第1話 なりたい私
住んでいるマンションの玄関を開ける音が、やけに大きく響いた。
ただの鉄とコンクリートでできた、何の変哲もない一人暮らし用の部屋。白い壁。白い照明。白い冷蔵庫。
スーツを脱がないまま、美咲は鞄を投げ出し、部屋の中央にしゃがみ込む。
夕飯も食べず、シャワーも浴びない。
ただ黙って、箱からVRデバイスを取り出す。説明書はその辺に放り出した。
コードを差し込み、機材を繋ぎ、小型のメモリを差し込む。デバイスを頭にかぶせた。
そして、ベッドに倒れ込む。
視界が、闇に覆われる。
起動音。
次の瞬間、機械的な女性の声が耳に届いた。
「Code:VIRにようこそ」
「アバターを設定してください」
その声は、なぜか温かく聞こえた。
闇が晴れて、視界が開く。
目の前には、淡い光に包まれた白い空間。床も壁も存在しないような、何もない場所。
ただ、ひとつだけ──
そこに立っていたのは、美咲を模したアバター。それは、疲れきった目で虚空を見つめていた。
そのアバターを見た瞬間、美咲はぞわりと肌が粟立った。
美咲は俯き、唇を噛み締める。
「……私は、こうなりたかったわけじゃない」
美咲はアバターの編集画面を開いた。
指を動かすたび、髪型が変わり、体型が変わり、顔立ちが変わっていく。
何度も、何度も。
美咲は満足いくまで繰り返した。
完成したアバターは15歳くらいの、小柄な少女。
髪は、茶色のボブカット。肌は少しだけ明るめにして、瞳は元のまま。着ている服は、少し可愛く。
そんな風に。
美咲は、静かに息を吐いた。
「……うん、可愛い」
美咲は自分が笑っていることに気づき、頬に触れた。
名前入力画面が、目の前に現れる。彼女は少しだけ悩んで、指を動かした。
Misaki.
美咲はその綴りを、しばらく見つめていた。
これは、わたしの最初の一歩だ。




