第56話 切り拓く一瞬
連射が、鉄の胸を叩いた。
《Zorn》の頭が横へ振れる。
刹那は踏み出しかけた足を止め、巨体の脇を抜けた。
続けて、低い銃声。
喉元で火花が散った。
「遅かったですね」
『待たせた』
イオの声を聞きながら、刹那は刃を構え直した。
撃ち続けるアロマの向こうで、ロックがクルツを抱えている。
美咲とセラが、そのそばにいた。
『クルツの位置には、刹那を入れる』
サジの言葉に、アリスが応じる。
『はい。咆哮の発生に射撃を合わせる方法は、もう使えません。距離を確保して、解除後に引き取り直します』
《Zorn》がアロマへ身体を向けた。
刹那は横へ回る。
前脚を狙って刃を走らせると、赤い目がこちらを向いた。
頭が沈む。
踏み切った。
背中のすぐ後ろを、角が抜ける。
『ロック達へ向かった場合は、私かイオが引き取ります。その間に刹那を』
『承知した。刹那、クルツの代わりに──』
『勝手に……決めんじゃねえ……』
掠れた声が、通信に割り込んだ。
ロックの腕の中で、クルツが身を起こしていた。
片手が、その肩を掴んでいる。
『そこは、俺の場所だ。代わりなんて……許さねえ……!』
ロックが動きを止めた。
刹那は《Zorn》へ向き直る。
銃声が鳴り、巨体の進路が逸れた。
『今のお前では役目を果たせん。下がって休んでろ』
サジが低く言った。
『まだ……俺は……!』
『二度も言わせるな。下がれ』
短い声だった。
クルツの口が、閉じる。
治療が済めば、痛みは弱まる。
時間が経てば、傷も塞がる。
刹那にも、覚えはあった。
だが、あれだけ脇腹を抉られている。
今も、まともに息をするだけで痛むはずだ。
肩を掴んだクルツの手が、震えていた。
『まだやれるのに……クッソ……!』
『刹那、やれるわね』
刹那は《Zorn》から距離を取りながら、クルツを一瞥した。
噛み締めた歯。
こちらを睨む目。
「……任せろ」
刹那は、前へ向き直った。
ロックがクルツを瓦礫の陰へ下ろした。
美咲はセラがその横へ膝をつくのを見届けると、戻ってきたロックの斜め後ろへつき、ハンドガンを構える。
回復弾が、刹那の肩へ届いた。
引き攣っていた傷が、少し緩む。
「助かる」
『はい!』
『咆哮の予兆が出たら、刹那も下がれ。歩いて詰められる分まで距離を取る。ロック、アロマも同様だ』
『美咲はロックについて。私とイオは、コアを狙うわ』
返答が重なる。
ロックのマシンガンが鳴った。
《Zorn》が、盾へ向き直る。
刹那はその横を走った。
突進を受ける前に、ロックが横へ動く。
鉄の脚が盾のそばを抜けた。
追いかけた刹那の刃が、後脚を掠める。
巨体が頭を巡らせた瞬間、喉元で火花が弾けた。
一発。
わずかに間を置き、もう一発。
刹那は踏み込み、首の横へ刃を叩き込んだ。
赤い目は、未だにロックを見続けている。
角が震え始めた。
『離れろ』
サジの声に、刹那は《Zorn》を視界に捉えたまま、大きく後退した。
ロックとアロマも走り出していた。
ロックの後ろを、美咲が追う。
《Zorn》は脚を踏み出した。
一歩。
もう一歩。
咆哮が、広場を揺らす。
身体が止まった。
目だけで、巨体を追う。
《Zorn》は、ロックへ走っていた。
銃声。
顎の横で火花が散り、巨体の進路が折れる。
アリスへ向いた。
足が動く。
刹那は地面を蹴った。
遠ざかる胴へ、一気に距離を詰める。
横腹を斬り抜け、振り返った頭を見た。
来る。
横へ跳ぶ。
角が路面を削った。
着地と同時に、刃を構え直す。
『戻せ』
ロックの連射が、鉄の頭を叩く。
刹那は攻撃を止め、盾へ向かう巨体を見送った。
息を吐く。
間に合う。
先に距離を取っても、アリスが引き受けている間に追いつける。
────────
咆哮のあと、《Zorn》が外へ膨らんだ。
瓦礫の山を回り、広場の縁を駆ける。
『周回を確認。ロック、アロマ、美咲、集合』
サジの指示で、三人が開けた場所へ寄った。
『刹那、追わずに内側へ。両方を見られる位置を取って』
刹那は進路を変えた。
遠くのイオとアリス。
その反対側に、盾を構えたロック達がいる。
両者の間で足を緩め、巨体へ向き直った。
補強された細い脚が、路面を叩く。
速い。
だが、追い回す必要はない。
《Zorn》の首が動いた。
周回の軌道が、内側へ折れる。
美咲だ。
刹那は走り出した。
巨体が跳ぶ。
『ロック!』
アロマの声。
ロックは《Zorn》と美咲の間に入り、盾を持ち上げた。
《Zorn》が着地する。
振り下ろされた角が、盾へ落ちた。
金属音が、広場へ響く。
ロックの膝が沈み、靴底が滑った。
それでも、盾は倒れなかった。
『……っ!』
低い息と共に、ロックが踏み込む。
盾の上端が鉄の顎を捉え、その頭を跳ね上げた。
喉元の赤黒いコアが、露わになった。
銃声が重なる。
イオの一発。
アリスの射撃。
アロマの連射が、喉元へ集まった。
ロックと美咲も遅れて、射撃を始めた。
コアの表面で、細かな破片が散る。
《Zorn》が頭を引いた。
顎が下がり、赤黒い光が隠れる。
刹那は側面から刃を入れ、すぐに下がった。
『今の形は使えるわ』
アリスの声。
刹那は足を運びながら、喉元を見た。
開くのは、一瞬。
あそこへ、刃を入れられれば。
角が震えた。
刹那はすぐに距離を取った。
咆哮。
動きを取り戻すと、《Zorn》は再び外周へ向かっていた。
『三人は同じ位置へ。刹那、内側を維持』
刹那は短く応じ、巨体の向きに合わせて身体を回す。
今度も、ロック達へ顔を向けた。
だが、跳ばない。
頭が上がった。
角の先端が、震えている。
『待って、動きが違うわ』
『全員、警戒!』
アリスとサジの声が重なった。
刹那は足を止めず、外へ逃げる。
金切音。
身体が強張った。
《Zorn》が頭を下ろす。
三人へ向かわず、足元の瓦礫へ角を差し入れた。
何を。
鉄の首が、振り抜かれた。
砕けた瓦礫が、扇状に広がる。
「──ッ!」
指先が動いた。
刹那は反射的に身体を投げ出した。
頬のそばを、破片が抜ける。
背後で盾が鳴った。
ロックが、美咲を隠すように構えていた。
その横で、アロマが身を翻す。
腕から、血が散った。
『アロマさん!』
着地した刹那は、すぐに地面を蹴った。
《Zorn》がロック達へ首を巡らせる。
その前脚を斬りつけた。
こちらを向く。
角を躱し、もう一度、刃を入れる。
低い銃声が続いた。
イオへ向きかけた頭を、刹那は側面から追う。
『美咲くん、処置を頼む。こちらで引き受ける』
イオの声が入った。
刹那は巨体の脇を抜けながら、ロックの向こうへ目を送る。
回復弾を受けたアロマが、荒い息を吐いていた。
片腕は、下がったままだ。
美咲が駆け寄り、鎮痛薬を取り出す。
『固定を──』
『痛みが無くなればそれでいいわ』
アロマが短く遮った。
鎮痛薬の投与を受け、残る片手で銃を持ち上げる。
銃床を肩へ当てた。
単発の銃声。
少し置いて、もう一発。
さっきまでの連射は、戻らなかった。
『礫は盾で受ける。次はロックの後ろへ入れ』
サジが告げる。
『刹那、イオと私は距離を保つわ。瓦礫へ頭を向けたら、射線から外れて』
「あいよ」
刹那は息を整えた。
角も、脚も、頭の向きも。
どこか一つを見ていれば済む相手ではない。
アロマの短い射撃を聞きながら、刃を握り直した。
『刹那、高出力はあとどれ位使える?』
アリスの声。
「脚を切った時、一度切り替えたから、あと二回。継続的に使ったら、一分程度だと思う」
『二度使えるなら十分よ』
刹那は、巨体の向こうを見た。
アリスが移動していた。
イオとは違う角度へ、低い足場を選んで進む。
『次にロックへ跳んだら、同じように顎を上げて。イオ、その頭を貴方から見て左へ振らせて』
『承知した』
『そこから私が、もう一段上げるわ。刹那、喉元へ』
「……なるほどね」
刹那は、《Karmesinblitz》に目を落とした。
次の瞬間には、巨体へ視線を戻す。
今の刃で、届く場所までは行ける。
開く時間が足りないなら、開けてもらえばいい。
『飛ばなければ維持。それまでは使わないで』
「わかってる」
ロックが射撃を再開した。
刹那は、盾の正面を空ける。
《Zorn》が向きを変えた。
四肢が沈む。
跳ばない。
走った。
ロックが先に横へ抜ける。
刹那は後脚へ刃を走らせ、通り過ぎた頭を追った。
まだだ。
角が震える。
距離を取った。
咆哮のあと、巨体はアリスへ向いていた。
動きを取り戻した刹那は、すぐに走る。
側面へ追いつき、刃を入れた。
赤い目がこちらに戻る。
頭を避け、ロックの射撃へ繋ぐ。
足を止めずに、位置を確かめた。
イオ。
ロック。
その斜め向こうで、アリスが低く構えていた。
銃へ手を添え、短く操作する。
腰を落とし、肩へ銃床を押しつけた。
あの撃ち方では、すぐには走れない。
刹那は盾の横へ回り、低く刃を引いた。
《Zorn》の頭が、上がる。
前脚が、地面を離れた。
『準備』
アリスの声。
巨体が、跳んだ。
ロックは下がらなかった。
盾を持ち上げる。
着地の振動が、靴底を揺らした。
角が振り下ろされる。
盾が鳴った。
ロックの身体が沈む。
踏み込んだ足が、路面を噛んだ。
鉄の顎が、跳ね上がる。
銃声。
イオの弾丸が頭部の側面を叩いた。
持ち上がった頭が、横へ振れる。
その顎の下へ、アリスの銃口が向いていた。
三連の銃声。
低く構えた肩へ、反動が続けて沈んだ。
顎の下で、三度、火花が弾ける。
鉄の頭が、更に仰け反った。
喉元が、開く。
刹那は柄のボタンを強く押し込んだ。
刃の赤が、更に強く滲む。
踏み込み、盾の横を抜ける。
赤黒い光へ、腕を振り抜いた。
赤い軌跡が、《Zorn》のコアを捉えた。




