第24話 かっこよく戦いたかった
晴天。
岩と砂ばかりの荒野は、立っているだけで喉が乾く。
その乾いた空気を、ひとつの銃声と鉄が弾ける音が裂いた。
「そっちいったぞー」
美咲の耳に、呑気な声が聞こえてくる。
美咲は即座に声の方向に視線を向けた。
視線の先、機械の獣が四足歩行で一直線に美咲へ向かって走ってきていた。
美咲が銃口を向けると、それは右へ左へと跳ぶように走り始める。
不規則な動きに、美咲の照準は定まらない。
「ちょっ……止まってよ……!」
焦りが指に伝わり、引き金に力が入る。
ダダダッ!
銃から放たれた弾丸は空を切り、地面に着弾した。
砂埃が上がる。
それが、美咲の視界を遮った。
「……やばっ!」
美咲が声を上げた時には、既に機械の獣が目の前まで迫っていた。
機械の体を縮め、飛びかかってくる。
美咲が後ろに跳ぶと同時に、刹那の足が獣を蹴り飛ばした。
獣は体勢を崩して、鈍い音を立てながら地面に吹き飛ぶ。
刹那はそのまま、流れるように腰のホルスターからハンドガンを抜くと銃口を向け──
パンッ。
パンッ。
機械の獣は数回痙攣すると、倒れたまま静止した。
刹那は銃をしまい、振り返る。
「大丈夫か?」
刹那の声で美咲は力が抜け落ち、その場にへたり込んだ。
「はぁ……はい。ありがとうございます」
「……今日はこの辺にしておくか?」
刹那の提案に美咲は少し考え、小さく頷いた。
刹那を先頭に、2人は歩きはじめる。
荒野を抜け、森に差し掛かった辺りで、美咲が口を開いた。
「刹那さんなら、あの時どうしてました?」
「あの時?」
「ハウンド・ドッグが、私の方に来た時です。動きが速い相手には、どうするのかなぁって思って」
美咲は眉の端を下げ、刹那を見つめていた。
「あー、私なら飛びかかってくるまで引き付けて、カウンターを入れるな」
「カウンターですか……」
先程の光景を思い返す。
素早い動きで走り回るハウンド・ドッグ。
焦りから引いてしまった引き金。
その結果──
「んー……」
美咲は小さく唸ると、腕を組んで考え込んだ。
自分にそれができる気がしない。
そんなことが頭をよぎる。
それでも、もう少しかっこよく戦いたかった。
「私はそうするってだけだぞ。実際、美咲の銃で相手が止まる保証も無いし」
美咲の視線が、肩から吊るされたMP-5に向けられた。
「美咲の場合、安全な立ち回りを意識した方がいいかもな」
「安全……ですか……」
「それに関しては、アリスに聞くのがいいんだろうけど……」
刹那はそこまで言うと、言い淀んだ。
美咲が視線を向けると、刹那は口に指を添え足元を見ていた。
そして、何事も無かったかのように美咲に笑いかける。
「まあ、聞いてみるだけ聞いてみるか」
「……はい」
刹那の言葉に、美咲は素直に返事をすることが出来なかった。
しばらくして、街に戻った2人は、にじいろパウダーの扉を開いた。
「私が伝えといてやるから」
刹那がそう言いながらお店の中に入る。
「あら〜。おかえりなさーい」
2人に気づいたマリアが、カウンターから柔らかい声で迎え入れた。
そして、その正面には、本を片手に椅子に腰を下ろすアリスの姿。
2人はカウンターに歩み寄る。
「珍しいな、お前が来てるなんて」
アリスはゆっくりと本から視線をあげると、静かに口を開いた。
「仕事よ、マリアに頼まれたの」
カウンターの上には、何かのパーツらしき金属が並べられていた。
それをマリアが、指先でそっと形を確かめ、一箇所ずつ頷くようにして仕分けていく。
「ふーん」
刹那はカウンターの上を覗き込むと、興味なさげに見つめる。
その時、マリアが手を止め顔を上げた。
「刹那ちゃん、申し訳ないんだけど……裏にまだ大量にあるの〜。一緒に運んでくれないかしら〜?」
マリアは申し訳なさそうに、刹那を見た。
刹那が美咲に視線を送った。
美咲は小さく「どうぞ」と答えると、刹那が口を開く。
「いいですよ」
「ありがと〜。助かるわぁ」
マリアが胸の前で手を合わせ、柔らかく笑った。
そして立ち上がり、2人はカウンターの裏に消えていった。
残された美咲は、椅子に座ることもなく立ち尽くした。
隣にはアリス。
時計の音と、アリスがページをめくる音だけが部屋に響く。
急に訪れた、アリスと話す機会。
美咲は何度か口を開きかけては閉じ、アリスを何度も横目で見た。
そして、小さく息を吐き頷く。
「ア、アリスさんこんにちは!」
その言葉は思ったより大きく出てしまった。
アリスはページをめくる手を止め、美咲を見つめた。
「ええ、こんにちは」
アリスは静かに挨拶を返した。
「えっと……これ全部アリスさんが持ってきたんですよね? 凄いですね!」
「そうでもないわ。普通よ」
「そ、そうなんですねぇ……」
美咲は笑顔のまま凍りついた。
胸の奥がチクリと痛む。
アリスは再び視線を本に落とすと、ページをめくりはじめた。
「……貴女は、刹那と任務かしら?」
アリスは視線を本に落としたままだった。
けれど、質問をされたことの方が嬉しくて、美咲は勢いよく頷いた。
「はい! 任務って言いますか、軽く戦闘を経験しようって事になって!」
「そう」
「私、全然ダメで……刹那さんに助けて貰ってばかりで」
「初心者だもの、仕方ないわ」
「どうすればいいのか……迷ってて……」
美咲の表情が徐々に暗くなる。
もう、何を話しているのかすら、わからなくなっていた。
アリスが顔を上げ、わずかに首を傾ける。
「どうかしたかしら?」
「……いえ、なんでもありません」
美咲はぎこちなく笑った。
そしてまた、部屋の中はページをめくる音だけで満たされた。
「どんだけあるんですか」
「アリスちゃんが張り切っちゃって〜」
刹那の呆れた声と、マリアのおっとりとした声が聞こえてくる。
アリスが本を閉じ、椅子から立ち上がった。
「まだかかりそうなら、終わり次第連絡をちょうだい。また来るわ」
「わかったわ〜」
アリスは本をポーチにしまうと、美咲に顔を向ける。
「また会いましょう」
「え……あ、はい」
何度か聞いた言葉。
その言葉は、遠く、冷たく聞こえた。
「あ、アリス! ちょっと待て!」
歩き始めたアリスの背中に、刹那が声を投げかけた。
「何かしら?」
「今日、美咲と安全な立ち回りの話になってさ、教えてやってくれよ」
アリスはわずかに目を細め、美咲を一瞥する。
美咲は気まずそうに俯いた。
「どうして、私が?」
「そういうの、得意だろ」
アリスは一瞬視線を落とすと、無機質な声で答えた。
「嫌よ」
何となく、そう言われるんじゃないかとわかってはいた。
それでも、その言葉に美咲の胸が締め付けられる。
端的なアリスの言葉に、刹那が眉をひそめた。
「……なんでだよ」
アリスは一度だけ美咲を見て、それから淡々と答えた。
「貴女が言うからよ」
美咲は顔を上げた。
拒絶されたと思った。
けれども、その言葉が胸の奥に小さく引っかかる。
その意味を考えるより早く、刹那が一歩前に出た。
「あ? 意味がわかんねーけど?」
アリスは視線を逸らさず、刹那を見つめ続けた。
空気が張り詰める。
その時、マリアの優しい声が響き渡った。
「はーい! ストップ、ストップ〜」
「も〜、2人とも怖い顔しないの〜。喧嘩はダメよ〜」
刹那がマリアに視線を送ると、アリスは踵を返してお店から出ていった。
「……チッ、意味わかんねーわあいつ」
その後ろ姿を横目で見ながら、刹那が不満げにぼやく。
「こらっ!」
そんな刹那の頭を、マリアが優しく小突いた。
美咲は胸の奥が詰まるような息苦しさを覚え、小さく息を吐いた。




