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第35話 ソロの理由

 月の厨房《CRESCENT CANTEEN》の扉を開けると、香ばしい匂いと一緒に、明るい声が飛んできた。


「いらっしゃーい! おっ、美咲ちゃんやーん!」


 カウンターの向こうで、レイナが大きく手を振っている。


 さっきまでいた任務受付広場のざわめきとは、空気がまるで違った。


 白い外套。


 差し伸べられた手を取らずに立ち上がった人。


 その背中が、まだ少しだけ胸に残っている。


 けれど、レイナの声を聞いた瞬間、美咲の肩から力が抜けた。


「刹那なら奥の席やで〜」


「ありがとうございます」


 レイナに案内され、美咲は奥の席へ向かう。


 そこには、すでに刹那が座っていた。


「おう、来たか」


「はい。お誘いありがとうございます」


 美咲が席につくと、刹那は軽く頷いた。


「で、何かあったのか?」


「え?」


「お前、顔に出やすいタイプだぞ」


 美咲は咄嗟に両手で顔を覆う。


 そんな美咲の姿に、刹那が呆れたように笑った。


「いや、おせーよ」


 美咲は指の隙間から刹那を見つめると、恥ずかしそうに笑いながら手を下ろした。


 そして、少しだけ迷ってから口を開いた。


「支援職向けのクランの方に、お話だけでもどうかって誘われたんです」


「ふーん」


 刹那は特に驚いた様子もなく、グラスの水を指先で揺らした。


「入るのか?」


「いえ。断りました」


「そっか」


 それだけだった。


 思っていたよりもあっさりした反応に、美咲は少しだけ拍子抜けする。


 その時、背後から静かな声がした。


「こんばんは」


 美咲は勢いよく振り返った。


「ア、アリスさん!? な、なんで……?」


 いつの間に来ていたのか、アリスがすぐ後ろに立っていた。


 いつも通りの涼しい顔で、美咲の隣の席へ視線を向ける。


「刹那に誘われたのよ。迷惑だったかしら?」


「いえいえいえ! そういうわけでは!」


 美咲は慌てて両手を振った。


 刹那はその様子を見て、小さく笑う。


「相変わらず忙しい反応だな」


「だ、だって急に……」


 アリスは気にした様子もなく席につく。


 レイナがにやにやしながら注文を取りに来た。


「はいはい、三名様ご案内完了やな。今日は何にする?」


 注文を終えると、テーブルに少しだけ落ち着いた空気が戻ってきた。


 アリスの前に紅茶が運ばれてきたところで、美咲は、ふと思い出したように二人を見る。


「そういえば……お二人って、ずっとクランには入っていないんですか?」


 なんでもない、素朴な疑問。


 刹那とアリスは自然と顔を見合わせ、先に刹那が口を開いた。


「お互い、ほとんどソロだな」


「理由とかって、聞いても……」


 慎重に口を開く美咲とは裏腹に、刹那の口調は軽かった。


「1人の方が気楽だから、かな。気を使わんでいいし。それと──」


 刹那の視線がどこか遠くへ泳ぐ。


「それと?」


 刹那は眉間に皺を寄せ、ぽつりと続けた。


「……昔、知り合いに誘われてお試しで入ったんだけどさ。既存のメンバーに怖いって言われて、除名された」


「お試し期間中に除名される。そんなことあるんだなって、そん時は驚いたわ」


 吐き捨てるような刹那の言葉に、美咲は苦笑いを浮かべる。


「ま、まあ刹那さんって、勘違いされやすそうですもんね」


 刹那は鼻から息を吐くと、次はお前だと視線をアリスに向けた。


 しかしアリスは、紅茶を啜るだけで口を開かない。


 まるで自分には関係のない話と言わんばかりに、無視を決め込んでいた。


「……アリスさんはどうなんですか?」


 美咲が堪えきれずに尋ねると、アリスはようやくティーカップをソーサーに戻し、静かに口を開いた。


「別に、好きでソロをやっているわけではないわ」


 淡々とした口調。


 その言葉に、一瞬、空気が止まった。


「嘘だろ? ソロの代名詞みたいなやつが、それ言うか?」


 刹那が冗談半分で聞き直し、美咲が慌ててフォローを入れた。


「じゃあ、気が合う人とのクランなら歓迎なんですか?」


 二人の好奇心を含んだ視線に、アリスは紅茶の香りを纏わせながら答えた。


「気が合うだけじゃダメね。理念や信念が一致しなければ、その場にはいられない」


「理念が一致……?」


 美咲が小さく首をかしげながら尋ねると、アリスはわずかに目を細めて言葉を重ねた。


「団体に属するということは、ただ仲が良いとか、楽しければいいってものじゃないわ。自分の価値観や目的が一致しなければ、いずれその空間に嫌気がさす」


「……でも、それって会社とかじゃないんですから。もっと、深く考えないで、この人たちと一緒に居たいなって思うだけじゃダメなんですか?」


 どこか引っかかるように、美咲はもう一度問いを重ねた。


 アリスは、ティーカップをゆっくりと回しながら──短く答える。


「……私には無い考えね」


 それだけ言うと、再び紅茶を啜った。


 その仕草が、この話を終わらせるための句読点のように思えた。


 だが、沈黙は長く続かなかった。


「色々言い訳しとるけど──単に友達おらんだけやろ?」


 レイナの遠慮のない声。


 店内の空気が、わずかに冷え込む。


 美咲が顔をひきつらせ、視線をカウンターに向けた。


 そこには、この空気を作った当の本人が、なぜかヘラヘラ笑っていた。

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