エピローグ それぞれの答え
《Zorn》との戦いから、二日が経った。
慌ただしかった二週間が嘘のように、仮拠点には穏やかな時間が戻っていた。
美咲はロビーの椅子に座り、机の上のパルスシールドを見つめていた。
数ヶ月かけて作ったパルスシールドを、完成から二週間も経たないうちに壊してしまった。
もちろん、これのおかげで皆が助かったのだから、後悔はしていない。
それでも、作ってくれた二人にどう伝えればいいのかは、別の話だった。
ロビーの扉が開く。
「おっすー」
扉から現れた刹那は、普段と変わらない調子だった。
刹那はこちらに歩み寄り、肩を軽く叩いてきた。
美咲がゆっくり顔を上げる。
「あ、刹那さん。こんばんは」
「おう」
刹那は、視線をパルスシールドに向ける。
「まあ、そう落ち込むな」
美咲は焼けただれた外装へ目を戻し、首を横に振った。
「落ち込んでる、っていうより……どう言えばいいのか考えてて」
「ん?」
「えーっと」
美咲はしばらく考えると、眉を下げて笑った。
「ナナさんとれんさんに、なんて伝えようか考えてて」
「あーそっちか」
刹那は呆れたように笑う。
「れんさんはさておき、ナナさんはすごい剣幕で詰め寄ってきそうで」
「確かに」
その時、来訪を告げる電子音が鳴った。
美咲が立ち上がり、扉の応答ボタンに触れた。
「はい」
『呼ばれて参上、れんとナナちゃんでーす!』
「お待ちしてました。どうぞ」
「もう呼んでたんだな」
「ずっとモヤモヤしているの、嫌だったので」
美咲は椅子に座ると、まぶたを閉じて眉をしかめた。
「壊そうとして壊した訳じゃないし、正直に話すのがいいんじゃね?」
「それが一番ですよねぇ」
そして、扉が力強く開かれる。
「やっほー!」
元気なナナ。
その後ろから、れんが顔を覗かせる。
「お邪魔しまーす」
美咲は咄嗟に立ち上がり、パルスシールドを隠すように前へ出た。
「こんばんは」
その後ろで、刹那が軽く手を挙げた。
「よお」
ナナは口元を緩めながら、ロビーに入ってくる。
「れんから話があるって聞いたけど、なになに? ガジェットのお礼なんて、いらないからね〜」
美咲の肩がこわばる。
「えっと……その、ガジェットの件ではあるんですけど」
口ごもる美咲に、ナナが一歩詰め寄ってきた。
「まさか、もう」
さらに一歩。
「壊した、無くした、なんて」
気づけばナナは美咲の眼前に立っていた。
「言わないよね〜」
「あはは……」
美咲は堪えきれず、愛想笑いを浮かべた。
「み・さ・き・ちゃん?」
顔は笑顔のまま、声には確かな圧。
美咲は背中を机へ寄せた。
腰に触れた机が、小さく軋む。
美咲は笑顔をひきつらせた。
耐えきれなくなった美咲は、勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 使ったら壊れちゃいました!」
美咲は机へ向き直り、焼けただれたガジェットを両手で持ち上げた。
崩れないように支え、ナナの前へ差し出す。
「ありゃー」
れんの驚いた声。
ナナは目を見開き、口を何度も開け閉めしていた。
ナナの震えた指が、ガジェットに向けられた。
「な、なな、なんじゃそりゃー!」
「ごめんなさーい!」
二人の叫び声が室内に反響する。
刹那は片耳を塞ぎ、顔を歪めた。
「《Zorn》よりうるせぇ」
────────
それから、ナナが落ち着くと四人で机を囲んで座った。
美咲は、《Zorn》との戦いの終わりをかいつまんで話した。
自爆。
咄嗟に使ったパルスシールド。
そして、全員無事だったこと。
れんの隣で、机につっ伏していたナナが呻く。
「私のアイテム……私のキャッシュ……私の時間……」
れんが横目でナナを見て、その頭を軽く叩いた。
「いい加減にしろ」
れんに叩かれたナナは、電池が切れたロボットのように沈黙した。
「あの……ナナさん。本当にごめんなさい」
「……役に立った?」
突っ伏したまま、ナナが口を開く。
「はい! パルスシールドのおかげで、皆さん感謝してました!」
「違う……美咲の役に立ったか聞いてるの」
美咲は瞬きをした。
ナナらしい。
そう思うと、表情が自然と和らいだ。
「はい!」
ナナは顔を上げ、半眼で美咲を見つめる。
「じゃあ、許す」
ナナの言葉にれんが付け加える。
「ガジェットは、また作れば良いからね」
「ありがとうございます!」
三人のやり取りに、刹那が小さく笑った。
「今度は刹那さんも最初から付き合ってくださいよー」
ナナの言葉に、刹那が頷いた。
「いいぞ。助けてもらったお礼もあるしな」
「まじっすか?」
「わーい」
美咲は壊れたパルスシールドをそっと抱え直した。
黒く焼けた外装は、もう元には戻らない。
それでも、二人に顔を上げることはできた。
ナナが早速、次に必要な素材の話を始める。
れんの呆れた声に、刹那の笑いが重なった。
美咲もパルスシールドをそっと机へ戻し、その話に耳を傾けた。
────────
同時刻、アリスは《BCC》の拠点ロビーを歩いていた。
拠点内は普段通り賑わっていた。
行き交うメンバーの間を抜け、アリスは奥へ進んだ。
ロビーを抜け、エレベーターに向かう。
アリスがエレベーターのボタンに触れると、背中から声がかかった。
「アリスさん、こんばんは」
アリスが振り返ると、セラが笑顔で手を振っていた。
「こんばんは」
エレベーターの扉が開く。
「私も一緒に乗っていいかな?」
「ええ」
二人はエレベーターに乗り込むと、セラが六階のボタンを押した。
「四階でいいんだよね」
アリスは小さく頷いた。
セラが四階のボタンも押すと、扉が閉まった。
「美咲ちゃんのガジェット、大切な物って聞いたけど、まだ落ち込んでる?」
アリスは無表情のまま、静かに答える。
「どうかしら、それほど気にしてないと思うわ」
「そっか、良かった」
昇降音だけがエレベーター内に響く。
四階に着き、扉が開いた。
アリスが降りると、セラが呼び止めた。
「アリスさん、色々ありがとう。刹那さんにも伝えておいて」
アリスが振り返ると、エレベーターの扉が静かに閉まった。
一瞬目を伏せ、また歩き始める。
すぐ先の部屋の扉をノックする。
「入れ」
低い声に促され、扉を開けた。
「失礼致します」
部屋に入ると、サジが板状の端末から視線を上げた。
「来たか、座ってくれ」
アリスはサジの正面の椅子に腰を下ろす。
「長々話すつもりは無い」
サジはそう前置きをすると、手元の端末を差し出してきた。
アリスがそれを受け取ると、サジが口を開いた。
「《Zorn》から回収したメモリの中身だ」
端末に表示された内容に視線を落とす。
個体の説明。
外装とコアの性質。
戦闘中の変化と、弱点。
以前、研究所で手にした《Völlerei》のメモリと同じように、個体の情報が事細かく記録されていた。
アリスは、その中の一文で視線を止めた。
自爆。
画面を送ろうとしていた指が、止まった。
「やつが、また現れるかもしれない。その時に、全プレイヤーが対応できるよう、このデータの公開を考えている」
「だが公開すれば、この話はゲーム内に広がり、大罪を銘打ったエネミーを探す者が現れる」
アリスが視線を上げると、サジと目が合った。
「……暴食を退けた私達に辿り着くものが現れると」
「そうだ。今回の《Zorn》討伐は、我々だけの力じゃない。お前が首を横に振れば、公開はしない。だが、いつかは見つかる」
アリスは懐からメモリを取り出し、サジに差し出した。
「研究所で手に入れた、《Völlerei》のメモリです。お好きにどうぞ」
サジはメモリを一瞥し、視線を戻す。
アリスが無表情で見つめ返していた。
「面倒事に巻き込まれるかもしれない」
「その程度で壊れるほど、我々は弱くありません」
「話題になった後に出せば、大金が手に入るぞ」
「興味ありません」
アリスの迷いのない言葉に、サジは小さく笑った。
「要らぬ心配だったな」
「いえ、心遣い感謝します」
サジの椅子が短く軋む。
「確認は以上だ。それと、今回は助かった。ありがとう」
「こちらこそ、お世話になりました」
アリスは端末を机へ戻し、立ち上がった。
椅子を収め、扉へ向かう。
「自爆は私の判断ミスだ。気に病むな」
サジの言葉に、扉にかけた手が止まった。
そして振り返る。
アリスの冷たい視線が、サジを射抜いた。
沈黙。
「……期待には、お応えできたでしょうか」
「ああ」
サジはアリスから視線を逸らさずに言った。
アリスの目が、僅かに細まった。
何も言わずに扉を開け、部屋を出る。
振り返らずに、廊下を歩き始めた。




