第3話 なりたい自分、知らないあなた
「特殊、ですか……?」
美咲が聞き返す。
玲奈は頬杖をやめて、胸の前で腕を組んだ。
「あいつら、アバターをほとんどいじっとらんからな。わざわざ姿を変えたいって気持ちが、どこまで分かるんかは知らん」
「お二人とも、今の姿で不自由していらっしゃらないんでしょうね」
楓が静かに言葉を添える。
美咲は、昨夜の二人を思い出した。
今とそんなに変わらない。
そう話していた刹那も、頷いていたアリスも、特別なことを言っている様子ではなかった。
「美咲には、なりたい自分があったんやろ?」
「はい。そうですね」
今度こそ、子供らしく遊んでみたかった。
けれど、その願いを形にした姿は、このゲームでは普通ではないらしい。
まともに動けない。
昨夜聞いた言葉が、頭をよぎる。
なぜ自分が普通に動けているのかは、分からない。
それでも、あの時、子供のアバターを選んだことを後悔はしていなかった。
「少なからず、誰でもなりたい自分があんねん」
「なりたい自分……」
美咲は、小さく繰り返した。
「せや。もう少し目を大きく見せたい。綺麗な髪がええ。スタイルを良くしたい。なんでもええわ。あいつらには、そういうんが足らんのやな」
玲奈は笑い、片手をひらりと振った。
その指は細く、長い。
後ろでまとめられた綺麗な金髪に、人懐っこい笑顔。エプロン越しにも、すらりとした体つきが分かる。
美咲には、それだけで十分魅力的に見えた。
「玲奈さんにも、あるんですか?」
「そらあるわ。うちかて、身長縮めとるし」
「そうなんですか?」
「ちっこい方がモテるやん。うちも、かわいい~って言われたいんや!」
玲奈が胸の前で両手を握る。
楓は、その隣で苦笑した。
「システム上、そこまで身長を縮めることはできないんですけどね」
「うちは、動けるギリギリまで攻めとるで。なんと、マイナス七センチ!」
握った拳を掲げ、高らかに言う玲奈に、美咲は小さく拍手をした。
「それでも、百六十八なんやけどな……」
途端、玲奈は肩を落とした。
美咲の拍手も、そっと止まる。
七センチ縮めても、現実の自分より高い。
何と言えばいいのか迷い、美咲は隣の楓へ目を向けた。
肩口で綺麗に揃えられた楓の黒髪が、笑うたびに小さく揺れた。
「楓さんは、髪の長さとかですか? アバターだと、ロングですよね」
「そうですね。現実ですと、伸ばすのに時間がかかりますし、お手入れも大変ですから」
楓が、自分の髪へ軽く触れた。
「なるほど」
言われてみれば、そういう楽しみ方もあるのか。
美咲が頷くと、玲奈が顔を上げた。
「まだあるで。楓は胸を──」
言いかけた口元を、楓の左手が鷲掴みにした。
「玲奈ちゃんは、ほんまお口がよう回らはりますなぁ」
ゆったりとした、上品な言葉遣い。
だからこそ、美咲の背筋は自然と伸びた。
「いらんことまで大盤振る舞いしてくれはるんは、この可愛らしいお口やろか?」
玲奈が、勢いよく首を横に振った。
「ふんまへん」
楓はゆっくりと手を離し、美咲へ微笑んだ。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いえ! 滅相もございません!」
美咲は慌てて首を振った。
玲奈は口元をさすりながら、視線をテーブルへ落としている。
美咲も、つられて目を伏せた。
聞かなかったことにしよう。
少なくとも、今の話を続けてはいけない。
「えっと……お二人は、アリスさんと刹那さんに、実際に会ったことがあるんですか?」
顔を上げ、話を戻す。
玲奈は口元から手を離した。
「あるで。何回か会うとる」
「私も、ご一緒させていただいたことがあります」
「どんな雰囲気なんですか?」
美咲はわずかに身を乗り出した。
「アリスはなぁ……生意気な子供やで」
玲奈が、思い出すように目を上へ向ける。
「こっちが何言うても、ゲーム内と同じで、つんってしとってな。口開いた思うたら、『それは違うわ』や。ちょっとくらい乗ってくれてもええのに」
「玲奈さんが、からかうからではありませんか?」
「そない、からかっとらんやろ」
「私は、とても礼儀正しい方だと思いますよ。あの年齢で、あれほどきちんとされている方も、なかなかいらっしゃいません」
楓は、穏やかに言った。
二人が語るアリスは、どちらも美咲が知っているアリスだった。
相手の冗談にも真顔で訂正を返すアリス。必要な挨拶やお礼は、決して欠かさないアリス。
現実でも、変わらないのかもしれない。
そこまで考えて、美咲は顔を上げた。
子供。
先ほどの言葉が、引っかかった。
「え? アリスさんって、おいくつなんですか?」
「確か、十六やったろ」
玲奈が楓を見る。
「再来月の十二月に、十七になるはずですね」
「……十六歳?」
美咲は、口を開けたまま二人を見た。
いつも落ち着いていて、困った時には答えをくれる。そんな彼女が、まだ高校生くらいの年齢だった。
アバターの姿を思えば、不思議ではないのかもしれない。
けれど、実際に聞くと、すぐには結びつかなかった。
「見た目は、来てからのお楽しみやな」
玲奈が、含みのある笑みを浮かべる。
美咲は、膝の上で指を組み直した。
やっぱり、あの時の子なのだろうか。
聞きたいことが、また増えた。
「ちなみに、刹那さんは……? まさか、刹那さんも十六歳とか言いませんよね?」
「いわんいわん。てか、刹那は……」
玲奈はそこで言葉を止め、楓へ顔を向けた。
「あー、これ言ってええんか?」
「ご本人が隠していらっしゃらないので、いいんじゃないですか?」
「せやな」
美咲が首を傾げる間に、玲奈はスマートフォンを取り出した。
長い指が画面を滑る。
何度か操作した後、玲奈はこちらへ画面を向けた。
「これが刹那や。まんまやけど」
美咲は、差し出された画面へ視線を落とした。
黒髪の女性が、静かに微笑んでいる。
目元にも、輪郭にも、見覚えがあった。
その隙のない微笑みに、同僚の弾んだ声が重なる。
『この人が神城刹那様!』
あの時、別人だと言った。
たぶん、と付け足して。
「へ?」




