第51話 持ち帰るもの
サジの声に、美咲は顔を向けた。
画面の向こうでは、《Zorn》の巨体が動かなくなっていた。
先ほどまで射撃を続けていた五人も、それぞれ武器を下ろしている。
「これで終わりじゃ……ないんですか?」
「こんなあっさり終わるわけないだろうな」
隣で刹那が頬杖をついていた。
あっさり。
あれだけ練習を重ねて、ようやく倒せた相手なのに。
美咲がもう一度ホログラムに目を向けると、ハルが端末を操作しながら口を開いた。
「今回は、一般的なフェーズ移行を区切りにしただけですね。この先まで再現できるだけの情報は、まだありませんので」
「フェーズ移行……」
美咲の脳裏に、赤く明滅する画面が浮かんだ。
ナナとレンと共に戦った、ジャミングバグ。
胴体が開き、そこから伸びたメガホンが鳴り響いた。
増えていく敵と、間隔の短くなった状態異常に、それまでの動きが通用しなくなった。
同じ相手でも、途中から動きが変わる。
あの時、身をもって知ったことだった。
「……動きが、変わるかもしれないんですね」
「はい。今のまま戦い続けてくれるなら、ありがたいんですけどね」
ハルが苦笑し、ホログラムを閉じた。
しばらくして、奥の扉が開いた。
「見たかよ、あの正確な射撃。すごくね?」
真っ先に聞こえてきたのは、クルツの弾んだ声だった。
その隣で、セラが呆れたように眉を下げる。
「なんであんたが偉そうなのよ」
「別に偉そうにしてねえだろ。すごかったって話だよ」
「それなら、本人に言ってあげればいいじゃない」
「さっきから言ってるっすよね?」
クルツが振り返ると、後ろを歩いていたイオが小さく頷いた。
「ああ。十分に聞いた」
その返事に、美咲は思わず笑った。
五人がこちらに近づいてくる。
「ばっちり見てましたよ。イオさんが成功させたとき、サジさんも嬉しそうでした」
「……そうなのか?」
イオがサジに顔を向けた。
つられるように、クルツとセラも同じ方を見る。
サジは端末から顔を上げると、美咲を一瞥した。
余計なことを言っただろうか。
美咲が口を結ぶと、サジはイオに視線を移した。
「結果が出たからな」
短い返事だった。
イオは一度だけ頷き、手元のライフルに目を落とした。
「まだ、距離の維持に手間取ることはあるがな」
「それでも、間に合っていたわ。こちらも合わせやすかったわよ」
アロマが言うと、ロックも頷いた。
「クルツから戻すところも、問題ないな」
「でしょ? 俺もちゃんと仕事してたんすよ」
「はいはい。見てたから」
セラが軽くあしらう。
美咲は、先ほどまで《Zorn》が映し出されていた場所に目を向けた。
確かに、先へ進めた。
でも、その先に何があるのかは、まだ誰も知らない。
「全員、聞いてくれ」
サジの声に、クルツが口を閉じた。
ハルが端末を操作すると、再びホログラムが展開された。
今度映し出されたのは、《Zorn》の姿ではなく、エリアの地図だった。
「実戦では、フェーズ移行の有無を確認する。移行した場合は、可能な範囲で戦闘を継続し、情報を持ち帰る」
「倒すところまでは、やらないんすか?」
「ああ。今回で討伐することは考えていない」
サジは即答した。
「今のシミュレーションで確認できたのは、把握している動きへの対処だけだ。その先は別物として考えろ」
クルツがホログラムに顔を向けた。
サジは五人を見渡し、言葉を続ける。
「どこまで戦えるかを競うわけではない。引き際はこちらで判断する。指示が出たら、速やかに撤退しろ」
「……了解っす」
クルツが頷いた。
ほかの四人も、異論を口にすることはなかった。
「全員で情報を持ち帰る。今回はそれが目的だ」
美咲は、胸の奥に溜まっていた息をゆっくり吐いた。
何もわからないまま、最後まで倒しきろうとしているわけではない。
知らないことを確かめて、次に備える。
そう聞いて、ようやく今回の戦いがどういうものなのか、少し見えた気がした。
「そういや、あの女はどうなったんですか?」
刹那がハルに顔を向けた。
「ケルヴィナさんのことですか?」
「最近、なんかしてきてるんです?」
ハルは首を横に振った。
「今のところ、新たな動きは確認されていません。中心部付近の監視も続けていますが、そちらからも報告はないですね」
「飽きたんでしょうね」
刹那が肩をすくめる。
美咲の頭に、以前聞いた話が浮かんだ。
理由もわからないまま襲われた人たち。
刹那がいなければ、自分たちもどうなっていたかわからなかった。
飽きたから、もう何もしない。
本当にそうならいい。
美咲が黙っていると、サジが口を開いた。
「そうであればいいが、こちらから警戒を解く理由にはならん」
「まあ、そうですね」
刹那はあっさり頷いた。
「観測班には、引き続き周囲の変化も報告させる。何かあれば、戦闘中でも共有する」
サジはそう言い、ホログラムに視線を戻した。
「次に、移行後の動きについてだ」
ハルの操作で、地図の隣に《Zorn》の映像が現れた。
先ほどのシミュレーションだろうか。
ロックへ向かっていた巨体が足を止め、角を震わせる。
その瞬間、映像が静止した。
「攻撃手段の追加、速度や範囲の変化。いずれも可能性はある。今まで避けられた距離やタイミングが、そのまま通用するとは思うな」
セラが映像を見つめたまま、頷く。
「中でも、今の戦い方に直接影響するのは、予兆から音までの間隔だ」
美咲はイオに顔を向けた。
「……早くなったり、遅くなったりするということか」
イオの問いに、サジは頷いた。
「一律に変わるだけなら、合わせ直す余地はある。だが、毎回同じとは限らん」
「こちらの動きを見て、タイミングを変える可能性もあるわね」
アリスが静かに付け加えた。
「こっちが撃つのを待つってことか?」
「その可能性を除外できない、ということよ」
クルツに答えたあと、アリスは静止した《Zorn》に目を向けた。
美咲も同じ場所を見つめる。
やっと掴んだタイミングを、相手の方からずらしてくる。
そうなったら、どれだけ正確に同じ動作を繰り返せても、弾は狙った瞬間に届かなくなる。
「その場合、同時着弾には固執するな」
サジが言った。
「予兆を確認したら射撃を止める。咆哮後、クルツが引き受けて、ロックへ戻す。最初に試した動きだ」
「俺が動けるようになるまで、待つってことっすね」
「ああ」
クルツがロックに顔を向ける。
ロックは短く頷いた。
「それなら、問題ない」
「ただ、削る速度は落ちるわね」
元の動きに戻せば、その分だけ時間もかかる。
「構わん」
サジの返事に、迷いはなかった。
「討伐が目的ではないと言ったはずだ。無理に攻撃を通すより、動きを確認することを優先しろ」
「ええ。わかったわ」
アロマが頷いた。
イオも、静かに口を開く。
「間隔が変わった場合は、こちらからも報告する」
「頼む。ほかの者も、違和感があればすぐに報告しろ。判断に迷って黙る必要はない」
美咲は五人の顔を順に見た。
誰も、倒せたことだけで浮かれてはいなかった。
先ほどまで得意げだったクルツも、今は映像を見ながら話を聞いている。
喜ぶことと、次に備えること。
その切り替えが、美咲には少し眩しかった。
「《ARCADIA》には、周辺の警戒を頼みたい」
サジの視線が、アリスに移った。
「配置と具体的な運用は、そちらに一任する。独立分隊として動いてくれ」
「承知しました」
アリスは頷き、地図に目を向けた。
「周囲に変化があれば、こちらからも共有します」
「頼む」
短いやり取りで、話がまとまった。
刹那は地図を眺めたまま、何も口を挟まなかった。
美咲も、その隣で背筋を伸ばした。
自分たちにも、やるべきことがある。
五人が《Zorn》に向き合っている間、周囲を見て、何かあれば伝える。
皆が無事に戻ってくるために。
美咲はもう一度、ホログラムに映るエリアを見つめた。




