第25話 冷たい声の向こう側
アリスが去ったにじいろパウダーには、火薬の香りと、言い切れない不満だけが残っていた。
「ったく……何なんだよあいつ……」
カウンターに体をあずけ、刹那が不満げに呟く。
その後方で、マリアが検品の手をとめず、柔らかい声を投げかけた。
「いつまでもぼやいてないの〜」
刹那は小さく息を吐くと、美咲に視線を向けた。
椅子に腰を下ろし、虚空を見つめる美咲。
時折、何かを考えるかのように俯いていた。
「ちょっと……刹那ちゃん」
刹那の背中からマリアの声が聞こえてくる。
その声には、『何とかしなさい』と言わんばかりの圧があった。
刹那は手を軽くあげると、美咲の元へ歩み寄る。
「悪かったな、変な空気にさせちゃって」
顔を上げた美咲は一瞬刹那を見つめ、慌てて首を横に振った。
「いえいえ、そんな! 私の方こそ……ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
「えっと……」
咄嗟に声が出てしまった美咲は、言葉を詰まらせ、ぎこちなく笑う。
「今回は、あいつが面倒臭いだけ。美咲は悪くない」
はっきりと断言する刹那に、美咲の肩の力がわずかに和らぐ。
それでも、アリスの拒絶の言葉が何度も耳に反響していた。
「……でも、そうですよね。急に教えてくださいって言われても、困りますよね……」
「しかも、気にも留めていない相手なら、なおさら……」
美咲は眉を下げて笑い、その笑顔に諦めが滲んでいた。
「いや──」
刹那が口を開きかけた時、マリアの声が被さった。
「私は、そうは思わないわね〜」
2人がマリアに顔を向けると、マリアは手を止め顔を上げる。
マリアは少し考えると、ゆっくりと口を開いた。
「気にも留めていない子のことなら、私にあんなこと言わないもの」
「なんて言われたんですか?」
「えっとね〜。どうして貴女がそばに居ながら、彼女を危ない目に遭わせたのか?って」
美咲の中で絡まっていた違和感が、少しずつほどけていく。
拒絶に聞こえていた声が、別の形に変わっていく。
「興味のない子が、そんなこと言うかしら?」
マリアの言葉に刹那が頷いた。
「だな。あいつは興味ない奴に、話しかけたりしないしな」
「じゃ、じゃあ……!」
美咲の顔に光がともる。
刹那はまぶたを閉じて少し考えると、口を開いた。
「多分、私の言い方が気に入らなかったか──」
「美咲ちゃんから直接言って欲しかった、かしらね〜」
嫌われているわけでも、興味を持たれていないわけでもない。
ただそれだけなのに、あの冷たい声の響きが少しだけ変わる。
気づけば、美咲は椅子から立ち上がっていた。
「わ、私! アリスさんを探してきます!」
美咲はそう叫ぶと、2人の言葉を待たずにお店から出ていった。




