第4話 相談
昼休み。
会社の休憩室は、いつも少しだけ騒がしい。
電子レンジの終了音。
自動販売機から、缶飲料が落ちる音。
誰かが笑う声。
誰かが、午後の仕事の段取りを確認する声。
陽気な日差しと、少しばかりの休息で、その場の空気は和らいでいた。
ただ、その片隅で椅子に腰を下ろす美咲の周りだけは、わずかに空気が張り詰めていた。
目の前には、食べかけのコンビニ弁当。
あと二口もすれば食べ終わる。
けれども美咲は、手元のスマホを眺めていた。
【初心者でも即戦力! 支援職の立ち回り100】
美咲は、ゲーム内で手に入れたその記事を、あらためて読み返していた。
ページを戻し、目次を開く。
バイタルデバイスの見方。
状態異常の解説。
立ち位置。
効率的な治療。
書いてあることは、基本的なこと。
でも、今美咲が求めている答えはそこにはなかった。
アリスに言われたことを思い返す。
何を切り捨てるのかではなく、何を優先するのか。
座学だけでは、どうにもならないのかもしれない。
美咲は大きく息を吐いて、呟いた。
「そんなこと言われても、わかんないよ」
美咲が項垂れていると、前方から声が飛んできた。
「柊さん、今大丈夫?」
美咲が沈んだ表情を上げると、同僚の女性社員が立っていた。
その表情は、どこか困っているように見えた。
「あ、もしかしてお取り込み中?」
美咲の様子を察したのか、同僚の表情が変わる。
美咲にはすぐにわかった。
何か、変な勘違いをされている。
絶対に。
美咲は机の上のコーヒーを手に取ると、一口飲んで顔を引き締めた。
「いえ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
同僚は、話ができると分かると顔を綻ばせた。
「休憩中にごめんね。来客用の会議室が急に使えなくなって、別室を押さえるか、先に資料印刷を回すかで迷ってて」
美咲は視線を上げて、顎に指を添えた。
「先に会議室ですかね。場所が決まらないと、案内も受付への共有もできないので」
同僚が無言で小さく頷く。
「資料は、差し替え箇所だけ分かっているなら後でも間に合いますよ」
「先に会議室ね。了解!」
「人手が足りなかったら言ってください。お手伝いしますので」
「ありがとー。でも大丈夫、後は自分でなんとかするから」
同僚が自嘲するかのように小さく笑った。
「でも、柊さんに聞くと、何から片付ければいいか分かるから助かるよー。初めてのことで、テンパっちゃってさ」
その言葉に、美咲の霧がかった思考が、少しだけ晴れてくる。
「ありがとねー」
同僚はそう言うと、踵を返した。
そして、少し歩いたところで美咲に顔を向け、ニヤリと笑った。
「お詫びと言っちゃなんだけど、男関係の相談なら任せて!」
美咲の顔がひきつる。
やっぱり。
美咲はため息を押し殺し、苦笑いを浮かべた。
「早くした方がいいですよ」
同僚は慌てて歩き始める。
その後ろ姿が見えなくなると、美咲は小さく息を吐いた。
何を片付けるべきか。
何気ない、同僚の言葉。
美咲は、机の上のコンビニ弁当に視線を落とした。
そして箸を取り、冷めかけたおかずを口に運んだ。
──
その日の夜。
Code:VIRにログインした美咲は、端末でフレンド欄を確認した。
美咲のログイン後のルーティン。
というよりも、癖のようなものだった。
まだ、刹那もアリスもログインはしていなかった。
椅子に腰を下ろして、お昼のことを思い出した。
同僚の相談。
仕事なら、順番を考えられる。
何を先に片付けて、何を待つのかも分かる。
会議室も、会議資料も、どちらも必要だった。
ただ、先に片付けるべきものを決めただけ。
でも、戦場では。
それができなかった。
次のリレードローンを壊すこと。
次の標的へ向かうこと。
あの時は、そればかりを見ていた。
多分、焦っていたのかもしれない。
まだ戦闘に慣れていないから。
なら、もっと経験を積めばいい。
何を先に見て、何を後に回すのか。
それを、自分で考えて動く場数を増やせばいい。
アリスや刹那と一緒なら、きっと助けてもらえる。
また、教えてもらえる。
でも、それだけでは足りない。
教えてもらったことを、自分で使えるようにならなければいけない。
美咲は椅子から立ち上がった。
「……よし」
胸の前でそっと拳を握ると、外に向かって歩き始めた。
向かう先は、リヴェラ中央区。
任務受付広場。




