第5話 募集
リヴェラ中央区、任務受付広場。
昼に見た会社の休憩室とは比べものにならないほど、そこは騒がしかった。
電子掲示板の前で足を止める者。
報酬額を見て、眉をひそめる者。
誰かの募集に声をかける者。
その中で、美咲はひとり、受付端末を見つめていた。
画面には、任務一覧が並んでいる。
美咲は少し悩んだ末、小型エネミーの討伐欄に触れた。
【旧市街外縁部・小型エネミー掃討】
【推奨人数:三名〜四名】
【危険度:低】
内容を確認し、一覧を下に送っていった。
そして、募集条件で指が止まる。
今まで募集などしたことがなかった。
だから、何を入力するのが正しいのか分からない。
ふと、視線を電子掲示板に向けた。
そこには、他プレイヤーの募集が並んでいた。
主催者名。
募集対象。
補足事項。
そう決められているかのように、どれも似たような文面が並んでいた。
美咲は受付端末に視線を戻すと、見よう見まねで、募集条件を入力していく。
【主催:Misaki.】
【募集:前衛職、または遠距離職】
【初見可】
【報酬均等】
もう一度、任務内容から確認し、送信ボタンに指を伸ばした。
その腕が、やけに重く感じる。
任務内容も、募集条件も、変なことは書いていない。
それでも、みぞおちの辺りで不快感が足踏みを始めた。
美咲は大きく息を吐いた。
大丈夫、のはず。
そして、勢いのまま送信ボタンに触れた。
電子掲示板の片隅に、美咲の募集票が表示される。
本当に、募集をかけてしまった。
美咲は、お腹に手を添えながら、少し離れたところに移動した。
一分。
二分と時間が過ぎていく。
誰も来ない。
目の前では、多くのプレイヤーが往来している。
美咲は電子掲示板を見た。
電子掲示板には、ずらりと募集が並んでいる。
これだけたくさんの募集がある中、すぐに人が来るとは思えなかった。
気長に待とう。
美咲はその場に立ちつくし、周囲を眺めた。
周囲では、いくつもの募集が埋まっていく。
誰かの募集に入ってもよかった。
でも、そうはしなかった。
自分で任務を選ぶ。
自分で募集をかける。
そうすれば、難易度も選べる。
敵も、知っている敵に近いものを選べる。
少しでも落ち着いて判断できる状況を、自分で作れるかもしれない。
そう思って、募集をかけた。
美咲の募集票の前で足を止める人はいても、声をかけてくる人はいなかった。
美咲は端末を見下ろした。
【現在人数:1/4】
数字は変わらない。
それだけだった。
けれど、その変わらなさが、思っていたよりも少しだけ重かった。
それでも、ここで立ち止まるために来たわけではなかった。
美咲は募集を取り下げる。
今日は、参加する側でもいい。
落ち着いて動けそうな任務を探せばいい。
そう思い直して、美咲は掲示板に並ぶ募集票を見ていった。
【中型機械生命体討伐/経験者のみ】
【資材回収任務/高難度経験者歓迎】
【支援職募集/戦闘経験必須】
【前衛募集/火力優先】
どれも、遠い。
その中で、美咲は一枚の募集票に目を止めた。
【旧市街外縁部・資材回収】
【セクター数:三】
【募集:一名】
【職業不問】
【初見可】
【現在人数:三名】
【隣接飲食店にて待機中】
【代表:れん】
職業不問。
初見可。
美咲は、その文字を何度か見返した。
資材回収なら、討伐任務よりは落ち着いて動けるかもしれない。
もちろん、旧市街外縁部なら敵も出る。
安全な任務ではない。
それでも。
ここで立ち尽くしているよりは、ずっといい。
美咲は募集票の情報を端末に保存し、募集主のもとへ向かった。
指定された場所は、任務受付広場の隣にある飲食店だった。
扉の前で、美咲は一度だけ深呼吸をした。
それから、取っ手に手をかけた。
──
その少し前。
テーブルには三人のプレイヤーが座っていた。
募集主のれん。
頬杖をついたまま、不満そうにしているナナ。
椅子の背にもたれて、退屈そうにしているリクト。
「ねえ、私たちはこんな任務でいつまで待てばいいわけ?」
ナナが机を指で叩きながら言った。
「誰のせいで、こんなに待ってると思ってるんだよ」
そう言い返したれんの声は穏やかだった。
けれど、言葉の端からは棘が見え隠れしていた。
ナナが頬杖をついたまま、リクトに視線を送る。
その視線に、我関せずと水を飲んでいたリクトが、眉を寄せた。
「は? 俺が悪いって言うのかよ」
募集を出してから、すでに何人かが声をかけてきていた。
大型前衛が来た時、ナナは通路の狭さを理由に渋った。
遠距離職が来た時、リクトは火力なら足りていると言った。
斥候職が来た時、ナナは今回の任務には合わないと首を振った。
そのたびに、れんは説明し、謝り、見送った。
見送った人の顔を思い返すだけで、頭が痛くなる。
れんは小さく息を吐くと、口を開いた。
「あのなぁ……募集は不問なの。なのにお前らは、来る人来る人に、何かとイチャモンつけて……謝る方の身にもなってくれよ」
ナナはれんから、わずかに視線を逸らした。
「別に、イチャモンつけてないし」
「あれがイチャモンじゃないなら、なんなんだよ」
ナナは視線を逸らし、小さく呟いた。
「……事実」
その言葉に、れんは肩を落とす。
「お前なぁ……」
「わかった。わかったよ」
れんをなだめるように、リクトが言った。
「次来たやつで最後にする。文句は言わない」
リクトは椅子の背にもたれたまま、面倒そうに肩をすくめる。
「さすがに待ちすぎだしな。ナナも文句言うなよ」
リクトにそう促され、ナナは黙って手を振った。
「言質とったからな」
「怖い言い方すんなよ」
れんはグラスを手に取ると、大きく息を吐いた。
「本当は、支援職が来てくれるとありがたいんだけどな。三セクターあるし、途中で事故る可能性もある。でも、来てくれるなら誰でも助かる」
「支援職ねぇ……」
リクトが含みのある言い方をした。
その時、店の扉が開いた。
小さなベルが鳴る。
三人の視線が、入口へ向いた。
そこに立っていたのは、小柄な少女のように見えるアバターだった。
グレージュ色の帽子。
少し緊張した表情。
そのプレイヤーは入って早々、店内を見回した。
近くにいた相手に、何かを尋ねている。
そして、こちらに歩み寄ってきた。
「おいおい、冗談だろ……」
その姿を見つめながら、リクトが小さくぼやいた。
そのプレイヤーは目の前で立ち止まると、ゆっくりと口を開いた。
「あの……れんさんでしょうか? 募集票を見て来ました。美咲といいます」
れんの顔が、明るくなった。
「来てくれたんですね! ありがとうございます」
笑顔で話しかけるれんの隣で、ナナは美咲を見ながら眉をひそめた。
「ちょっと待って。あの子、どう見ても」
「次が最後って言ったよな?」
れんの声が、低くなった。
ナナは言葉を詰まらせた。
「違っ、そうじゃなくて」
「いいから。約束だろ」
れんは、それ以上言わせなかった。
ナナは口を開きかけたまま、言葉を飲み込んだ。
リクトは美咲を上から下まで見て、露骨に眉をひそめた。
「いや、でも初心者だろ? 大丈夫なのかよ」
美咲の肩が、わずかに強張る。
れんは、リクトの方を見た。
「募集票には初見可って書いた」
「それはそうだけどさ」
れんは席を立つと、美咲に向き直った。
「俺は、れんです。こっちがナナ。それと、リクト」
ナナはまだ何か言いたそうにしていた。
リクトは面倒そうに視線を逸らしていた。
美咲は、それでも小さく頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
その声に、ナナは何も返せなかった。




