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第48話 0.01

「一度、止めろ」


 サジの言葉に、ハルが端末を操作した。


 ロックへ迫っていた《Zorn》が消える。


 銃声が途切れ、五人が銃口を下ろした。


 ほどなくして、奥の扉が開いた。


「どうしたんすか?」


 先頭で戻ってきたクルツが、ショットガンを肩に担ぐ。


 続いて、ロックとアロマ、セラ、イオが待機室へ入ってきた。


「気づいているとは思うが、火力が足りん」


 サジが告げると、ロックが小さく頷いた。


「音のあと、もう少し早く戻せればな」


「だったら、範囲ギリギリまで近づいて、すぐにロックさんに繋げるっすか?」


「その程度では、解決にならん」


 クルツが口を閉じた。


 サジの視線が、長椅子へ向く。


 アリスは端末を置き、立ち上がった。


「こちらを、お借りしても?」


「あ、はい。どうぞ」


 ハルが場所を空ける。


 アリスがシミュレーションルームの端末に触れると、ホログラムが展開された。


 映し出されたのは、先ほどの五人だった。


 《Zorn》の角が震える。


 銃声が止まり、ロックとクルツが後退した。


「問題は、皆さんが攻撃している間の火力ではありません。射撃を止めている時間です」


 轟音。


 動きの鈍った四人を残し、クルツが駆け出す。


 ショットガンを撃ち、突進を避け、ロックへ引き渡す。


 そこで、映像が止まった。


「予備動作に入ってから、ほかの方が射撃を再開するまで。この間、ほとんど攻撃できていません」


「だから、俺が早く繋げば――」


「音が鳴る前の話です」


 アリスが映像を戻した。


 角を震わせる《Zorn》が、五人の前で静止する。


「音で動けなくなるまで、射撃を続けていただきます。その間、コアがあると想定した胸部へ、攻撃を集中できます」


 美咲は、ホログラムの巨体を見た。


 走る《Zorn》を追って、五人は何度も銃口を向け直していた。


 けれども、今は動いていない。


 胸部の外殻も、はっきり見えている。


「でも、音のあとに弾が当たったら、その人に向かっちゃいますよね?」


 セラの問いに、アリスが頷いた。


「ええ。音で射撃が止まっても、すでに撃ち出された弾は残るわ。その着弾を待っていたら、誰に向かうか分からない」


 アリスが、イオに顔を向けた。


「だから、イオ。音と同時に、着弾させてほしいの」


「初期化の直後に、俺へ向けるわけか」


「ええ。貴方の一発なら、ほかの方の数発分を上回る。そのあとに弾が当たっても、対象が切り替わるのを防げるわ」


 イオは腕を組んだ。


「……どの程度、ぴったりに合わせればいい?」


「できるなら、初期化から百分の一秒以内が理想ね」


「百分の一秒?」


 クルツが、眉を寄せた。


「遅れれば、別の方へ走り始める可能性がある。途中でイオへ向き直らせるのではなく、最初から突進する方向を決めたいの」


 アリスはホログラムへ視線を戻す。


「ちょい待て。距離も毎回違う。そもそも、発生のタイミングが全く同じかも分かんねえのに、音と同時に着弾させろ? しかも、百分の一秒以内? 不可能だろ」


「予備動作から発生までの時間と、距離を把握できれば、理論上は可能よ。発生までの時間に揺らぎがあるなら、そこも確認する必要があるわ」


「口だけなら、いくらでも言えるっすよね?」


 クルツがイオを見る。


 けれども、イオは首を横に振った。


「いや、実際に目の前で実演されているんだ。できないとは言えない」


「実演……そんなこと……」


 クルツが眉を寄せ、視線を落とした。


 美咲は、刹那とアリスのシミュレーションを思い返した。


 アリスの合図で、刹那が離れた。


 《Zorn》の音に紛れて、銃声が聞こえた気がした。


 二人とも動けないはずなのに、外殻から火花が散っていた。


 そして、巨体が向かった先には、ライフルを構えたアリスがいた。


 あれは、偶然ではなかった。


「ただ、君たち二人のときとは条件が違うな」


 イオが言った。


「あのときは、私が追いつくことができましたからね」


 刹那が背もたれから身体を起こす。


「アリスに向いてくれりゃ、あとは殴って取り返せばいいだけだったし」


「ですが、今回はその間に、硬直している方へ到達する可能性があります」


 アリスがホログラムを操作した。


 五人の位置が、上から見下ろす形で表示される。


「イオが近すぎれば、動けるようになる前に突進を受けます。離した場合は、途中で引き受ける必要があります」


「外したら、私たちに向かう可能性もあるのね」


 アロマがセラと顔を見合わせた。


「だったら、音の前に私とセラちゃんも、イオ側へ寄った方がいいかしら」


「はい。失敗した際に、突進する方向を絞れます。ただし、それだけで迎撃を保証できるわけではありません。彼が復帰してから向きを確認し、移動する余裕はほとんどありませんから」


 ホログラムの中で、アロマとセラが移動した。


 《Zorn》から、離れたイオへ、一筋の線が伸びる。


 その脇へ、クルツを示す印が動いた。


「衝撃波の範囲外で、復帰してから迎撃できる距離。かつ、ショットガンで十分な威力を出せる位置を取る必要があります」


「近すぎりゃ、動ける前に通り過ぎるってことか」


 クルツが顎に手を当てる。


「遠すぎても、抜かれたら追いつけねえな」


「そのあと、俺に戻すところまでだな」


 ロックが付け加えた。


 アリスは頷き、ロックの印を動かした。


「引き渡すまでに時間がかかれば、増やした射撃時間を、移動と立て直しで失います。配置も含めて、確認が必要です」


 美咲は、並んだ印を見つめた。


 イオが撃つ。


 それを途中で引き受け、ロックへ戻す。


 狙った一発が当たっても、そこで終わりではない。


「ま、イオさん次第ってことか」


 クルツがイオへ顔を向けた。


「そこができなきゃ、始まんねえもんな」


「いいえ。この戦術の要は、クルツ、貴方よ」


 クルツの顔が戻った。


「……俺?」


「成功しても、失敗しても。硬直している方へ到達する前に、貴方が引き受けなければいけないわ」


 碧眼が、真っ直ぐクルツへ向けられていた。


「イオが成功させても、突進は来る。位置を誤れば、貴方も、後ろにいる方も危険になる。それを踏まえて、先ほどの動きを繰り返せる?」


 クルツはホログラムを見た。


 自分の印と、その後ろに並ぶ三人の印を。


「……やってみねえと、分かんねえよ」


 アリスがサジへ向き直った。


「ですから、推奨はしないと申し上げました」


 サジはしばらく、ホログラムを見ていた。


「ハル。音の前から、やり直せるか」


「できます。配置も含めて保存しておけば、同じ状態から始められますよ」


「まずは条件を固定する。着弾と、迎撃が成立するか確認するぞ」


 四人が頷いた。


 ハルが端末へ向き直り、イオが腕を解く。


 アリスが端末の前を離れ、長椅子へ戻りかけた。


 クルツが、その背中へ声をかけた。


「ちょい待ち」


 アリスが足を止める。


「そんだけ偉そうに言うなら、辛口女はできるんだよな?」


 クルツは口の端を吊り上げ、不敵に笑った。


「百分の一秒ってやつ」


 アリスの顔が、ゆっくりクルツへ向く。


「バカクルツ! 何挑発してんのよ!」


 セラがクルツの頭を軽く叩いた。


「まあまあ、セラちゃん」


 アロマがセラの手首を掴み、下ろさせる。


「でも、私も見てみたいわね」


「どうなんだよ。まさか、逃げないよな?」


 アリスは背を向けた。


 そのまま端末の前へ戻り、操作を始める。


「え? アリスさん」


 横から画面を覗いていたハルが、声を上げた。


「それ、実戦用の設定ですよ。通常の戦闘からになりますけど」


「分かっています。ですが、こちらの方が分かりやすいでしょう?」


 普段より、柔らかい声だった。


 なのに、美咲の肩が小さく震えた。


 隣へ顔を向ける。


 刹那が、苦しそうに口元を手で押さえていた。


 奥の扉が開き、アリスがその先へ消えていく。


「お手並み拝見!」


 クルツが跳ねるように後を追った。


 それに続いて、アロマ、ロック、セラも部屋を出ていく。


 残されたイオは、小さく息を吐いた。


 ホログラムへ顔を向ける。


 生成された街の中に、五人の姿が映った。


『いつでもどうぞ』


 アリスの声が響く。


 ハルが開始の操作をすると、《Zorn》が顔を持ち上げた。


 ロックが撃つ。


 盾を構え、迫る巨体を脇へ流す。


 先ほどと同じように、四人の射撃が続いた。


「自信なさげですね」


 刹那がイオへ顔を向けた。


「ああ。精度には自信があるが、コンマ単位を求められたことがないからな」


「イオさんなら問題ないですよ。距離を覚えて、タイミングよく撃つだけでしょ?」


「君は、簡単に言ってくれるな」


 イオの声に、苦笑が混じった。


 美咲は、ホログラムのアリスを見た。


 ライフルを構えた彼女は、一発撃つたびに位置を変えていた。


 走る《Zorn》と、間に立つクルツ。


 その向こうのロックへ、何度か視線が動く。


 やがて、角が震えた。


 銃声が途切れかける。


『撃ち続けて』


 アリスの声に、再び銃声が重なった。


 セラとアロマが、撃ちながら位置を変える。


 クルツも後退し、アリスへ向かう進路の脇へ入った。


 《Zorn》の胸部に、火花が散り続ける。


 アリスは身体を低く落とした。


 ライフルを構え、引き金に指をかけたまま動かない。


 《Zorn》が頭を持ち上げる。


 アリスの銃口が、一瞬光った。


 ──轟音。


 重なっていた銃声が、途切れた。


 《Zorn》の胸部でひときわ大きな火花が散る。


 その直後にも、細かな火花が続いた。


 美咲は、膝の上で両手を握った。


 赤い瞳が動く。


 ロックを離れ、遠くのアリスを捉えた。


 巨体が、走り始める。


 アリスは銃を構えたまま、動かない。


 クルツが顔を上げた。


 すぐ横を、黒い外殻が通り抜けようとしていた。


 ショットガンの銃口が跳ね上がる。


 一発。


 二発。


 三発。


 《Zorn》が急停止した。


 路面を抉り、クルツへ向き直る。


 赤い瞳を向けられたクルツが、一歩、横へ動いた。


「そこまでだ」


 サジが告げた。


 巨体が一歩を踏み出すのと、ハルが端末に触れるのは、ほぼ同時だった。


 《Zorn》が消える。


 クルツはショットガンを構えたまま、しばらくその場所を見ていた。


 隣で、端末を操作する音がした。


 イオだった。


 表示されたログを見つめ、呆れたような笑いを漏らす。


 美咲は立ち上がり、イオの隣へ寄った。


 それぞれの事象が起きた時刻が、並んでいる。


《Zorn》23:02:18.420 Roar

Alice → 《Zorn》23:02:18.426 Hit: Chest


 美咲は二つの数字を見比べた。


 百分の一秒より、短い。


 ホログラムへ顔を戻すと、アリスがライフルを下ろしていた。


 クルツへ何かを話しかけている。


 クルツは一度口を開き、閉じた。


 今度は、不満げに唇を尖らせていた。


「イオ。どうだ」


 サジの声に、美咲は顔を向けた。


 イオはログを見ていた。


 やがて、端末から手を離す。


「……試させてくれ」


「分かった。明日一日、試せ。安定しないようなら、別の手を考える」


「ああ」


 短く答え、イオはもう一度ログへ目を落とした。

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