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第54話 崩れる均衡

 最後の外装が、地面に落ちた。


 砂埃の中で、赤い光が揺れている。


 イオはライフルを構えたまま、その奥を見つめた。


 巨体が、ゆっくりと頭を上げる。


 砂埃の中から、鉄の骨組みを露わにした《Zorn》が現れた。


 背骨に沿って束ねられたケーブルが、首の動きに合わせて引かれる。


 肋の隙間には駆動モーターが並び、むき出しの軸が回っていた。


 厚い外装に覆われていた胴は、ひどく細い。


 それでも、四肢は地面を捉えていた。


 眼窩《がんか》の奥で、炎のような赤が燃えている。


 喉元には、赤黒く点灯するコアがあった。


「……そこにあんのかよ」


 クルツの声。


 《Zorn》が頭を掲げた。


 金切音が、広場を突き抜ける。


 低い響きに、金属を引き裂くような音が混じっていた。


 イオの腕が止まる。


 歪んだ視界の向こうで、足元に残った鉄板が震えていた。


 やがて、音が途切れる。


『全員、位置を確認しろ』


 動きを取り戻したロックが、マシンガンを撃った。


 散っていた火花が、むき出しの胸部へ集まる。


 鉄の骨の表面が欠け、細かな破片が飛んだ。


 《Zorn》がロックへ向き直る。


 四肢が沈んだ。


 次の瞬間には、巨体が広場を横切っていた。


「ロック!」


 イオが声を上げる。


 盾が傾く。


 ロックは身体を横へ逃がした。


 細くなった胴が、その脇を抜ける。


 だが、踏み込んできた脚は、まだそこにあった盾を捉えた。


 金属音。


 ロックの身体が浮いた。


 盾ごと投げ出され、地面を転がる。


 ショットガンが鳴った。


「こっちだ!」


 クルツが続けて撃つ。


 《Zorn》の赤い目が、その姿を捉えた。


 イオは走りながらボルトを引いた。


 速い。


 クルツが横へ跳ぶ。


 その靴のすぐ後ろを、角が通り過ぎた。


「スピード特化って感じっすね」


 着地したクルツが、息を吐いた。


 ロックが片膝をつく。


 盾を支えに立ち上がったところへ、セラの回復弾が届いた。


『ロック、いけるか?』


「……まだいける」


 ロックは盾を持ち上げ、マシンガンの銃口を向けた。


 クルツが射撃を止める。


 連射を受けた《Zorn》が、再びロックへ向き直った。


 今度は、その四肢が沈む前にロックが動いた。


 大きく横へ踏み出す。


 巨体が抜けた。


 遅れて振り出された脚が、盾の縁を掠める。


 ロックはよろめきながらも、踏みとどまった。


 追いかけるように銃口が動き、再び連射が始まる。


 イオは足を止めた。


 スコープを覗き、喉元へ照準を寄せる。


 頭が振れた。


 赤黒い光が鉄の顎に隠れる。


 引き金から指を浮かせ、次の動きを待った。


『プランAだ』


 サジの声が入る。


『振動を確認次第、イオ、アロマ、セラは距離を離せるだけ離せ。回避に専念しろ』


「了解」


 イオは短く答えた。


 さっきの速さでは、クルツが引き受けるまでに詰められる距離も変わる。


 いつもの位置には残れない。


 アロマとセラの返答が続いた。


 クルツは《Zorn》から少しずつ離れながら、三人の位置を見ていた。


 角が震える。


「来るぞ!」


 クルツの声に、イオはライフルを下ろした。


 瓦礫の間を走る。


 いつもなら、もう音が届いていた。


 それでも、背後では角の震える音が続いている。


 足を運びながら、振り返る。


 《Zorn》は頭を掲げたまま、動いていなかった。


 遅れて、咆哮が響く。


 身体が止まった。


 前へ傾いた姿勢のまま、イオは巨体を見た。


 赤い目が、アロマへ向いていた。


 地面が削れる。


 クルツが一歩踏み込み、ショットガンを構えた。


 まだアロマは走れない。


 巨体と、その背中の距離が縮まる。


 ショットガンの銃声。


 一発。


 続けて、もう一発。


 《Zorn》の首が横へ振れた。


 クルツが身体を投げ出す。


 その脇を、鉄の巨体が駆け抜けた。


 イオの指先が動いた。


 アロマもすぐに走り出し、ロックの連射が始まる。


 どうにか、繋がった。


「……っぶねえ」


 クルツが立ち上がる。


『振動から発生まで、間が延びている』


 サジが告げた。


「ああ」


 イオは息を整えながら答える。


 いつもの動作で撃っていれば、咆哮より先に着弾していた。


 サジの予想どおりだった。


 ただ、それだけでは済まない。


「これ以上、離れられねえっす」


 クルツは銃を構え直していた。


「今のでぎりぎり。踏み込むのが遅れても、間に合わねえ」


 イオは、クルツの立つ位置を見た。


 衝撃波の届く範囲、そのすぐ外側。


 そこから最短で踏み込んで、ようやく間に合う。


 沈黙は短かった。


『……離脱経路は、まだ開いている』


 サジの声が聞こえた。


 誰も、離脱には移れなかった。


 ロックがまた突進を躱す。


 盾の端が跳ね、靴底が路面を擦った。


 あれに背を向けて、逃げ切れる者は何人いる。


 イオはライフルを握り直した。


 誰かが残らなければならない。


『位置を崩すな。離脱の隙を作る』


 サジは続けた。


 アロマの射撃が再開する。


 セラの回復弾が、ロックへ飛ぶ。


 イオも構えた。


 止まった瞬間を拾い、胸部へ撃ち込む。


 表面は削れ、わずかに亀裂が走っている。


 喉元のコアも、見えている。


 だが、そこへ照準を置き続ける時間がなかった。


 ロックが横へ抜ける。


 《Zorn》が振り返る。


 角が震え始めた。


 イオはすぐに後退した。


 アロマとセラも走っている。


 クルツだけが、三人を順に見ていた。


 ショットガンを構え、境界ぎりぎりへ位置を合わせる。


 《Zorn》が頭を掲げた。


 その下で、前脚が持ち上がる。


 大きく、一歩。


 角は、まだ震えていた。


「クルツ! 下がれ!」


 イオは足を止め、ライフルを持ち上げた。


 引き金を引く。


 胸部に火花が散った。


 二歩目が、地面を踏んだ。


 クルツが後ろへ跳ぶ。


 その足が地面を離れた瞬間を見計らったかのように、咆哮が響いた。


 瓦礫が跳ねる。


 衝撃波が、クルツの身体を下からさらった。


 後ろへ逃げるはずだった身体が、斜め上へ持ち上がる。


 《Zorn》が更に踏み込んだ。


 鉄の頭が、浮いた身体の下へ入る。


 強張っていたクルツの腕が動いた。


 ショットガンを横に構え、身体を捻る。


 角が跳ね上がった。


 銃の機関部が潰れ、貫かれる。


 その先端が、クルツの脇腹を抉った。


 血が散った。


「──あがっ!」


 声にならない息が、通信を擦る。


 クルツの身体が、さらに高く投げ出された。


「クルツ……?」


 セラの声。


 地面へ落ちた身体が、一度跳ねた。


 壊れたショットガンが、瓦礫の上を滑っていく。


 クルツは起き上がらなかった。


 指だけが動き、抉られた脇腹を押さえようとしていた。


 イオは、一瞬だけその姿を見た。


 すぐに銃口を戻す。


 ロックのマシンガンが鳴り、アロマが走り出した。


「全員、距離を取って!」


 次の咆哮。


 そのあと、誰が止める。


 口にする者はいなかった。


 イオは撃った。


 頭部に着弾する。


 《Zorn》がこちらを向いた。


 すぐにライフルを下ろし、横へ走る。


 背後で、瓦礫が砕けた。


 足を止める暇はなかった。


 アロマの銃声が続く。


 巨体の進路が変わった。


 イオは振り返り、ボルトを引く。


 アロマが避ける。


 次に顔を向けるまでに、撃たなければならない。


 構える。


 頭部へ一発。


 火花の向こうで、赤い目がこちらを捉えた。


 また走る。


 ロックが二人を追おうとしていた。


 盾を持ち、銃を向ける。


 だが、射線を取った時には、《Zorn》はもう別の場所にいた。


『セラ、クルツを回収しろ』


 セラは動かない。


 ただ呆然と立ち尽くしていた。


『セラ! 動け!』


 低い怒鳴り声で、セラの目に光が戻った。


「……は、はい!」


 セラが弾かれたように動き出す。


 回復弾を撃ち、倒れたクルツへ走った。


 イオは巨体から目を離さなかった。


 引き取るための一発。


 逃げるための数歩。


 それだけで、次が来る。


 喉元へ照準を寄せる余裕はない。


 アロマが走る方向へ、頭が動いた。


 角が震える。


「離れて!」


 アロマが叫ぶ。


 イオは銃を下ろし、距離を取った。


 セラも足を止め、クルツからいったん離れる。


 咆哮。


 身体が強張った。


 《Zorn》が走り出す。


 イオはその角を見た。


 こちらへは向いていない。


 アロマでもない。


 巨体が、大きく外へ膨らんだ。


 広場の縁を走り、瓦礫の山を回り込む。


 ロックの正面を横切っても、向きを変えなかった。


 イオの腕が動く。


 ライフルを持ち上げた。


 スコープの中を、鉄の骨組みが駆け抜ける。


 引き金を引いた。


 弾は、巨体の後ろで瓦礫を砕いた。


 ボルトを引く。


 距離が、さらに離れていた。


 アロマの連射も、路面へ火花を散らしている。


『イオ、一発当てろ』


「分かっている!」


 照準を前へ送る。


 二発目。


 赤い光が、スコープの端へ抜けた。


 速さだけではない。


 大きく回る巨体を追うたび、射線が瓦礫に遮られる。


 見えた場所へ合わせ直している間に、もう位置が変わっていた。


 セラが再びクルツへ近づく。


 回復用のハンドガンを握ったまま、手を伸ばした。


 イオは三発目を撃つ。


 当たらない。


『……何が狙いだ』


 サジの声が漏れた。


 《Zorn》の頭が動いた。


 赤い目の先に、セラがいた。


 周回の軌道が、折れる。


 四肢が地面を蹴った。


『セラ、退け!』


 セラが顔を上げる。


『イオ! なんとしてでも一発当てろ!』


 イオはライフルを引き寄せた。


 今度は、進路が読める。


 セラへ向かう巨体。


 その先へ、照準を置く。


 引き金を引いた瞬間、《Zorn》が跳んだ。


 スコープの中から、胸部が消える。


 弾は、その下を抜けていった。


 セラの目の前へ、鉄の巨体が落ちる。


 地面が砕けた。


 逃げようとした足が、崩れた瓦礫に取られる。


 《Zorn》が頭を持ち上げた。


 イオはボルトを引く。


 間に合わない。


 角が、振り下ろされる。


 三連の銃声が響いた。


 頭部の同じ箇所で、三度、火花が弾ける。


 鉄の頭が、大きく横へ怯んだ。


 角がセラの脇へ落ち、路面を砕く。


 その横を、赤い閃光が駆け抜けた。


 地面を捉えた前脚へ、赤い刃が走る。


 《Zorn》の前脚が、一本、宙へ舞った。

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