表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/80

第46話 血

 黒い触手が、床を削って跳ねた。


 美咲は、考えるより先に引き金を引いていた。


 短く、ばらけた銃声。


 何かを狙ったわけではない。


 触手の進路に、弾を置いた。


 アリスの言葉が頭の奥で響く。


 倒そうとしない。


 止める。


 逸らす。


 弾幕に触れた触手の先端が、わずかに軌道を変える。


 アリスの横を抜けるはずだった黒い触手が、床に叩きつけられた。


 その一瞬に、アリスの拳銃が火を噴く。


 乾いた銃声。


 触手の付け根に弾丸が吸い込まれ、青黒い液体が飛び散る。


 黒いものの身体が小さく揺れた。


 けれど、倒れない。


 うずくまっていた身体を起こし、こちらへ向き直った。


 見られた。


 そう思った瞬間、美咲の背筋に冷たいものが走った。


 頭のない、肥大した黒い肉の塊。


 その中央には、赤黒い液体がこびりついている。


 黒い影の大きな口が、ゆっくり開いた。


 くちゃ。


 くちゃ。


 さっきまで何かを噛み砕いていた音が、今度は喉の奥で反響する。


「右」


 アリスの声。


 美咲は反射的に銃口を振った。


 右の床を這っていた触手が、壁を蹴るように跳ねる。


 美咲が撃つ。


 弾は直撃しない。


 けれど、触手は弾幕を避けるように、わずかに速度を落とした。


 その隙に、アリスが半歩だけ位置を変えた。


 黒い拳銃が、また鳴る。


 一本、二本と、伸びてきた触手の動きが止まる。


 見えている触手なら、アリスは読めている。


 美咲にもそれが分かった。


 アリスの動きは、怖いほど静かだった。


 無駄がない。


 触手の起点を見る。


 音を聞く。


 美咲が作った隙に、必要な一発だけを差し込む。


 けれど、触手は引かない。


 弾が当たっても、液体を吹き出しても、何度も二人に向かってきた。


 床に転がっていた切断された触手が、びくりと震える。


「美咲、足元」


「はい!」


 美咲は床へ銃口を向けた。


 蠢いた触手の残骸が、まるで生きているみたいに跳ねる。


 撃つ。


 散った青黒い液体が、白い床にべたりと広がった。


「本体から切り離されても、完全には死んでいない……?」


 アリスが小さく呟く。


 その声には、焦りではなく、理解の速度があった。


「近づきすぎないで。残骸も攻撃判定を持っている可能性があるわ」


「は、はい」


 美咲は頷く。


 でも、足は震えていた。


 刹那のブーツが見える。


 黒いものの足元。


 床を濡らす青い液体の向こう。


 見覚えのあるブーツと、腰から下だけが、そこに残っている。


 呼吸が止まりそうになった。


 視界が狭くなる。


 見てはいけない。


 でも、見てしまう。


「美咲」


 アリスの声が低く落ちた。


「今は、あれにだけ集中しなさい」


 その言葉で、美咲は息を吸った。


 見る。


 でも、飲まれない。


 アリスが一歩進む。


 それだけで、黒いものの反応が変わった。


 残った二本の触手が、同時に動いた。


 一本は天井近くへ。


 もう一本は床を這い、アリスの足元へ。


 上と下。


「上!」


 美咲は叫びながら銃口を上げた。


 天井を走る触手の進路に、弾を置く。


 当たった。


 けれど、止まらない。


 触手は軌道を変え、壁へ叩きつけられるように逸れた。


 その瞬間、アリスは下を見ていた。


 床を這う触手が跳ねる。


 アリスは半歩だけ身を引き、黒い拳銃を下へ向けた。


 乾いた銃声。


 下の触手が弾かれる。


 次の瞬間。


 さっき壁へ逸れたはずの触手が、壁面を蹴るように曲がった。


 上からではない。


 横から。


 美咲の弾で逸れた軌道を、そのまま別の角度に変えて、アリスへ戻ってきた。


「戻ってきます!」


 アリスの身体が流れる。


 避けた。


 けれど、完全ではなかった。


 黒い触手の先端が、アリスの腕をかすめる。


 白い袖が裂け、赤い線が細く走る。


「アリスさん!」


「止まらないで」


 アリスの声は変わらない。


 アリスの腕から落ちた赤い滴が、床に触れた。


 その瞬間、黒いものの動きが変わった。


 二本の触手が、アリスへ向く。


「……損傷反応」


 アリスが低く呟いた。


「血、いえ、損傷した対象に寄っている」


 美咲の中で、何かが繋がった。


 メイの腕。


 裂けた袖口。


 赤黒い液体。


 それに触れた刹那。


 だから──


「アリスさん、血に反応してます!」


 叫んだ瞬間、その動きが確信に変わった。


 迷いがない。


 傷ついたものを、食べようとしている。


 美咲はSMGを構え直した。


 止める。


 逸らす。


 でも、足りない。


 このままでは、アリスまで持っていかれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ