、気楽にやりましょう」
れんは美咲に微笑むと、ナナとリクトに向き直った。
「んで、俺達は三種の処理に集中。わかってると思うけど、シェル、ノイズ、カッターの順な」
「シェル無視で、ノイズとカッターだけでよくないか? どうせ、シールド貼るだけなんだし」
リクトの意見に、れんが首を横に振った。
そして、画面を切り替えると、戦闘ログを開いた。
「シェルが一機って確定してるならそれでもいいけど……ログを見た感じ、一機じゃないからシェルが優先。俺が全機のヘイトを集めるから──」
作戦会議は続いていく。
三人の言葉を一言も取りこぼさないように、美咲は真剣に耳を傾けていた。
初めての野良パーティー。
知らない人たちとの、初めての作戦会議。
美咲は今まで、しっかりとした作戦会議に参加したことがなかった。
アリスと任務に出る時は、アリスが事前に作戦を組んできていた。
その時は、それをこなすように心がけていた。
刹那と二人の時にいたっては、作戦の話などほとんど出ない。
だから、美咲には今この状況が新鮮に感じた。
「よくもまあ、ここまで下調べしてきたな」
水の入ったグラスに口をつけながら、リクトが言った。
「そのログ、いくらしたんだ?」
視線は、れんの端末に向けられている。
「これは、大した値段じゃないよ。事前にログなんて見なくても、人によっては攻略できる内容だしね」
れんの言葉に、ナナが机の上のグラスを傾けた。
「これはって言うことは、他にもあんの?」
待ってましたと言わんばかりに、れんは口元を吊り上げた。
「あるよ。二つ」
三人はれんが差し出した画面を覗いた。
【X:245 Y:662 #cemetery cash】
座標。
そして、セメタリーキャッシュの文字。
ナナとリクトは口元を緩め、美咲は首を傾げた。
「セメタリーキャッシュって言うのは、いわゆる埋蔵金的な、場所の名称ですね」
美咲に説明するように、れんが付け加えた。
「な、なるほど……今回は、お宝探しも兼ねてるんですね」
「そうです。任務の最終目標は、純鉄の回収だけど……俺らの本当の目的はこっち」
リクトは背もたれに寄りかかると、首を横に振った。
「サプライズってわけね。やるじゃん」
そして、今までやる気なさげに聞いていたナナが、身を乗り出した。
「いくらぐらいなの?」
「えっと、この人のログだと……やっば、100万だってさ」
ナナは目を丸くし、目を伏せて口元を上げた。
「あーはいはい。そういう事ね。俄然、やる気出てきたかも」
そんなテンションが上がっているナナとは違い、リクトはどこか浮かない表情を浮かべていた。
そして、リクトが静かに口を開いた。
「……それで、もう一個はなんだよ」
れんは用意しているログが、二つあると言った。
一つ目は良いログ。
じゃあ二つ目は──
三人の視線がれんに集まった。
視線の中心のれんは、少し焦ったように笑う。
「いやいや、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。二つ目は俺が気になったから、用意しただけだし」
そう言いながら、れんはもう一つのログを開いた。
【観測ログ:旧市街外縁部地下/第三セクター】
【Enemy Contact:Jamming Bug】
【確認行動:通信妨害/視界阻害/回復阻害/混乱】
ジャミングバグ。
その名前に、美咲は聞き覚えがあった。
数日前、アリスから説明を受けた敵がそんな名前だった覚えがある。
ランダムなデバフを使用してくる、大型のエネミー。
本体は直接攻撃してこない代わりに、周囲の小型のエネミーが攻撃を仕掛けてくる。
回復阻害や視界妨害が絡むと、一気に面倒になる敵。
支援役がいれば安定する、厄介な大型エネミー。
端末を覗いていたナナは、視線を逸らすと鼻で笑った。
「なーんだ、そいつか。雑魚で時間稼ぎする、陰湿エネミーじゃん」
リクトが息を吐いた。
「れんが支援職を入れたがってた理由、分かったわ」
「出なきゃそれでいい。でも、出た時に立て直せないのは嫌だろ?」
「最初から、この二つのログを教えてくれててもよかったろ」
れんは端末を持ち上げると、眉を寄せた。
「この情報、高かったんだぞ。集まらなくて解散になった時、事前に教えてたら俺が損だろ」
れんが口を尖らせてそう言うと、ナナが視線を逸らしながらボソリと呟いた。
「……せっこいわねぇ」
「せっ、せこいだぁ!? 全部俺の自腹なんだぞ!」
れんが不満げに声を上げ、美咲に顔を向けた。
「美咲さん、こいつらどう思います? 人がせっかく準備してやってるのに」
急に話を振られた美咲は、口を開けたまま三人を交互に見た。
どう思うと言われても──
れんはしっかりしてる。
ナナの言い方や、リクトの言葉。
れんに向けられた全ての言葉は、三人の関係値前提のことに感じた。
だから、美咲は仲がいいなとしか思えなかった。
それと同時に、少し羨ましくも思った。
「……あはは」
悩んだ末、美咲は愛想笑いを浮かべた。
「ちょっ、美咲さん!?」
目を丸くし、声を上げるれんをナナの声が遮った。
「困ってるから、やめてあげなよ」
「お前が言うなよ!」
唐突にリクトが立ち上がる。
「よし! 事前の共有事項はこんなもんか?」
れんはリクトに、不満げな表情を向け息を吐いた。
「第三セクターは、ジャミングバグが出なきゃ回収して終わり」
れんは端末を閉じた。
「観測ログも数えるほどしかなかったから、過剰に気にする必要はないかな。つまり、踏ん張りどころは第二セクター。以上、終わり」
れんが言い終わると、ナナが立ち上がる。
「100万手に入れたらどうしよう……新しいカスタムとか? 衣装もいいなー」
まだ見ぬセメタリーキャッシュを夢見て、ナナの表情がほころぶ。
「いや、普通に等分だろ」
リクトが呆れたようにツッコんだ。
「は? 早い者勝ちでしょ?」
ナナはキッパリ言い切り、歩き始める。
「おい、れん。こいつ置いていった方がいいぞ」
リクトがナナの後を追った。
れんは疲れたと言わんばかりに、大きく息を吐くと、美咲に視線を向けた。
「行きましょうか」
ついに、始まる。
最初は、経験を積めさえすればなんでもよかったのかもしれない。
でも、今はこれから始まる任務に胸が高鳴っていた。
美咲は立ち上がり、あらためて頭を下げた。
「よろしくお願いします!」




