表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

第31話 たまに、面倒を見るくらいなら

 《にじいろパウダー》の店内には、火薬と紅茶の匂いが混ざっていた。


 店内は、いつも通り静かだった。


 棚には弾薬素材やサバイバル用品が並び、カウンターではマリアが金属片をひとつずつ確認している。


 その向かいの椅子には、刹那が座っていた。


 足を組み、背もたれに身体を預けている。


 一見すると、ただ暇を持て余しているようにも見えた。


 けれど、その視線は何度も入口の扉へ向いていた。


「……あいつ、大丈夫ですかね」


 ぽつりと、刹那が呟く。


 マリアは手元の金属片を光に透かしながら、のんびりと答えた。


「大丈夫よ〜。何だかんだで、アリスちゃんは優しい子だから。美咲ちゃんのこと、ちゃんと見てくれるわ」


「いや、そうじゃなくって」


 刹那は小さく息を吐いた。


「また面倒事に巻き込まれてそうで」


 その言葉に、マリアの手がぴたりと止まった。


 指先で摘まれていた金属片が、かすかな音を立てる。


 マリアはゆっくりと顔を上げた。


 そして、困ったように笑って刹那を見る。


「……否定できないのが、困るわねぇ」


「でしょう?」


 刹那は椅子から立ち上がった。


「ちょっと探してきます」


 そう言って、扉へ向かおうとした、その時。


 入口のベルが鳴った。


 店の扉が開く。


 入ってきたのは、美咲とアリス。


 美咲は少し慌てたように店内を見回し、刹那とマリアの姿を見つけると、背筋を伸ばした。


「も、戻りました」


「おかえりなさ〜い、みさきちゃん」


 マリアはいつもの柔らかな声でそう応え、その隣で刹那が眉をひそめた。


「……何かあったな」


 美咲の肩が、びくりと跳ねる。


「えっ」


「顔に出てる」


 刹那は美咲を見る。


 それから、アリスへ視線を移した。


「ええ」


 アリスは短く返事をした。


 その声は、いつも通り静かだった。


 けれど、その静けさの奥にある温度を、刹那もマリアも聞き逃さなかった。


 アリスは店内の椅子へ歩み寄ると、美咲を隣に座らせた。


「まず、今回の件を説明するわ」


「今回の件?」


 マリアが金属片を机に置き、首を傾げる。


「えっと……あの、私が」


 美咲が口を開きかける。


 しかし、アリスが静かに視線だけで制した。


「私から話すわ」


 美咲は小さく頷き、膝の上で両手を握った。


 アリスは淡々と説明を始めた。


 エリア9.2。


 初心者狩り。


 案内を装った男女二人。


 テーザーガン。


 キャッシュの強奪。


 追跡。


 そして、正門前での制圧。


 言葉は簡潔だった。


 必要な情報だけが、順番に並べられていく。


 最初、マリアは困ったように眉を下げて聞いていた。


 刹那も腕を組み、黙っていた。


 けれど。


「美咲は、テーザーガンで行動を封じられたわ」


 その一言で、空気が変わった。


 マリアの顔から、笑みが消えた。


 いつも柔らかく細められている目が、ほんの少しだけ開く。


 同時に、刹那の目から光が消えた。


 椅子が床を鳴らす。


「そいつら、どこだ」


 今まで刹那から聞いたことのない、低い声。


 美咲の背筋が、びくりと震える。


「対処済みよ。座りなさい」


 アリスは、視線すら動かさずに言った。


 刹那はしばらくアリスを見つめ、やがて舌打ちを飲み込むと、ゆっくりと椅子に座り直す。


「……続けろ」


 アリスは表情を変えないまま頷いた。


「奪われたキャッシュは回収済み」


「美咲の端末に残っていた、相手二名の行動ログも確保してある。今回の件で、おそらく懲りたでしょう」


「なら、終わった話じゃないかしら〜?」


 マリアの声は穏やかだった。


 けれど、いつもの甘さは少しだけ薄れていた。


 アリスは首を横に振る。


「私が聞きたいのは、そこではないわ」


 静かな声が、店内に落ちる。


 アリスは、マリアと刹那に目を向けた。


「貴女たちは、何をしていたのかしら」


 美咲が息を呑む。


「ア、アリスさん……!」


「責めているわけではないわ」


 アリスは、即座に言った。


 その声は変わらず静かだった。


「この子が一人で動くことは、もう分かっていたはずよ」


 刹那の眉がわずかに動く。


「チェイサーの時もそうだったわね。身近にマリアがいながら、美咲は一人で無理をした」


 アリスは続ける。


「今回も同じ。マリア、貴女も。刹那、貴女も。美咲が危険を過小評価して、一人で動く傾向があることは分かっていたはず」


「なのに、結果として彼女を一人にした。だから、美咲は危険な場所へ行った」


 美咲は俯く。


 胸の奥が、ぎゅっと縮む。


 けれど、アリスの声は美咲には向いていなかった。


 その矛先は、はっきりとマリアと刹那に向いている。


「もちろん、私にも責任はあるわ。あの場で言葉を選び損ねたのは事実だから」


 アリスは一度だけ、美咲に視線を向けた。


「けれど、それとは別に聞きたいわ。貴女たちは、何をしていたのかしら」


 二度目の問い。


 今度は、誰もすぐには答えなかった。


 静かな沈黙が落ちる。


 その沈黙を破ったのは、マリアだった。


「ん〜……」


 困ったように頬へ手を添える。


「私一人だと、この子猫ちゃんの面倒を見切れなかったのは事実ね〜」


「マ、マリアさん!?」


 美咲が顔を上げる。


「それに、刹那ちゃんがいてもダメ……」


「おい、私まで入れるのかよ」


 刹那が不服そうに眉をひそめる。


 マリアは、ふわりと笑った。


 その笑みには、逃げも誤魔化しもなかった。


「だって、そうでしょう? みさきちゃん、目を離したら気づいた時には走り出しているもの〜」


「……まあ、そうだけど」


 刹那がぼやく。


 美咲は、何か言おうとして口を開いた。


 けれど、何も出てこなかった。


 思い当たることが、多すぎた。


 マリアは、ゆっくりと視線を動かした。


「つまり……」


 その視線が、アリスに向く。


 刹那も何かを察したかのように、アリスを見た。


 アリスの眉が、ほんのわずかに動く。


「……何かしら」


 刹那が口元に、不敵な笑みを浮かべる。


「面倒事だけ、私たちに押し付けるのは感心しねーな」


「め、面倒事!?」


 美咲が目を丸くし、身を乗り出す。


「刹那さん、私って面倒事なんですか!?」


「いや、そこを拾うな」


 刹那は美咲の頭を片手で軽く覆い、押し返した。


 マリアはくすくすと笑う。


「でもね、みさきちゃん。面倒を見たくなる子、という意味では間違ってないわよ〜」


「それ、褒めてます……?」


「もちろん」


「本当ですか……?」


 美咲が疑わしげに見つめる。


 そのやり取りを見て、アリスは小さく息を吐いた。


「……たまに、よ」


 美咲がぱちりと瞬きをする。


「え?」


「たまに、面倒を見るくらいなら構わないと言ったの」


 アリスは視線を逸らしたまま告げた。


「言質取ったな」


「刹那」


「はいはい、分かってるよ」


 マリアは嬉しそうに目を細め、美咲に微笑みかける。


「よかったわねぇ、みさきちゃん」


「え、えっと……」


 美咲はどう反応すればいいのか分からず、両手を膝の上で握った。


 胸の奥が、また熱くなる。


 さっき、アリスとフレンドになったばかりなのに。


 今度は、マリアと刹那とアリスが、自分のことで言い合っている。


 それが少し申し訳なくて。


 けれど、どうしようもなく嬉しかった。


「ありがとうございます……」


 小さく、そう呟いた。


 アリスは答えない。


 刹那は小さく笑う。


 マリアも、柔らかく微笑んでいた。


 だが、そこでアリスが再び口を開く。


「ただし」


 その一言で、美咲の肩が跳ねる。


「美咲。貴女にも問題はあるわ」


「は、はい……」


「貴女は一人で動きすぎる」


 美咲は視線を落とした。


「慣れてきたとはいえ、判断に必要な知識が足りていない」


 その言葉は、まっすぐ美咲に届いた。


 責められているというより、現実を示されているようだった。


「貴女は、これからも動くでしょう」


「……はい」


 美咲は小さく頷いた。


「止めても?」


「……多分」


 刹那が苦笑する。


「正直でよろしい」


「なら、最低限の知識は必要よ」


 アリスは言った。


「危険な場所。危険な相手。逃げる判断。助けを呼ぶ判断。戦う以前に、覚えるべきことがある」


 美咲は、アリスに視線を送る。


 静かな碧い瞳。


 その奥にあるものは、たぶん怒りだけではなかった。


 心配。


 そう呼ぶには少し冷たい。


 でも、間違いなく自分に向けられているもの。


 美咲は膝の上で手を握りしめた。


「……じゃあ」


 言葉が、自然とこぼれた。


「アリスさん、私に戦い方を教えてください」


 アリスは目を伏せる。


 その口元が、ほんの一瞬動いた気がした。


「いいわよ」


 あの時とは違う。


 アリスは、はっきりとそう答えた。


 嬉しさで、美咲の口元が緩む。


「ただし」


 アリスは顔を上げると、美咲をまっすぐ見つめた。


 その碧い瞳を見た瞬間、美咲の背筋が、なぜか凍りつく。


「やるからには、徹底的にやるわよ」


 美咲はアリスから視線を逸らし、ゆっくりと刹那へ向けた。


 その瞳には、すでに後悔が滲んでいる。


 刹那は苦笑いを浮かべ、小さく呟いた。


「ドンマイ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ