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第38話 森の奥へ

「実践の方が早くないか?」


 刹那の当然といった言葉に、《にじいろパウダー》は静まり返る。


「本ばっか読んでっと、アリスみたいに石頭になるぞ」


「い、石頭……」


 美咲が小さく呟くと、マリアが「あらあら」と笑った。


 楓は口元に手を添え、少し困ったように微笑んでいる。


「えっと……実践、ですか?」


「味方の位置を見るとか、退路を見るとか、そういうのは実際に動いた方が分かるだろ」


 刹那は肩をすくめる。


「危ないとこには行かねぇよ。軽い採取同行か、低難度の護衛で十分」


 マリアの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「刹那ちゃん」


「分かってますって。無茶はさせません」


 刹那は両手を軽く上げた。


「今日は本当に軽いやつ。美咲は撃つんじゃなくて、周りを見る練習」


 美咲は端末を握りしめたまま、刹那を見る。


 少し怖い。


 でも、やってみたい。


 そんな気持ちが胸の中で揺れていた。


「……行ってみたいです」


 美咲がそう言うと、マリアは心配そうにしながらも、やわらかく頷いた。


「なら、無理はしないこと。危ないと思ったら、すぐ戻るのよ〜」


「はい」


 美咲が小さく頷くと、楓が小さな包みを差し出した。


 中には、薄く焼いた携帯食のようなものが入っていた。


「よければ持っていってください。試作品ですけれど、少しだけ集中力を保ちやすくなるはずです」


「え、いいんですか?」


「はい。支援のお勉強なら、私も少しだけお手伝いしたいので」


 美咲は両手で包みを受け取った。


「ありがとうございます、楓さん」


 楓は静かに微笑む。


「行ってらっしゃい」


 その言葉に、美咲の胸が少しだけ温かくなった。


 マリアも続ける。


「行ってらっしゃい、みさきちゃん」


 刹那が扉の前で手を振る。


「ほら、行くぞ」


「はいっ」


 美咲は端末を閉じ、椅子から立ち上がった。


 まだ支援職になれたわけじゃない。


 役に立てる保証もない。


 それでも、何もしないよりは前に進める気がした。


 店の外に出ると、リヴェラの空は少しだけ夕暮れに傾いていた。


 美咲はポーチの中身をもう一度確認する。


 回復アイテム。


 スモークグレネード。


 スタングレネード。


 楓にもらった包み。


 そして、端末に残った記事の文字。


 刹那が隣で軽く伸びをする。


「今日の目標は、倒すことじゃない」


「はい」


「見ること。気づくこと。必要なら知らせること」


 美咲はゆっくり頷いた。


「やってみます」


 刹那は小さく笑う。


「頑張れよ」


 二人は並んで歩き出した。


 ──


 任務自体は、難しいものではなかった。


 街の外れで採取を行うギャザラーの護衛。


 出現する敵も、フールやキャンサーより少し動きが速い程度の小型機械ばかり。


 刹那が前に出れば、戦闘そのものはすぐに終わる。


 けれど、美咲は銃を構えるより先に、周囲を見るように意識した。


 ギャザラーの位置。


 刹那の立ち位置。


 敵の数。


 逃げ道。


 自分のポーチの中身。


 最初は、すべてがばらばらに見えた。


 視界に入っているのに、意味として繋がらない。


 それでも、美咲は必死に目を動かした。


 刹那が一体目を斬り伏せた直後、草むらの奥で小さな金属音がした。


 美咲は反射的に銃を向けかける。


 けれど、すぐに止めた。


 記事の言葉が頭をよぎる。


 まず、知らせる。


「刹那さん、右奥です!」


 その声に、刹那が即座に反応する。


 草むらから飛び出したハウンド・ドッグを、刹那は振り向きざまに蹴り飛ばした。


 それは地面を転がり、刹那のナイフであっさりと沈黙する。


「今の、よかったじゃん」


 刹那が軽く言った。


 美咲は目を丸くする。


「え?」


「撃たずに知らせた。十分支援っぽい」


 その言葉に、美咲の胸が少しだけ弾んだ。


 けれど、すぐに首を振る。


「まだ、たまたまです」


「最初はそれでいいんだよ」


 刹那はそう言って、また前を向いた。


 任務はその後、大きな問題もなく終わった。


 美咲が派手に活躍したわけではない。


 誰かの命を救ったわけでもない。


 けれど、以前より少しだけ、周りを見ることができた。


 その小さな手応えだけが、帰り道の足取りを軽くしていた。


「支援って、難しいですね」


 街へ戻る道すがら、美咲が呟く。


「最初はな。でも、向いてないわけじゃないと思うぞ」


 刹那は気軽に答える。


 その言葉に、美咲は小さく笑った。


「もっと、頑張ります」


「ほどほどにしろよ」


 刹那はそう言って、前を向く。


 夕暮れの光が、草原の端を薄く染めていた。


 美咲はふと足を止め、森の方へ視線を向ける。


 その景色に、見覚えがあった。


「……そういえば」


 刹那が顔を向ける。


「どうした?」


 美咲は森の奥を見つめながら、ゆっくり口を開いた。


「この辺りで、前に変な敵を見たんです」


 その時、二人の間を風が吹き抜けた。


 風は、薄暗い森の奥へと音もなく吸い込まれていった。

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