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第57話 託された一発

 刃が、沈んだ。


 赤黒い光の奥へ、腕を押し込む。


 だが、刃が進まない。


 柄を握る手へ、鈍い抵抗が返ってきた。


 もう少し。


 踏み込もうとした足の前で、鉄の脚が跳ねた。


 《Zorn》が頭を振り、巨体を捩る。


 刹那は刃を引いた。


 頭上を角が薙ぐ。


 身を沈めて脇を抜けると、すぐ後ろへ前脚が落ちた。


 路面が砕けた。


 続けて、もう一度。


 頭も、脚も。


 近づく隙間を潰すように、巨体が暴れていた。


 刹那は後ろへ跳び、柄のボタンへ押し込んでいた指を緩めた。


 刃の赤が、弱まる。


「すまん。浅かった」


『気にしないで。次を考えるわ』


 アリスの声は変わらなかった。


 銃声が続く。


 首を巡らせた《Zorn》の目が、ロックへ向いた。


『刹那。そのナイフで確実に仕留めるには、どれ程の時間が必要だ』


 サジの問いに、刹那は手元へ目を落とした。


 わずかな弾力。


 抵抗感。


 刃が押し戻されるような感覚は、今まで感じたことがなかった。


 鉱物というよりも、生物。


 それに近い気がした。


「正確には、まだ。ただ、さっきの一瞬じゃ足りません。転倒してくれるのが、一番ですかね」


『転倒か』


 短い沈黙。


 鉄の脚が路面を蹴った。


 ロックが横へ動く。


 刹那も走り出した。


 盾のそばを抜けた巨体へ追いつき、後脚に刃を走らせる。


 頭が振り返った。


 角の届く外へ跳ぶ。


 低い銃声が、その進路を変えた。


 考える時間も、ただではもらえない。


 刹那は足を止めず、ロックの位置を確かめた。


 角が震える。


『離れろ』


 距離を取った。


 咆哮が広場を揺らす。


 動きを取り戻したとき、《Zorn》は外へ膨らんでいた。


 ロック達が寄る。


 刹那は内側へ回り、巨体の向きを追った。


 赤い目が三人へ向く。


 頭が上がった。


 また、角が震えている。


 美咲とアロマが、ロックの背後へ入った。


 刹那も、巨体の正面から外れる。


 金切音。


 止まった身体の向こうで、《Zorn》が瓦礫へ角を差し込んだ。


 首が振り抜かれる。


 砕けた石と鉄が、盾へ殺到した。


 立て続けの金属音。


 ロックの足が滑る。


 それでも、盾の後ろから血は散らなかった。


 足が動く。


 刹那は地面を蹴った。


 頭を戻そうとする巨体へ斬りつけ、こちらへ向ける。


 角を避けた先で、アロマの単発射撃が鳴った。


 間を置いて、イオの一発。


 その間にロックが位置を戻し、美咲が盾の斜め後ろへついた。


 凌げる。


 ただ、それだけだ。


 喉元の赤黒い光は、今も点いている。


────────


 次の咆哮を離れて受けると、《Zorn》は再び広場の縁へ向かった。


 補強された細い前脚が、忙しく路面を叩く。


 巨体の首が動く。


 今度は、頭が上がらない。


 内側へ切り込んだ。


 その瞬間、細い脚が路面を擦った。


 胴がわずかに外へ流れる。


 だが、残る脚が地面を掻き、巨体はすぐに加速した。


『突進、散れ!』


 短いサジの号令で、ロック達が分かれる。


 刹那は横から追い、通り過ぎる後脚へ刃を当てた。


 鉄の頭がこちらを向く。


 すぐに銃声。


 イオへ向き直った巨体を見ながら、刹那は息を吐いた。


『補強されてる前脚だ』


 サジの声が入った。


 刹那は、細い支柱のような脚へ目を向ける。


 自分が切り落とした場所。


 伸びた鉄の骨は身体を支えているが、ほかの脚とは形が違う。


『曲がるときに流れた。あそこを崩す』


『先に削っておく必要がありますね』


 アリスが応じた。


『ああ。次の周回で引きつけ、補強脚と逆へ向かせる。踏ん張ったところを撃ち抜けば、支えを失う』


 刹那は頭の中で、巨体の動きをなぞった。


 傾いた身体。


 落ちてくる喉元。


 その横へ、間に合えば。


『刹那。倒れたら任せる』


「了解です」


 柄を握り直す。


 残りは、一回。


 これを外せば、消耗戦になる。


『脚を削るのはこちらで。少しの間、引き受けてください』


 アリスが身を低くして移動した。


 ロックの盾から角度をずらし、路面へ片膝をつく。


 銃からマガジンを抜いた。


 別の一本を差し込み、操作を終えると、そのまま腹を地面へつけた。


 肘を据え、肩へ銃床を押し当てる。


 さっきよりも、低い。


 あそこからでは、すぐに逃げられない。


『美咲、サブマシンガンを。私が撃った場所が赤く点滅するわ。そこへ撃ち込んで』


『はい!』


『正確じゃなくてもいいわ。できるだけ多く』


 美咲がハンドガンを収め、サブマシンガンを抱え直した。


『刹那、《Zorn》の動きを止めて。脚が見える位置を空けておいて』


「あいよ」


 刹那は巨体へ向き直る。


 イオの射撃を追っていた頭を、ロックの連射が引き戻した。


 前脚が沈む。


 巨体が、跳んだ。


 ロックは盾を持ち上げた。


 着地。


 角が盾を叩く。


 ロックの膝が沈んだ瞬間、刹那は側面へ踏み込んだ。


 首の横へ刃を走らせる。


 赤い目が動く。


 こちらへ頭を振ろうとする顎へ、ロックの盾が食い込んだ。


 鉄が擦れる。


 刹那はもう一度、刃を入れた。


 足元で、補強脚が踏み直された。


 逃がすな。


 刹那は刃を引き、頭の向きに合わせて横へ動いた。


 重い銃声が響いた。


 細い前脚で火花が散る。


 その奥に、赤い点が残った。


 明滅する光。


 美咲のサブマシンガンが鳴った。


 弾丸が脚の周りへ集まる。


 路面を削り、鉄を叩き、火花を散らす。


 赤い点が、一瞬強く光った。


 補強部分が弾けた。


 破片が、刹那の足元へ転がる。


 《Zorn》の肩が沈んだ。


 だが、倒れない。


 細い脚を引き、残る脚で地面を蹴った。


 頭が横へ振られる。


 刹那は下がった。


 ロックも盾を引き、角の軌道から身体を外す。


 巨体が離れた。


『離れろ。深追いするな』


 サジの声。


 刹那は刃を構えたまま、補強脚を見た。


 鉄の骨の一部が欠け、裂けた縁が外へめくれている。


 まだ、走れる。


 だが、さっきと同じ脚ではなかった。


『十分だ。次へ移る』


 イオの銃声が鳴った。


 アリスが身体を起こし、マガジンを交換する。


 美咲も銃を下げず、ロックのそばへ戻った。


『アロマ。次の周回、最初の一発を取れるか』


 サジが問いかけた。


 アロマは下がった腕を一度見て、銃を持ち直した。


『一発でいいんでしょう。やるわ』


『頼む。ほかは撃つな。イオは横へ回れ。引き取るタイミングはこちらで出す』


『承知した』


 イオが移動する。


 アロマの位置から角度を取り、銃口を巨体へ向けた。


『刹那、内側で待機。最後の一回は、倒れるまで使わないで』


「わかってる」


 刹那は短く返した。


 ロックの盾。


 その横に立つアロマ。


 少し後ろの美咲。


 位置を確かめ、巨体へ視線を戻す。


 角が震えた。


『来るぞ。離れろ』


 刹那は距離を取った。


 《Zorn》が一歩、こちらへ詰める。


 もう一歩。


 頭が上がる。


 咆哮。


 身体が止まった。


 赤い目が動く。


 巨体は誰にも直進せず、外へ走り出した。


 周回。


 足の感覚が戻る。


 刹那は内側へ移り、刃を低く構えた。


 銃声は、鳴らない。


 ロック達が寄る。


 アロマが、残る片手で銃を持ち上げた。


 銃床を肩へ押しつける。


 その足が、わずかに開いた。


 巨体が瓦礫の向こうを抜ける。


 速い。


 刹那は動き出しかけた足を止めた。


 まだだ。


 アロマの銃口が、ゆっくりと動いていた。


 追い回さず、巨体の進む先へ。


 肩が一度上下し、止まる。


 細い脚が路面を叩く。


 鉄の胴が、開けた場所へ出た。


 一発。


 乾いた銃声が、広場へ響いた。


 巨体の脇で、火花が散る。


 赤い目が、アロマを捉えた。


 周回の軌道が、内側へ折れた。

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