第22話 次にやりたいこと
次の日、電子の空は澄みきった青で、街の広場にはほんの少しだけ風が吹いていた。
けれど、その清涼な空気とは裏腹に、ある2人の空気は微妙だった。
「マリアさん見てください! あれなんてマリアさんに似合いそうですよ」
先頭を歩くのは、美咲。
その足取りは、まるで遠足に向かう小学生のように軽やかだった。
隣のマリアは、今日もほんわかした空気をまといながら歩いていた。
そして、少し離れて並ぶのは──アリスと刹那。
「……それで? どうして私はここにいるのかしら?」
アリスはわずかに目を細め、横目で刹那を見つめる。
「さあな」
刹那が、肩をすくめ気怠そうに答えた。
「……私は貴女に、"顔だけ出せばいい"と、聞いていたのだけれども?」
アリスの鋭い声に、刹那の口調も徐々に強くなる。
「仕方ねーだろ。マリアさんに、お前も連れて行くって言われたんだから」
アリスはまぶたを閉じると、小さく息を吐き、首を横に振った。
「嘘など言わずに、最初から正直に言いなさい」
「正直に言ったら、お前来ない──」
「2人とも〜」
寒気がするほど、優しい声に2人の動きがピタリと止まった。
ゆっくりと視線を前方に向けると、マリアが歩みを止めて2人に笑顔を向けていた。
「喧嘩はダメよ〜」
それだけを言うと、マリアは歩みを進めた。
刹那は顔をひきつらせ、アリスは真顔のまま硬直する。
そして、二人は互いに小さくため息を吐いた。
──
昨晩、刹那はアリスの個室を訪れていた。
ゲーム内に設置されたプレイヤー用アパートメント。
ドアをノックすると、すぐにアリスの声が返ってきた。
「誰かしら?」
「私だ。ちょっと話がある」
「……いいわよ、入って」
部屋に入ると、アリスは普段通り椅子に腰を下ろしていた。
手にはタブレット端末、傍らには香る紅茶。
家具は機能性重視で、無駄が一切ない。
「それで、何かしら?」
「……あいつのこと」
「あいつとは?」
「美咲。昨日、一緒に任務に行った」
「そう」
刹那は少し逡巡し──けれど、言葉を止めなかった。
「お前がわざわざ初心者助けるなんて珍しいな、って」
「気まぐれよ」
アリスは短くそう返し、紅茶を一口すする。
「……どうだか。まあいいわ、明日暇か? マリアさんがたまには顔見せろってさ」
「マリア……さん?」
その名前を聞いて、アリスの手がわずかに止まる。
「美咲と仲良いんだよ。みんなで、お茶でもしないかって」
アリスはしばし沈黙した後、ようやく口を開く。
「……あの人、本当に変わらないわね」
刹那は口元を釣り上げ、アリスに視線を向ける。
「断ったら、後で突撃してくるぞ。とりあえず、顔だけ出せばいいし」
アリスが静かに、ため息をついた。
「行けばいいんでしょう、行けば」
その顔には、ほんの少しだけ照れたような、諦めたような色がにじんでいた。
──現在。
「美咲ちゃん〜これなんてどうかしら〜?」
マリアの声が、明るく響いた。
「かわいいですねぇ〜。こっちも、あ、あっちも!」
「ふふふ〜でも本来の目的は別よ〜」
「わかってますよー」
そうやって盛り上がる二人を、刹那とアリスは遠巻きに見ていた。
「……なあ」
刹那の問いかけに、アリスが視線を向ける。
「私達……いらなくね?」
「否定しないわ」
ため息混じりに言葉を交わす2人。
だが、その表情はどこか楽しげだった。
やがて、一行はあのお店に到着する。
「こんにちはー!」
元気な声と共に美咲がお店に入る。
「いらっしゃ……げっ……」
お店の店主マークは美咲の顔を見るなり、顔をゆがませた。
「本当に集めてきたのかよ……」
「はい! きっちり6万キャッシュです!」
美咲は、必死に貯めたキャッシュを見せる。
マークは視線を美咲の後ろに向け、小さく息を吐いた。
「なんか増えてるし……はぁ、約束は約束だしな……」
マークは取り置きのベレー帽を、カウンターから取り出す。
「ありがとうございます!」
マークからベレー帽を受け取り、支払いを済ませた。
「まいど、大事にしろよ」
マークはそれだけ言うと、これ以上の面倒ごとは御免とばかりに、カウンター裏へ消えていった。
「ありがとうございました」
美咲はマークの背中に、元気よく返事をした。
その手には、飾り気のないグレージュ色のベレー帽。
美咲は帽子を見つめ、口元を緩める。
「ふふ、似合ってるわよ〜」
「ありがとうございます!」
「よかったな、美咲」
「刹那さんも、ありがとうございました!」
そしてアリスは、少しだけ視線を逸らしながら小さく呟く。
「……悪くないわね、その帽子。似合ってるわ」
アリスの言葉に、美咲は一瞬目を丸くし、笑顔で答えた。
「あ、ありがとうございます!」
お店から出ると、刹那が振り返る。
「じゃあ、今日はここまでだな」
夕暮れはすっかり夜の色へと溶け、街の灯りがぽつりぽつりと瞬き始めていた。
「おつかれ、美咲」
「おつかれさまです! ありがとうございました」
元気に頭を下げる美咲。
その拍子に、帽子がわずかにズレて、美咲は慌てて押さえた。
「……ま、あんま無茶するなよ」
「は、はいっ……!」
最後の最後まで引率者のような空気をまといながら、刹那は手を振り背を向けた。
アリスもそれに続く。
「また会いましょう」
「……あ、あの!」
歩き始めたアリスの背中に、美咲が声をかける。
アリスは振り返り、静かに美咲を見つめた。
「何かしら?」
冷たさすら感じる碧い瞳に、美咲の言葉が詰まる。
「……いえ。呼び止めてすみません。お疲れ様でした」
「そう」
アリスは踵を返し、足音を静かに消していった。
「ふぅ……」
美咲は帽子を両手でぎゅっと押さえて、小さくため息をついた。
「マリアさん。私、次にやりたいこと、見つけました」
美咲の言葉にマリアが微笑む。
「次は、ちょっと大変そうねぇ」
美咲はアリスが消えていった先を見つめ、小さく笑った。
「それでも──」




