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第53話 帰還

 美咲は、ほとんど転ぶように刹那の前まで駆け寄った。


「私っ……」


 謝らないと。


 置いていって、ごめんなさい。


 助けられなくて、ごめんなさい。


 言わなければいけないことは、分かってる。


 でも、刹那を目の前にすると、喉元に声が引っかかって言葉は出なかった。


 刹那はわずかに眉をあげると、小さく笑った。


「あの後、無事に出られたか?」


 刹那の声は、まるで日常の延長線上のように、軽い口調だった。


「私……刹那さんを置いていって、ひとりで逃げました」


「そりゃ、私が逃げろって言ったからな」


「私がもたもたしてたから、刹那さんは……」


「別に死ぬのは慣れっこだし、気にすんな」


 美咲には、それが慰めの言葉のように聞こえた。


「私っ……!」


 美咲が顔を上げた瞬間、刹那の曲げられた指が目の前にあった。


 ペシッ。


 額に軽い衝撃。


 美咲は訳もわからず、額を両手で押さえた。


「え?」


 刹那は、小さく息を吐きながら、半目で美咲を見ていた。


「私がいいって言うんだから、いいんだよ」


 そう言われても、美咲は納得できなかった。


 胸の中で気持ちが渦巻いていく。


「で、でも!」


「でもじゃない」


「お前は逃げきれた。私も今ここにいる。それでいいだろ」


 刹那は美咲の頭に軽く手を添えると、歩き始めた。


「お互い、できることをやったんだろ。誰が悪いとか、謝罪とか、どうでもいいよ」


「……あーでも」


 刹那は立ち止まり、美咲に顔を向けた。


 そして、微笑んだ。


「心配してくれて、ありがとな」


 美咲は静かに視線を落とした。


 今の笑顔で、美咲はわかった。


 きっとこれ以上、刹那に何を言っても取り合ってもらえない。


 刹那は本当にそう思っている。


 美咲のせいじゃないと。


 二人が今ここにいるなら、なんでもいいと。


 美咲は刹那の背中に、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 刹那は背を向けたまま片腕を上げ、手を軽く振った。


 刹那はそのまま、アリスとマリアのもとへ歩み寄った。


 けれども、先ほどと違って、その表情はどこか固い。


「あー……えっと、そんなわけで……」


 絞り出すような声。


 アリスは無表情で見つめ、マリアは笑顔を崩さなかった。


「お疲れさん?」


 冗談交じりの声。


 最初に出るべき言葉では、なかった。


 だが、二人は返事を返さない。


 ただ無言で刹那を見続けていた。


 二人の圧が、空気を歪める。


 刹那は顔を引きつらせ、小さく笑った。


 アリスはまぶたを閉じると、息を吐いた。


「マリア、昨日私に言ったわよね。言葉のかけ方には、気をつけるようにと」


 マリアが笑顔のまま答えた。


「ええ〜、言ったわよ〜」


 口調は柔らかい。


 だが、その声には確かに怒気が滲んでいた。


「戻ってきた者には、労いの言葉をかけろと」


「近いことは、言ったわね〜」


 二人の会話に、刹那は眉根を寄せ、小さく首を傾げた。


「今回も、その理屈は適用されるのかしら」


「……しないわねぇ」


 アリスが顔を上げ、刹那を見据えた。


 刹那が反射的に一歩下がった。


「つまり、今回は言いたいことをはっきりと言っていいと」


「……許しましょ〜!」


 刹那は咄嗟に、後ろに飛び退いた。


「待て待て! なんでそうなるんだよ!」


 刹那のすぐ後ろでは、美咲が小さく震えていた。


「刹那さん……」


 刹那が振り返り、美咲を見た。


「美咲、お前も何か言ってくれ! 今回は仕方なかったって!」


 美咲は震えたまま、首を横に振った。


「今のは……刹那さんが悪いです」


「どういう意味だよ!」


 その時、マリアの手が刹那の腕をがっしりと掴んだ。


「お店でお話しましょ〜」


 刹那がマリアに引きずられていく。


 アリスはすでに、歩き始めていた。


 美咲はその場に立ち尽くし、小さく苦笑いを浮かべた。


 お話。


 そんな生やさしいものではない。


 美咲にも、それだけはわかってしまった。

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