第53話 開戦の狼煙
瓦礫の間を、五人が進んでいた。
先頭を歩くロックの盾が、崩れた壁の角を通り過ぎる。
その先には、建物の残骸に囲まれた広場があった。
中央で、鉄の巨体が顔を巡らせている。
クルツは歩調を緩め、肩に担いでいたショットガンを下ろした。
「相変わらず、でけえな」
「何回も見たでしょ」
セラが答えながら、遮蔽物と退路を順に確かめる。
「実物は違うだろ」
「それは、まあ……そうだけど」
短い会話の間にも、五人の間隔が開いていく。
イオは広場の手前で足を止め、ライフルを構えた。
スコープの中を、《Zorn》の横腹がゆっくりと横切る。
いったん目を離し、次に移る足場までの道を確かめた。
『周囲に問題はない。好きなタイミングで始めろ』
サジの声が、通信に入った。
「了解」
アロマが短く返す。
ロックが盾を持ち直し、セラも銃を手元へ引き寄せた。
自然と、三人の視線がクルツへ向かう。
クルツは一度《Zorn》を見てから、後方を振り返った。
「んじゃイオ先生、ファーストアタックおなしゃす!」
「私か?」
「そりゃもちろん。アロマさん、いいっすよね?」
「それで何かが変わるわけではないから、構わないわよ」
アロマはあっさりと答え、クルツの隣へ並んだ。
イオは四人の顔を見渡す。
セラまで、期待するようにこちらを見ていた。
「そうか。そうだな。たまには、開戦の狼煙でも上げよう」
「いいですねー。ドデカイのお願いします」
セラの弾んだ声に、クルツが笑う。
イオも小さく頷き、ロックへ顔を向けた。
「ロック、準備はいいかな?」
大きな盾の向こうで、ロックが頷いた。
四人が数歩、前へ出る。
その背中が射線の左右へ分かれるのを見届け、イオは重心を落とした。
スコープを覗く。
こちらへ向きかけた巨体。その胴へ、照準を重ねた。
指が引き金に触れる。
「戦闘開始だ」
低い銃声。
堰を切ったように、四人が走り始めた。
着弾した箇所で、火花が散った。
《Zorn》が首を振る。
赤い目がイオへ向く。
その進路へ、ロックが踏み込んだ。
マシンガンの連射が、巨体の正面を叩く。
イオは次弾を撃たず、向き直る巨体を見ていた。
巨体の向きが変わり、四肢が地面を蹴った。
ロックは射撃を止め、身体を横へずらした。
斜めに構えた盾へ、黒い外殻が触れる。
金属を擦る音。
盾の表面を滑り、巨体が脇を通り過ぎた。
押された靴底が、瓦礫を引っかく。
ロックは足を踏み直し、通過した巨体へ再び弾を送り込んだ。
「よし、こっち向いた」
ロックの声を聞き、クルツが側面へ回ってショットガンを撃つ。
セラはロックの後ろへ位置を取り、アロマは反対側から攻撃を重ねた。
イオは後退する。
瓦礫を越え、足を止める。
呼吸を整えた頃には、巨体が再びロックの盾を擦り抜けていた。
訓練で繰り返した動き。
ただ、目の前で跳ね上がる瓦礫も、盾を擦る外殻も、本物だった。
イオはスコープの中で、《Zorn》との距離を確かめた。
巨体が遠ざかれば前へ出て、近づけば下がる。
構え、撃ち、また走る。
やがて、《Zorn》の角が震え始めた。
「来るわよ」
銃声は途切れなかった。
ロックが衝撃波の範囲から離れ、射撃を続ける。
アロマとセラも、撃ちながらイオ側へ位置を寄せた。
クルツは巨体から下がり、イオへ通じる進路の脇へ入る。
静止した胸部へ、火花が集中した。
イオの右手は、角が震えた瞬間に動いていた。
ボルトを引き、戻す。
身体を低く落とし、頬を寄せる。
繰り返してきた動作の先に、スコープ越しの胸部が収まった。
引き金を引く。
咆哮が、広場を満たした。
重なっていた銃声が止まる。
その胸部へ、ひときわ大きな火花が散った。
ほかの四人が撃ち出した弾も、まだ外殻を叩いている。
けれど、《Zorn》の頭が向いた先は、イオだった。
ライフルを構えた腕は動かない。
巨体が地面を蹴る。
イオはスコープ越しに、近づいてくる角を見つめた。
その進路の脇で、クルツが顔を上げる。
一歩踏み込み、ショットガンを撃った。
続けて、もう一発。
突進していた巨体が急停止し、路面を削った。
赤い目が、クルツへ向く。
クルツはすぐに横へ抜け、巨体を引きつけた。
イオの指先に、感覚が戻る。
銃を下ろし、走り出した。
詰められた距離を、再び離していく。
クルツへ向かう突進が、視界の端を横切った。
彼が大きく横へ跳び、その向こうでロックのマシンガンが火を噴く。
クルツは射撃を切り上げた。
巨体がロックへ向き直る。
盾の角度が変わり、突進がその脇へ流された。
「いい感じじゃん」
クルツの声が聞こえた。
イオは次の足場へ移りながら、息を吐く。
「続けよう」
短く返し、ライフルを持ち上げた。
次の咆哮でも、巨体はイオへ向いた。
クルツが途中で引き受け、ロックへ繋ぐ。
セラの援護が入り、アロマの射撃が続く。
イオは同じ距離を保つように、立ち位置を変えていった。
足元に転がる薬莢が増える。
ロックが踏み直した靴底の跡が、地面に幾重にも刻まれていた。
五人の声は、少しずつ短くなった。
呼吸を整え、弾倉を替え、次の動きに備える。
それでも、誰かが位置を崩すことはなかった。
咆哮のたびに、その頭は同じ方向へ向く。
シミュレーションで繰り返した手順が、一つずつ現実になっていった。
幾度目かの突進を、ロックが受け流した。
クルツが横から引き金を引く。
その時だった。
《Zorn》の肩から、外装が一枚剥がれ落ちた。
地面に落ちた鉄板が、鈍く跳ねる。
続いて、胴の表面に亀裂が走った。
「……ん?」
クルツが銃口をわずかに下げた。
ロックは盾を構えたまま、足を引く。
《Zorn》の動きが止まっていた。
首から肩へ、背中から脇腹へ。
外装が次々に浮き上がり、崩れ落ちていく。
「攻撃、止めて」
アロマの声に、銃声が途絶えた。
それでも、崩壊は止まらなかった。
大きな塊が落ち、足元の瓦礫を砕く。
その音に重なって、細かな破片が地面へ降り注いだ。
「これ……倒せたんですか?」
セラの問いに、すぐに答える者はいなかった。
イオは照準を外さず、崩れていく輪郭を追った。
積み上がった外装が、四肢の根元を隠していく。
砂埃の向こうで、巨体が一段低く沈み、炎のような光が揺らめいた。
────────
BCCと別れたあと、ARCADIAは二手に分かれて周囲を警戒していた。
刹那は機動力を生かし、より外側の区画へ向かっている。
美咲はアリスとともに、静まり返ったオフィス街を進んでいた。
ビルの隙間から、低い銃声が一発届いた。
美咲が振り返る。
遅れて、いくつもの銃声が重なった。
「……始まりましたね」
「ええ。私達も続けましょう」
アリスは足を止めず、道路脇の路地へ目を向けた。
美咲も銃を握り直し、その背中を追う。
崩れた車両の陰。
入口を塞ぐ瓦礫。
空になった窓の奥。
銃声の方へ向きそうになる目を戻し、一つずつ確かめた。
しばらくして、遠くから咆哮が響いた。
美咲は、耳を押さえたくなる衝動を堪えて振り返る。
足が止まった。
アリスとの距離が開き、慌てて歩き出す。
その後も、咆哮は幾度となくビルの間を抜けてきた。
慣れることはなかった。
音が届くたびに、盾を構えるロックと、その周りを動く四人の姿が浮かんだ。
「……本当に、邪魔しに来ると思いますか?」
問いかけながらも、美咲の目は忙しく動いていた。
アリスは少しの無言のあと、静かに答える。
「メリットを考えるなら来ない。でも相手はケルヴィナ、常識は通じないわ」
美咲は、視線を落とした。
「妨害そのものが目的なら、もう相手の狙い通りよ」
美咲は顔を上げ、首を傾げる。
「どういうことですか?」
アリスは振り返らず、淡々と続けた。
「一度意識した時点で無視はできない。実際に来る必要すらないわ」
美咲は唇を結び、手汗で湿ったサブマシンガンを握り直した。
その時、ヘッドセットから刹那の声が聞こえてきた。
『あーアリス、今大丈夫か?』
アリスと美咲は歩みを止めた。
「何か問題?」
『いや、問題って程じゃないんだが。そこら中に、ビーコンが設置されてるっぽい』
美咲は、通りの奥へ目を向けた。
『確認しただけでも……十機』
「プレイヤーは?」
『見えねえ。どうする? 見つけるだけ見つけて、ぶっ壊すか?』
「見つけた分は破壊して。全部探す必要はないわ」
『……あいよ』
それだけ言うと、刹那の声は聞こえなくなった。
アリスは小さく息を漏らす。
「良い性格してるわ。わかっててこの状況を作ったのなら、大したものね」
美咲が、アリスの横顔を見る。
「ケルヴィナさんが……?」
「断定はできないわ。だから、見つけたものにだけ対処するの」
アリスが再び歩き出す。
美咲も周囲へ視線を戻した。
誰もいない。
道路にも、窓にも、人影はなかった。
エネミーの姿さえ見えない。
それでも、来ないとは言いきれない。
その曖昧さだけが、美咲の胸をじわじわと蝕んでいた。
遠くで、また銃声が重なる。
見えない相手を警戒し続けるより、今はBCCの近くにいたかった。
そう思った時には、もう口が動いていた。
「BCCの皆さんと、合流しませんか?」
アリスが振り返る。
その表情は、普段と変わらなかった。
一瞬の静寂。
「……そうね」
アリスは、美咲の向こうにある街並みへ目を向けた。
「いつかは、判断しないといけない」
続く言葉を待とうとした、その瞬間。
金切音が、ビルの間を突き抜けた。
美咲は思わず耳を塞ぎ、身を屈めた。
遅れて、足元に振動が伝わる。
これまでの咆哮とは、明らかに違っていた。
低い響きの中で、何かが擦れ合うような音が歪んでいる。
耳を塞いでも、指の隙間から入り込んできた。
不快な音は、数秒続いた。
美咲は浅く息を吐き、ゆっくりと身体を起こす。
背中に、嫌な汗が伝った。
「今の……」
アリスはわずかに眉を寄せ、通信を開いた。
「刹那、聞こえるかしら」
『なんだ?』
「恐らく、フェーズ移行。BCCの元へ向かって」
『そう言うだろうと思って、もう向かってる』
刹那の言葉に、アリスの眉がわずかに動いた。
そして、小さく呟く。
「偉いわ」
『一応、学ぶんでね』
アリスはサジにも合流へ向かう旨を伝え、スナイパーライフルを背負った。
美咲は、銃声の聞こえていた方角を見た。
ビルに遮られたその先は、ここからでは見えない。
「走るわよ」
美咲は震える手を握りしめ、頷いた。
「はい!」
駆け出したアリスの背中を、美咲も追った。




