第59話 壊れた意味
セラは医療キットをしまい、瓦礫の陰にしゃがみこんだクルツへ目を向けた。
クルツは治療された脇腹を押さえ、前方を見つめている。
視線の先には、動かなくなった《Zorn》がいた。
その傍らでは刹那がしゃがみこみ、観察するように鉄塊を見つめている。
美咲が歩み寄り、刹那と言葉を交わした。
刹那が顔を上げて、ロックに何かを言った。
ロックが小さく笑う。
それにつられて、二人も笑った。
ほぐれた空気の中、隣からため息が漏れた。
セラがクルツに手を差し出すと、クルツが目を細め、その手を見つめた。
「……なんだよ」
「いつまでもクヨクヨしてないで行くよ」
クルツはもう一度、刹那達へ目を向けた。
それから、差し出された手を取る。
立ち上がりかけた身体が、わずかに傾いた。
セラは空いた手をその背へ添えた。
「……歩けるって」
「分かってる」
支える手は離さなかった。
二人はゆっくりと、仲間達のもとへ歩き出した。
────────
アリスは、広場の縁で周囲の確認を終えると携帯端末を開いた。
端末には、《Zorn》討伐の表示。
それを一瞥してから、アリスは自分の目で《Zorn》を見た。
通信を開く。
「目標の沈黙を確認。お疲れ様でした」
淡々とした声に、サジが応答する。
『こちらも確認した。捕食活動はどうなっている』
「まだです」
『そうか。……今回は助かった』
サジの声は、普段より柔らかかった。
「いえ。私達も良い経験ができました」
静かに横たわる《Zorn》の後ろから、小型の機械生命体が姿を現した。
一機。
また一機。
それは、徐々に増えていく。
刹那達が残骸から離れる。
その空いた場所にも小型の個体が入り込み、《Zorn》は機械の虫に覆われていった。
「捕食を確認」
『了解。戦利品回収の為にその場で待機』
サジとの通信が切れる。
アリスは風でなびく髪を押さえ、小さく息を吐いた。
視界の端に、地面に落ちた帽子を拾い上げる美咲が映り込む。
「……あの子は何をやってるのかしら」
その口元は、僅かに緩んでいた。
────────
刹那とロックの後ろを歩いていた美咲は、ふと歩みを止めた。
本当に終わったのだろうか。
討伐ログが流れたあとも、胸の奥では違和感が引っかかっていた。
美咲は周囲を見渡した。
目の前の二人は、先ほどと変わらず話している。
その先では、アリスが端末を手に何か喋っていた。
サジと通信をしているのだろう。
誰もが落ち着いている。
美咲が振り返ろうとしたとき、風が通り抜けた。
反射的に押さえたはずの帽子が、指先をすり抜けて宙に舞う。
「……あ」
慌てて追いかけ、地面に落ちた帽子へ手を伸ばした。
そのすぐそばで、空の薬莢が乾いた音を立てて転がっていく。
薬莢が転がる先には、崩れた《Zorn》の残骸。
捕食個体が群がり、鉄を砕く音を響かせている。
美咲は帽子を拾い上げ、握りしめた。
鉄を砕く音に混じって、何かが聞こえた気がした。
短い、電子音。
美咲は顔を上げた。
もう一度。
今度は、確かに聞こえた。
残骸へ向かって、一歩前に出る。
『美咲、捕食個体の相手をする必要は無いわ』
アリスの声が、どこか遠くに聞こえた。
音の出どころを探し、美咲はもう一歩近づいた。
『返事をしなさい』
すぐ目の前には鉄の群れ。
その隙間から見える、ひしゃげた鉄の骨。
ちぎれ、露出した配線。
滴り落ちる液体。
そして──
刃で穿たれたコアの奥に、赤い光があった。
消えていたはずの光。
それが今、点滅している。
コアの点滅に呼応するように、短い電子音が何度も鳴る。
それは徐々に小さくなっていった。
コアの光が、ゆっくり痩せていく。
音が、止んだ。
気づけば、機械生命体が動きを止めていた。
そして、一斉にこちらを向く。
身体中を、虫が這いずるような感覚が走った。
『美咲──』
だめ。
美咲は背中のバッグを胸元へ引き寄せた。
サイドポケットに入ったパルスシールドを取り出した。
側面のボタンに触れる。
次の瞬間、激しい光が視界を飲み込んだ。
────────
視界を覆い尽くす、黒い爆煙。
アリスは、その光景に立ち尽くした。
衝撃音が、耳の奥にこびりついている。
最後に覚えているのは、美咲の姿。
何が──
『アロマ、イオ。何が起きた?状況を報告しろ』
アリスはスナイパーライフルを肩から下ろし、地面に投げ出した。
足を一歩前に踏み出す。
「刹那、聞こえているなら返事を」
「……美咲、応答しなさい」
アリスの呼び掛けには、ノイズだけが返ってきた。
一歩、また一歩と進み、煙の中へ入っていった。
煙の中は、むせ返るような硝煙のにおいで満ちている。
灰色の視界。
それでも、二人を探す目だけは止まらなかった。
頭の中で思考が駆け巡る。
《Steel Night》。
違う、事前準備なしで起こせる規模じゃない。
《Zorn》がまだ生きていた。
いや、ログも捕食活動も確認した。
何故。
何故──
考えを繋ごうとしても、最後に見た美咲の姿が割り込んだ。
「──ゴホッ」
咳。
それと同時に、風に煽られた煙が散っていく。
見渡すと、刹那と《BCC》メンバーが地面に横たわっていた。
アリスは、刹那に駆け寄る。
「刹那」
アリスが近づくと、刹那がゆっくり体を起こした。
「怪我は? 呼吸は正常?」
刹那が右腕を上げ、手のひらを軽く振った。
「大丈夫」
アリスは視線を落とし、小さく息を吐く。
そしてもう一度辺りを見渡した。
倒れていた《BCC》メンバーも、順に身じろぎを始めていた。
ロックが膝をつき、アロマが顔を上げる。
クルツは傍らのセラへ手を伸ばしていた。
そして、離れた所で横たわる美咲の姿。
アリスは早足で美咲の元へ向かった。
「美咲」
美咲は指ひとつ動かさない。
アリスは両膝をつき、美咲の腕を取った。
デバイスの画面へ視線を落とす。
総合状態〈安定〉。
デバフ欄には、昏倒と軽度の火傷。
呼吸はある。
命に関わる異常は、表示されていなかった。
アリスは美咲の肩と背を支え、そっと抱き起こした。
「おい、大丈夫なのか?」
刹那がアリスの肩に手を置き、顔を覗かせる。
「ええ、意識を失っているだけ。外傷は小さい火傷よ」
「そっか、よかった」
通信に、イオの声が戻った。
『こちら五名、生存を確認。負傷者の状態を確認中だ』
アリスは美咲を支えたまま、応答した。
「こちらも三名、生存。美咲が昏倒していますが、状態は安定しています」
『了解。救護を向かわせる。周囲の警戒を続けろ』
サジの指示を聞きながら、刹那が視線を上げた。
「それにしても、どうなってんだよ」
アリスは顔を上げ、周囲に視線を滑らせる。
目の前には、焼け焦げた美咲のバッグ。
そして、半分溶けたパルスシールドが横たわっていた。
その先の地面は抉られ、巨大なクレーターができていた。
「分からない。ただ、爆発の中心は《Zorn》よ」
刹那の眉が僅かに動いた。
「まだ生きてて、自爆したとでも言うのかよ。ログも捕食も確認したんだぞ。そんなわけないだろ」
「そうよ、貴女の言う通り。普通ならありえないわ」
アリスが息を吐いた。
「でも、《Zorn》は普通じゃない。わかっていたのに、終わったと判断した」
冷えた声。
アリスは美咲のパルスシールドを見つめた。
「美咲のあれが無ければ、全滅していた」
アリスが首を横に振った。
「……いいえ。彼女がいなければ、終わっていた」
美咲を支えるアリスの手に、力がこもった。
「見落とした。私の責任よ」
刹那は眉根を寄せた。
「なんで責任問題の話になんだよ」
「事実だからよ」
「……考えすぎだ、バカ」
刹那はアリスの頭に手を乗せると、美咲の装備を拾いに向かった。
アリスはそれを見つめながら、そっと美咲の髪に触れた。
「ん……」
美咲がゆっくりまぶたを開く。
「美咲、大丈夫?」
「アリス……さん?」
美咲は体を起こすと、周囲を見渡す。
「貴女のおかげで、全員生きているわ」
美咲は視線を落とし小さく息を吐いた。
「私の判断で、貴女を危険な目に遭わせてしまった」
アリスは頭を下げた。
「ごめんなさい」
「そんな、やめてください。アリスさんのせいなんかじゃ」
美咲が慌てて首を横に振った。
「全員生きてるんだからいいだろ」
刹那の声にアリスが顔を上げた。
刹那はバッグとパルスシールドを美咲に手渡した。
「助かった。ありがとな」
「いえ」
筒状のガジェットは先端が四方に展開したまま、沈黙していた。
外装のほとんどが、焼けただれていた。
美咲はパルスシールドを指で撫でた。
「修理は……無理そうだな」
刹那がパルスシールドを見ながら小さく呟く。
それ以上、誰も口を開かなかった。
「美咲ちゃーん!」
セラの声に、三人が顔を向ける。
医療キットを手にしたセラが、こちらへ歩いてきていた。
その後ろには、ロックに支えられたクルツと、ほかの《BCC》メンバーの姿もある。
「……これで、良かったんです」
美咲はパルスシールドを崩れないように、胸に抱き寄せた。




