第21話 誰かと一緒に
美咲は刹那の後に続いて、トータスの元へ走った。
「範囲ってなんなんですか……」
美咲は小さく呟き、足を止めて、顔を上げた。
「この辺でいいかな……」
トータスとの距離はまだある。
美咲は銃を構える。
照準をトータスの胴体に合わせ、引き金を引く。
継続的な乾いた銃声と共に、無数の弾丸が飛んでいった。
金属が弾ける音。
だが、トータスの動きは止まらない。
トータスは、鋭利な爪の生えた前足を大きく上げ、ゆっくり刹那の頭上に振り下ろす。
刹那はそれを見上げ、寸前の所で横へかわした。
そして、目の前に振り下ろされた足めがけて、ナイフを斬りつける。
音もなく前足が切断され、トータスがバランスを崩した。
その美しい一連の動作に、美咲は目を奪われていた。
「終わんねーぞー!」
刹那の声に美咲は、はっと我に返る。
刹那が呆れたような顔を、美咲に向けていた。
「す、すみません!」
慌てて、銃を構え引き金を引く。
フルオートで発射された弾丸が、トータスを襲う。
トータスから火花が散る。
トータスは顔を左右に振ると、顔と足をドームにゆっくり収め始める。
カチッ。
乾いた音が美咲の銃から聞こえてくる。
美咲は慌てて、ポーチから予備のマガジンを取り出そうと視線を下げた時、体がふわりと宙に浮いた。
「……え?」
顔を上げると、燃えるような赤い瞳と視線が交わった。
先程まで、トータスの近くにいたはずの刹那が、美咲を脇に抱き抱えていた。
「巻き込まれるぞ」
刹那は美咲を抱えたまま、トータスから距離を取る。
次の瞬間──
爆発音と共にドームの5つの空洞から、炎が噴き出してきた。
炎はトータスの周りを焼き払い、周囲を焦土と化した。
刹那は美咲を地面に放り出すと、小さく笑った。
「言ったろ? 範囲に気をつけろって」
美咲は立ち上がり、刹那を半目で見つめた。
「予兆があるなら、言って欲しかったです」
「ん? 言ってなかったか?」
「聞いてないです!」
刹那は「悪い悪い」と言いながら、再びトータスに向かっていった。
美咲は口を尖らせ、ポーチからマガジンを取り出し、銃に装填する。
(顔を左右に振ったら、この距離まで下がる……)
美咲は心でそう呟き、走り始めた。
──開始5分。
美咲は銃を撃ち、顔が引っ込んだら範囲から出る、それを淡々と繰り返した。
4本目のマガジンを交換した所で、トータスが頭を振る。
美咲は、急いでトータスから距離を取った。
刹那も距離を取り、美咲に向かってくる。
刹那は美咲の横で立ち止まると、楽しそうに口を開いた。
「そろそろ、終わらせるか」
「終わらせる?」
刹那は口元を歪め、ゆっくり頷く。
「この後、ドームの装甲が開いて、バカでかい主砲が出てくる」
「私があいつを転倒させるから、美咲もなるべく近づけ」
「そんで、主砲が出てきた穴めがけ、全弾ぶち込め」
美咲は目の前のトータスに視線を向ける。
そして、刹那に視線を戻した。
「あいつの攻撃は気にするな。絶対に美咲には向かない」
「信じろ」
「……はい!」
美咲が力強く頷くと、刹那が笑う。
「そんじゃ、今度こそ作戦通り行くぞ」
炎の噴射が終わると同時に、2人は走り始める。
トータスは顔と足を空洞から出す。
そして、ドームの前面が音を立てて崩れ始めた。
崩れたその場所には大きな砲台。
それが、ゆっくりと伸びてくる。
それが伸びきる前に、刹那のナイフが残りの前足を切り裂いた。
刹那の赤い軌跡が、トータスの右前足を切り離し、トータスは前屈みに倒れ込んだ。
「美咲!」
刹那の掛け声と共に、美咲は倒れたトータスの目の前に立ちはだかる。
トータスの青いガラスの瞳に、美咲の姿が反射する。
(こんなに大きかったんだ……)
そんな事を思いながら、照準を主砲に向ける。
主砲の奥には、真っ赤に光るコアが見えた。
がっしりと銃身を押さえ、引き金をコア目掛けて引き続けた。
耳をつんざくような激しい射撃音が、静まり返ったフィールドに反響していった。
数秒。
硝煙の匂いだけが残り、気づけば目の前のコアは光を失っていた。
「はぁ……はぁ……」
美咲は乱れた呼吸を整え、振り返る。
視線の先、ナイフをしまった刹那が美咲に笑いかけた。
「お疲れさん」
その言葉に、美咲は目を輝かせた。
「お疲れ様です!」
美咲は急いで携帯端末を取り出すと、任務画面を見つめた。
【tortoise 討滅完了】
美咲の口元が緩む。
「残り6000……達成です!」
美咲が刹那に微笑みかけると、刹那も小さく笑った。
「……よかったな。でも、帰るまで油断すんなよ」
「はい!」
「んじゃ、帰るか」
美咲が踵を返そうとした時、刹那が声を上げた。
「あ、こいつのドロップも回収しとくか。大したものじゃないけど」
そう言い、刹那はトータスに歩み寄る。
そして、トータスの上に飛び乗り、コアの穴に手を伸ばす。
「んー? ……これか」
刹那が穴から手を引っこめると、軽快に飛び降りた。
その手には、手のひらサイズの弾丸。
刹那が満足気に足を踏み出す。
その時。
トータスの残骸から、無数の小型の機械生命体が顔を覗かせた。
美咲は息を飲み、咄嗟に銃を構えた。
引き金を引くが、虚しい空撃ちの音だけが美咲の耳に届いた。
震える手で、マガジンを抜き取り──
「撃つな!」
刹那の鋭い声が、美咲の肩を弾ませ、マガジンが音を立てて地面に落ちた。
刹那は視線を後方に向けると、何事もないかのように歩き始める。
小型の機械生命体は、刹那のことなど気にせずトータスに群がっていく。
刹那は美咲の目の前まで歩み寄ると、美咲の銃を手でゆっくり下ろした。
「撃たなきゃ無害だ。行くぞ」
刹那が歩き始め、美咲は訳もわからずその後を追った。
その後方では、鉄が執拗に砕かれる音だけが鳴り響いていた。
刹那は音が聞こえなくなると足を止め、大きく息を吐いた。
「あっぶな……」
美咲は俯いたまま、刹那の後ろで歩みを止めた。
刹那が美咲を一瞥し、静かに口を開く。
「……知らなかったのか?」
「えっと、すみません……」
「はぁ……あれはな、捕食個体って言って敵じゃない。このゲームのシステムみたいなもん」
「攻撃しなきゃ、こっちには干渉してこないんだよ。でも、攻撃したら死ぬまで追っかけてくる」
美咲は刹那の言葉に耳を傾けている。
だけど、鉄が砕ける不快な音と、刹那の怒声が耳にこびりついて離れなかった。
「あれは、何をしてたんですか?」
美咲の質問に、刹那は視線を上げて思案した。
「現実でも、死んだら動物や虫が、その死体を食べるだろ? あれと同じ」
「自然の摂理ってやつ。それをゲームに落とし込んでるだけ」
「なんにせよ、今後絶対に攻撃はするな。いいな」
刹那はそう言い終わると、美咲の頭に手を添えた。
美咲がゆっくりと顔を上げる。
「……さっきは、強く言い過ぎた。すまん」
美咲は目を丸くすると、勢いよく首を横に振った。
「いえいえ! 私が知らなかったのが原因ですし! 刹那さんが謝ることじゃないですよ!」
「私の方こそ……ごめんなさい。勝手に判断して」
美咲が深く頭を下げる。
「じゃ、おあいこだな」
「はい!」
美咲の声は、いつにも増して大きく響いた。
──
目の前に、街が見えてきた所で刹那が問いかける。
「それで? 次は何を目指すんだ?」
美咲は少し考えて──小さく笑った。
「今は……まだ分かりません。でも、今日みたいに、誰かと一緒にって、楽しかったです」
刹那は、それを聞いて、少しだけ目を細める。
「……そうか」
「ゆっくり、見つけてきます」
美咲は端末を握りしめ、刹那に微笑みかけた。




