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第2話 評価

第2話 評価


 『時間よ。お疲れ様』


 アリスの声が、静かに戦闘終了を告げた。


 その言葉に、疲れがどっと溢れ出てくる。


 10分間のエリア防衛任務。

 美咲に与えられた役目はただ一つ、リレードローンの破壊。


 戦闘中、アリスからの指示は、ほとんどなかった。


 それが今になって少し不安になる。


 刹那は、動きやすかっただろうか。

 アリスの予測通りに、動けていたのだろうか。


 わからない。


 でも、上手くできた気がする。

 そう思いたかった。


 美咲は小さく息を吐くと、辺りを見渡す。


 地面には、ドローンの残骸が無数に散らばっていた。

 その数は、多すぎて数えることができない。


 この数をたった二人で。


 あらためて見ると、乾いた笑いが込み上げてきた。


 緊張が解け、被弾した肩が少しだけ痛み始めた。


 美咲は傷ついた肩を見た。


 巻かれた包帯から血が滲んできている。


 美咲が傷に触れようとした時、背後から砂利を踏む音が聞こえてきた。


「あー疲れた」


 気だるげな声。


 美咲は咄嗟に、血の滲んだ包帯を手で隠した。


 自分でも、なぜ傷口を隠しているのかわからない。

 それでも、なぜか見せたくはなかった。


 美咲が振り返ると、刹那がこちらに向かって歩いてきていた。


「刹那さん、お疲れ様です!」


「おつかれ」


 刹那の視線が、一瞬美咲の肩に止まった気がした。


 だが、刹那は何も言わずに、その場の瓦礫に腰を下ろした。

 そして、小さく息を吐いた。


「耐久系の任務は、自分のペースで終わらないから無駄に疲れる。同じ数倒すにしても、いっぺんにきてくんねぇかな」


 普段通りの軽口。


 美咲が小さく笑った。


「いっぺんにって……何体同時にくると思ってるんですか」


 刹那は視線を上げ、少し悩んだ。


「100ぐらい?」


 美咲は愛想笑いをうかべ、もう一度ドローンの残骸に目を向けた。


「いくら刹那さんでも……」


 美咲は続きを言いかけ、口を閉じた。


 戦闘中の刹那を思い返す。

 迷いの一切ない、斬れるような動き。

 そして、アリスへの信頼。


 刹那なら。

 いや、アリスと刹那の二人ならやりかねない。


 ものの数分で100機を倒しきってしまう、そんな気がした。


「三人いれば余裕だろ」


 三人いれば。


 刹那の中で、美咲は頭数に入っていた。


 その言葉に、少しだけ頬が緩んでしまう。


 それと同時に、今日のことが気になった。


 美咲は小さく息を吸い、振り返る。


 刹那と視線が交わった。


「あの……」


「ん?」


 気になる。


 けれども、急に聞いたら刹那に迷惑なんじゃないか。

 気を使わせるんじゃないか。


 そんな気がして、いざ聞こうと思うと言葉が喉につっかえた。


 美咲は口を開けたまま、視線を宙に漂わせた。


「どうした?」


 そんな美咲の姿に、刹那は眉根を寄せて小さく首を傾げた。


「えっと……やっぱりなんでもないです!」


 笑って誤魔化す美咲に、刹那が即座に言葉を被せた。


「いや、なんでもないことないだろ」


「本当に、なんでもないんですって!」


「言いたいことがあるなら、言えって」


 刹那の瞳からは、言うまで逃がさない、そんな圧が滲み出ている。


 数回のやり取りの後、観念した美咲は躊躇いがちに口を開いた。


「その……今日の私、ちゃんとできてたのかなぁって……」


 その声は、思いのほか小さかった。


 それが逆に、恥ずかしく思えてくる。


 美咲の言葉に、刹那は呆れたように笑った。


「なんだよ。そんなことかよ」


「そ、そんなことって……刹那さんが言えって言ったんじゃないですか……」


 美咲が俯き、口を尖らせた。


 役に立っているかどうか。

 それは、美咲にとっては大切なこと。


 けれども、刹那にとってそれは、そんなことで片付けられる程度のことなのかもしれない。


 そう思うと、少しだけ胸が苦しくなる。


「これ、見てみろよ」


 そう言い、刹那は取り出した携帯端末の画面を美咲へ向けた。


 美咲が画面を見ると、そこには先程の刹那の戦闘ログが記されていた。


 美咲はそれをじっと見つめた。


 ログには、刹那の回避と攻撃のログが画面いっぱいに並んでいる。


 そして、美咲は眉をしかめた。


 刹那がなぜこれを見せたのか、美咲にはよくわからなかった。

 なにか試されてる。

 そんな可能性も頭によぎった。


 美咲は端末から視線を上げ、刹那の表情をうかがった。


 刹那の表情は特に普段と変わらない。


 やっぱり、わからなかった。


「あの、これがどうしたんですか?」


 美咲が尋ねると、刹那が言った。


「私へのダメージ表記はあるか?」


 美咲はもう一度、目の前のログに目を通す。


「ないです」


「なんでだと思う?」


「えっと……刹那さんがすごいから?」


「……それもある」


 美咲は視線を刹那に戻した。


 刹那の口元が、わずかに緩んでいる。


 だが、正解ではないらしい。


 刹那が、時間切れと言わんばかりに口を開いた。


「正解は、ドローンが連携をとらなかったから」


 連携。


 その言葉に、美咲はリレードローンの能力がすぐに思い浮かんだ。


 存在するだけで、他のドローンが連携を始める。

 司令塔のような存在。


「連携ありでも、10機ぐらいなら無傷で対応できるけど、それ以上は無理だな」


 刹那が続けた。


「つまり、連携させないように動いたメンバーのおかげで、私は無傷でここにいる」


「リレードローンを壊して回ったのは、誰だっけ?」


 刹那の視線が美咲に向いた。


「わ、私です」


「そういうことだよ」


 刹那は最後にそう言い、小さく笑った。


 戦闘中、直接刹那をサポートしたわけではない。

 それでも、刹那が無傷で戦い続けるための役には立てていた。


 それがわかった途端、美咲の心が少し満たされた気がした。


 美咲が口元を緩めていると、美咲の背中に静かな声が落ちた。


「嬉しそうね」


 美咲の肩が跳ね上がる。


 美咲が振り返ると、銀髪の少女が後ろに立っていた。


 いつからいるのかも、わからない。

 気づけば、碧い瞳が美咲を見ていた。


「ア、アリスさん、お疲れ様です。いつからそこに?」


「貴女が自身の評価を、刹那に求めている辺りから」


 アリスにも、聞かれていた。


 美咲の頬が少しずつ、赤く色付いていく。


 アリスにも聞かれていたのなら、知りたい。

 アリスは今回どう思ったのかを。


 美咲が口を開きかけた時、先にアリスが言った。


「刹那の言う通り、悪くなかったわ。強いて言うなら、被弾とその報告。それ以外は及第点ね」


 美咲の背筋が凍った。


 見られていた。


 アリスの視線が、美咲の肩に向いた。


「包帯、巻き直しなさい」


 美咲も自分の肩を見た。


 血の滲んだ包帯が、取れかかっていた。


 見ていなくても、気づかれるに決まっていた。


「あ、はい」


 美咲はバッグを下ろすと、包帯を外し始めた。


 アリスはそれを確認すると、刹那に歩み寄った。


 刹那は携帯食料を片手に、二人のやり取りを見ていた。


 アリスは刹那のもとまで行くと、無言で手を差し出した。


 刹那は一度アリスの手を見てから、自身の食料に目を向けた。

 そして、食料をアリスから遠ざける。


「やらんぞ」


 刹那の冗談かどうかわからない振る舞いに、アリスの眉がわずかに動いた。


「いや、無言で手出されてもわかんねぇって」


 アリスは小さく息を吐き、目元を緩めた。


「三度。戦闘後のことを、貴女に説明したはずなのだけれども」


 アリスの声は、呆れが滲んでいた。


 刹那は食料を口に運び、首をひねった。


「なんだっけ?」


「戦闘後、貴女が居た位置にある端末から、メモリを持ってくるように幾度も説明したわよ」


 刹那は咀嚼をしながら、思い出したかのように頷いた。


 そして、中のものを飲み込むと口を開いた。


「悪い、忘れてた」


「取ってきなさい」


 嫌そうに顔をしかめる刹那。


 アリスの無言の圧がそれを許さなかった。


「へいへい。持ってくればいいんだろ」


 刹那が諦め、立ち上がる。


 それと同時に、美咲が声を上げた。


「私が行ってきます!」


 二人が美咲に顔を向けると、治療を終えた美咲が背筋を伸ばして、手を挙げていた。


「刹那さんが戦っていた中心地でいいんですよね? 行ってきます!」


 アリスの返事を待つより先に、美咲の足が動いていた。


 その背中を見送りながら、刹那がアリスに何かを言った。


 その声は、美咲の耳には届かない。


 刹那は、どこか困ったように目を伏せた。


 アリスは、静かに首を振った。

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