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第49話 夜遊び

 右から、銃声がした。


 美咲が顔を向けると、ライフルを下ろしたイオと、その隣で端末を見つめるアリスがいた。


 二人の前には、《Zorn》が立っている。


 左へ目を向ければ、こちらにも同じ巨体がいた。


 クルツがショットガンを構え、その後ろではロックが盾を持ち直している。


 刹那は少し離れた場所で、二人に何かを話していた。


 エリア41を再現した街並みの中に、二体の《Zorn》。


 それぞれ、射撃と迎撃を繰り返すために用意されたものだった。


 美咲は、その間にぽつんと立っていた。


「なにしてんの?」


 声に振り向く。


 セラが、不思議そうにこちらを見ていた。


「あ、セラさん。それが、やることなくって……」


「見学するにしても、もっと近くに行けばいいのに」


「お邪魔かなぁって……」


 セラが目を細めた。


「美咲ちゃん、私が落ち込んでたときはズケズケ入ってきたのに、変なところで気を使うのねー」


「それは……! そんな、ズケズケ入ってました?」


「うん。話させろー! って感じで」


 わざとらしく身を乗り出したセラに、美咲は口を開きかけた。


 そんなつもりではなかった。


 けれども、断られても話したいとお願いしたのは、確かだった。


 言い返せずにいると、セラが笑った。


「ほらほら。私のときみたいに、行くよ」


 腕を引かれ、イオとアリスの方へ歩き出す。


 近づいたところで、《Zorn》の角が震えた。


 イオは、すでにライフルを構えていた。


 巨体が頭を持ち上げる。


 銃口が光り、轟音が響いた。


 胸部から火花が散ると、《Zorn》が消えた。


「……遅いな」


 イオが銃を下ろした。


 アリスの端末を、美咲も横から覗き込む。


 並んだ数字の、末尾が違う。


 昨日は、百分の一秒より短かった。


 その間隔が、今はずっと大きく開いていた。


「当たってはいるんですね」


 セラが問いかけると、イオが首を傾けた。


「狙う場所は動かないからね。そちらは問題ないんだが」


「今、何を考えていたの?」


 アリスが尋ねた。


「撃つタイミングだ。先ほどは早かったからな。それと、構え直したときに距離が変わっていないかと――」


「距離は固定しているわ」


「分かってはいるんだが」


「考えすぎよ。角が震えてから音が発生するまでの時間は、把握しているでしょう。それを数えて、弾が届く時間を引いて撃つだけ」


 美咲は、イオのライフルを見た。


 当てることなら、何度でもできる人なのに。


 たった一発を撃つ瞬間が、これほど難しいなんて。


「……もう一度、頼む」


 イオが構える。


 アリスの操作で、同じ位置に《Zorn》が現れた。


───────


 銃声が、無人の街並みに響いた。


 少し遅れて、火花が散る。


 イオはライフルを下ろし、端末を確認した。


 また、遅い。


 練習に付き合っていた者たちが、一人、また一人とその場を離れたあとも、同じ動作を繰り返していた。


 角が震える。


 時間を数える。


 引き金を引く。


 ただ、それだけのことだった。


 アリスに言われたとおり、余計なことは考えない。


 距離は変わらない。


 予備動作の長さも、すでに分かっている。


 次こそは。


 もう一度、《Zorn》を呼び出した。


 角の振動を捉え、頭の中で数える。


 今。


 そう思った瞬間、引き金にかけた指が重くなった。


 本当に、このタイミングでいいのか──


 指に力を込める。


 轟音と、銃声。


 確かめるまでもない。


 遅れた。


 それでもログを開き、数字を見比べる。


 どうにか十分の一秒ほどには詰められても、求められている精度には届かない。


 次の一発では、その誤差すら広がってしまう。


 イオは銃口を下げた。


 端末を操作し、予備動作の途中でホログラムを止めた。


 角を震わせる姿勢で、仮想の巨体が静止している。


 振動から、頭を持ち上げるまで。


 そのあと、音が発生するまで。


 もっと、直前に分かる動きはないのだろうか。


 視線を上げ、角の先を見つめる。


 この《Zorn》は、ハルが組んだものだ。


 刹那のログや、これまでの観測を基にしている。


 誰も拾っていない動きがあれば、ここには存在しない。


 イオはしばらく考え、仮想の巨体を消した。


 携帯端末を操作する。


 今夜、エリア41の監視を担当しているメンバーへ、通信を繋いだ。


───────


 リヴェラの正門を、一人のプレイヤーが通り抜けた。


 普段なら人々の声が重なる場所も、深夜となれば、ぽつぽつと人影が行き交う程度だった。


 門の脇で待っていたイオは、その姿を見つけて歩き出した。


「お待たせしました」


 刹那が、片手を上げる。


「すまない。こんな時間に」


「別に、明日休みなんでいいですけど。なんで私なんですか?」


「誰か頼める人はいないかと、フレンド欄を開いたら、君がまだいたからね」


「クランメンバーは?」


「サジはまだいるが、彼を戦闘に連れていくわけにはいかない」


「連れてったら、アドバイスとかしてくれるんじゃないですか?」


 イオは黙った。


 刹那の目が、少しずつ細くなる。


「……あのさ」


「内密で頼む」


「やだよ! 私まで怒られるじゃないですか!」


「安心してくれ。今日の監視役には、釘を刺してある」


「そういう問題じゃないですから!」


「君しかいないんだ」


「今さっき、ちょうどいたからって言っただろ!」


 イオは、刹那を見た。


 シミュレーションでは、アリスと二人、二十分以上も攻撃を受けずに戦っていた。


 もちろん、実物と同じとは限らない。


 それでも、動きを確かめ、危険になる前に引き上げる。


 彼女になら、その役目を頼めると思った。


「頼む」


 刹那が顔を歪め、舌を鳴らした。


「……バレたら、イオさんに無理やり連れてかれたって言いますから」


「それで構わない」


 刹那は、もう一度大きく息を吐いた。


 二人で、門を離れる。


 道を進むうちに、イオは隣の姿へ目を向けた。


「そういえば、昔も無理を聞いてもらったな」


「ありましたっけ?」


「一日、アイテムドロップに付き合ってもらっただろう」


「……覚えてないですね」


「五百体目でやっと出て、文句を言っていただろう」


「イオさんと二人で?」


「そうだ」


 刹那が、視線を宙へ向ける。


「……んー。あっ、ありましたね。メンバーが欲しがってるから、手伝ってくれってやつ」


「それだ。あのときも、こんな時間から始めたな」


「よく覚えてますねぇ」


「印象的だったからな」


 刹那は、「そうですか」とだけ返した。


 やがて、エリア41の建物が見えてきた。


 イオは足を止め、刹那へ向き直る。


「もう一度確認する。戦闘は無理をしない。観察が主な目的だ」


「分かってますよ。こんなんで怪我したら、あいつらにドヤされるんで」


「お互いな。では――」


「ちょいちょい。待ってくださいよ」


 背後から、声がした。


 振り向くと、クルツが歩いてきていた。


「イオさんがコソコソ出てくから、後を追ったら、姉御が来るし。二人で夜逃げっすか?」


「ログアウトしたんじゃなかったのか?」


「それは別に、今はいいじゃないっすかー」


 口元をだらしなく緩め、クルツが近づいてくる。


「で? こんなところに何しに来たんっすか? 楽しそうなんで、俺も混ぜてくださいよ」


 イオは、刹那と顔を見合わせた。


「実物と戦闘をして、射撃タイミングを掴むつもりだったんだ」


「へぇ……サジさんや、ハルさんには言ったんっすか?」


 イオが何も言えずにいると、クルツが何度も頷いた。


「なるほど、なるほど。イオさんって、たまーにぶっ飛んだことしますよね」


「クルツ。皆には黙っていてくれ」


「どうしよっかなー? 姉御まで巻き込んで……ハルさん、怒るだろうなぁ」


「……何が望みだ」


 クルツが、目を細めて不敵に笑った。


「さっき言ったじゃないですか。俺も混ぜてくれって」


 イオは、肩に担がれたショットガンを見た。


 射撃のあと、迎撃まで確かめるなら、彼がいる意味はある。


「……無理はするな。危なくなる前に引くぞ」


「りょーかいっす」


 歩き出したイオの後ろで、刹那がクルツに顔を寄せた。


「止めろよ」


「面白そうなのに、止める理由がないね」


「バレたら、お前も怒られるぞ」


「慣れてるんで、気にしない」


「ダメだ、この人たち……」


 その声に振り向かず、イオは先へ進んだ。


 しばらく歩くと、通信が入った。


『上でーす』


 頭上を見上げる。


 建物の屋上で、プレイヤーが手を振っていた。


 刹那とクルツも、同じ方向へ顔を向ける。


 人影が屋上の縁から姿を消した。


 少し待つと、建物の中から二人の男が出てきた。


「なんか、いっぱいいますね」


 一人が三人を見回し、もう一人が刹那に目を留めた。


「刹那さん……! こんばんは!」


「あー、こないだの。あんなことあって、もう仕事任されてるのか。《BCC》はブラックだな」


「通信も回復してますし、ドローンでの監視なんで、前より気が楽ですよ」


 クルツが男の隣へ寄り、手元の端末を覗き込む。


「おつかれ。てか、《Zorn》は動いてんのか?」


「周囲にエネミーがいなくなった辺りから、ずっと動きっぱなしだよ」


 イオも画面へ目を落とした。


 夜の街を、黒い巨体が進んでいた。


「無理を言ってすまんな」


「いやいや。でも、バレないでくださいね。俺らまで怒られるんで」


「いや、怒られないよ。私のせいにすればいい」


 男は困ったように笑い、端末を操作した。


 送られてきた座標を、イオが確認する。


「今はこの位置ですね。何かあったら連絡ください。すぐに応援を呼ぶんで」


「そうならないように気をつけるよ」


 二人に見送られ、三人で歩き出した。


 座標の位置へ近づくにつれ、地響きが聞こえてくる。


 イオはライフルを持ち直し、建物の向こうへ目を向けた。


 隣で、クルツが楽しそうに口を開く。


「さてと。イオさん主催の夜遊び、楽しみますか!」


「その前に、動きを決めるぞ」


 イオが告げると、クルツが振り向いた。


「俺と姉御でヘイト取って、イオさんに向けなきゃいいんっすよね」


「ああ。だが、どちらがメインで受け持つ?」


「火力が出た方でいいんじゃないです?」


「ん? どういう意味だ?」


「攻撃しまくって、向いた方がメインってことで」


「いいね、それ。採用」


 刹那が、クルツの肩を叩いた。


「いや、それでは不測の事態が起きたとき、どうするんだ」


「ケースバイケース?」


 クルツが首を傾げた。


 イオが口を開く前に、その視線が刹那へ向く。


「てかさ、せっかくなら、角が震えてから音が出るまでの時間も調べないっすか?」


「じゃあ、攻撃手段も掘るか」


「二人とも」


 声を強めると、ようやく二人がこちらを見た。


「観察が優先だ。攻撃を受けたら、一度引く。回避が間に合わないと判断した場合も同じだ。私の合図があれば、すぐに離脱してくれ」


「分かってますって」


「無理はしませんよ」


 同時に返答が返ってきた。


 この二人は、波長が合うのかもしれない。


 ため息を押し殺し、イオは建物の陰から先を窺った。


 黒い巨体が、交差点を横切っていく。


 まだ、こちらには気づいていない。


 そのまま進めば、周囲に建物の少ない場所へ出る。


 イオは二人を手で制し、《Zorn》の移動を待った。


 地響きが、ゆっくり遠ざかる。


 巨体が開けた場所へ踏み込んだところで、イオはライフルを持ち上げた。


「作戦開始だ」


 二人が駆け出す。


 先に飛び出したのは、クルツだった。


 けれども、刹那がすぐにその隣へ並ぶ。


 追い越し、さらに離れていく。


「はっや!」


「ファーストアタックは貰うからな」


 刹那が腰のナイフを抜いた。


 赤い刃が、巨体の脚を切りつける。


 《Zorn》が向き直ったときには、すでに刹那は離れていた。


 追いかける巨体へ、クルツのショットガンが火を噴く。


 イオは二人から距離を取り、ライフルを構えた。


 スコープの向こうで、刹那が突進を避ける。


 その脇腹へ、再び弾丸が叩き込まれた。


 やがて、《Zorn》がクルツへ向き直る。


 クルツが攻撃を切り上げ、距離を取った。


 入れ替わるように、刹那が背後へ回り込む。


 ひとまず、二人とも問題はなさそうだった。


 イオは、巨体へ意識を絞った。


 外殻の形状。


 脚の長さ。


 角の向き。


 シミュレーションのものと、何ら変わりない。


 突進の速度も、見覚えのあるものだった。


 刹那を追っていた《Zorn》が、足を止める。


 角が震えた。


「二人とも、来るぞ」


 通信へ告げると、巨体にまとわりついていた二人が、一斉に距離を離した。


 イオは、引き金に指をかけずに見つめた。


 角の振動。


 頭が、持ち上がる。


 その間の脚も、外殻の動きも、シミュレーションで何度も見たものと変わらなかった。


 轟音が、夜の街を揺らした。


 視界がぶれる。


 スコープの向こうで、《Zorn》が向きを変えた。


『あ? 俺かよ!』


 クルツの声。


 巨体が、そちらへ走り始める。


 刹那が追いかけ、クルツは大きく横へ逃れた。


 直前まで狙っていたのは、刹那だった。


 射撃は止まっていた。


 音のあと、誰も攻撃を加えていない。


 初期化されるだけではないのか。


 攻撃がなければ、対象を選び直すのだろうか。


 考えている間に、二人が再び巨体を引きつける。


 イオは呼吸を整え、次の振動を待った。


 今度は、撃つ。


 角が震えた瞬間から、時間を数える。


 頭が持ち上がった。


 まだだ。


 もう少し。


 轟音。


 指に力が入った。


 ライフルが肩を押し、胸部に火花が散る。


 《Zorn》の赤い瞳が、こちらを向いた。


『そっちじゃねえよ』


 刹那が追いつき、脚を切りつける。


 巨体が止まり、彼女へ角を振り下ろした。


 刹那は脇へ抜け、クルツがその隙に撃ち込んだ。


 イオは銃を下ろし、端末を取り出した。


 音の発生と、胸部への命中。


 時刻の差は、〇・九八秒。


 思わず、息を吐いた。


『どうっすか?』


「……シミュレーションのときのようにはいかないな」


 それでも、あれほど攻撃を重ねた刹那とクルツから、一発で対象を奪えた。


 やはり、音のあとに蓄積が消えていると考える方が自然だった。


 アリスの仮説は、実物でも通用する。


 あとは、自分が合わせるだけだ。


 イオは端末をしまい、ライフルを構え直した。


 何度か、同じ動きを繰り返した。


 角を見て、時間を数える。


 引き金を引く直前、指が止まる。


 〇・五一秒。


 〇・七五秒。


 ログを見るたび、奥歯に力が入った。


 探していた、新しい予備動作は見つからない。


 音が出るまでの流れも、見ている限りは同じだった。


 それなのに、撃てない。


 スコープの向こうで、クルツが大きく距離を取った。


 刹那がその間を埋める。


 離脱するときの足取りに、先ほどまでの軽さがない。


 通信越しに、短い呼吸が聞こえた。


 これ以上は、危険か。


 そう判断しかけたとき、《Zorn》の角が震えた。


 イオはすぐさま、ボルトを引いた。


 戻す。


 巨体の頭が持ち上がる。


 頬を寄せ、スコープを覗く。


 胸部へ、狙いが重なった。


 間に合うか――。


 引き金を引いた。


 肩に反動が返る。


 ──轟音。


 巨体の胸部に、火花が散った。


 赤い瞳が、イオを捉える。


 イオは、《Zorn》から目を離せなかった。


 ほんの一瞬が、何分にも感じられた。


 地響きで意識を戻し、叫んだ。


「……二人とも! その場で固定してくれ!」


 クルツが動き出す。


 その後ろから駆けた刹那が、先に《Zorn》へ追いついた。


 脚へ刃を入れ、巨体の向きを自身へ戻す。


 今度は、離れなかった。


 振り下ろされる角を躱し、足元へ回り込む。


 追おうとする巨体が、その場で何度も脚を踏み替えた。


 イオは再びスコープを覗き、《Zorn》の足元にいるクルツへ照準を移した。


 頭から足元まで、目盛りを素早く読み取る。


 知っている身長から、距離を割り出した。


 おおよそ、三百メートル。


 その数字を、頭に刻む。


 スコープから目を離し、携帯端末を取り出した。


 確認したら、引く。


 そう決めながら、ログを開く。


《Zorn》04:35:57.310 Roar

IO → 《Zorn》04:35:57.319 Hit: Chest


 イオの口から、乾いた笑い声が漏れた。

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