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第42話 セラ③

 後方から足音が近づいてくる。


 《BCC》に加入する前、セラは二人にパーティーを抜けると伝えていた。


 詳しい理由は伏せたが、特に追及されることもなかった。


 後腐れはないはず。


 なのに、鼓動が早まっていき、気分が悪くなっていった。


 浅く呼吸を繰り返し、顔を上げた。


 目の前で、ことねが心配そうに眉を下げていた。


 その後ろでは、クルツがセラの背後を睨んでいる。


 そんな顔をしないで。


 迷惑はかけないから。


 セラは大きく息を吸って、振り返った。


 男二人と目が合った。


 久しぶりに見る元のパーティーメンバーに、一瞬息が止まった。


「あ、久しぶり」


 無理やり整えた笑顔に、男の一人が鼻を鳴らした。


「まだ続けてたんだな」


 そのたった一言が、胸に深く突き刺さった。


 楽しく続けている。


 そう言いたいのに、口から出てくるのは掠れた音だけだった。


 セラは二人の視線に耐えきれず、目を伏せた。


 向いていない。


 何度も聞いた声が、遠くで響いた。


「うちのクランメンバーに、何か用事か?」


 イオが言った。


 静かな声がすぐ隣から聞こえて、セラはようやく息を吸えた。


 男二人は顔を見合わせると、声を上げて笑った。


「なるほどね……!」


 一人が、笑いを漏らしながら続けた。


「下手くそでも、優秀なクランに所属すれば、何もしなくても、少しはあやかれるってわけか。賢いわ」


 セラの肩が落ちた。


 この人の言う通りだ。


 今日だって、自分がチャームを欲しがったのに、危険な戦闘は二人に任せっきりだった。


 少ない敵を集めただけで、息を切らして座り込んでいた。


「何もしていない、か」


 イオの声が低くなった。


「今日、彼女は私が頼んだ役割を果たしてくれた。一緒にいた私の前で、勝手なことを言わないでくれ」


 でも、それだけだ。


 セラが胸元を握りしめると、イオが半歩前に出た。


 イオの背中に遮られ、男の顔が見えなくなった。


「ガスマスク……。あんた、イオだろ?」


「だからなんだ」


「《BCC》も必死だな」


 男が身をずらし、俯くセラを覗き込んだ。


「そんな戦闘の役に立たないやつを加入させて、どんだけ人材不足なんだよ」


 やめて。


 もう、聞きたくない。


 唇を結んでも、震えが止まらなかった。


 足元に、涙が落ちた。


「おい」


 クルツの声だった。


 セラが顔を上げると、彼は大股でこちらへ歩いてきた。


「ちょっ……やめなって……!」


 ことねが腕を掴む。


 クルツは足を止めたが、男たちから目を離さなかった。


「あんたが行くと、余計こじれるっての……!」


「知らねえよ。俺はな、大事な仲間を馬鹿にされんのが、いっちばん腹立つんだよ」


 大事な仲間。


 セラはクルツを見つめた。


 さっきまで、怒らせないようにしなければと思っていた。


 迷惑をかけないように、自分でどうにかしなければと。


 クルツはことねの手を振りほどくと、セラの横を通り過ぎた。


「誰だか知らねえけど、好き勝手言いやがって」


 男の前で足を止める。


「次喋ったらぶっ飛ばす」


「クルツ」


 イオが短く呼んだ。


 クルツが横目で見る。


「銃は撃つな」


 ことねが息を呑んだ。


 セラにも、その言葉の意味がすぐには分からなかった。


「やってみろや」


 男が口の端を吊り上げた。


 クルツの手が、背中のショットガンへ伸びた。


 同時に、男が腰のケースからハンドガンを抜く。


 銃口が上がりきる前に、クルツは男の懐に入っていた。


 ショットガンの銃床が、男の顎を打ち上げた。


 鈍い音。


 男が仰向けに倒れ、ハンドガンが地面を滑った。


「ふざけんな……!」


 もう一人がクルツに向かって拳を振り上げた。


 その腕を、イオが掴んだ。


 引き寄せると同時に、男の顎へ拳を叩き込んだ。


 セラは肩を震わせた。


 二人目が倒れる音がしても、目を閉じることができなかった。


 イオが、殴った手を下ろした。


 いつも自分に静かに話しかける人の手だった。


「二度と、こいつに絡むな」


 クルツが倒れた二人に言った。


 返ってきたのは、呻き声だけだった。


 セラは口を開いた。


 何か言わなければと思ったのに、息が引っかかった。


 自分のせいで、二人が人を殴ってしまった。


「ごめ……」


 声が震えた。


 振り返ったクルツが、セラを見て眉を寄せた。


「なんでお前が謝んだよ」


「だって、私が……」


 その先を言う前に、涙がこぼれた。


 クルツが何か言いかけ、口を閉じた。


 ショットガンを背中へ戻し、頭の後ろをかく。


「……俺が勝手に殴ったんだよ」


 セラは首を横に振った。


 さっき、大事な仲間だと言ってくれた。


 嬉しいと思ってしまう。


 人を殴ってしまったのに。


 自分のせいなのに。


 何を言えばいいのか、分からなかった。


 ことねがセラの隣に来て、手を握った。


「帰ろ。……二人とも、ハルさんには自分で説明してよね」


「分かっている」


 イオが答えた。


 セラが見上げると、ガスマスクがこちらを向いた。


「怖い思いをさせたな」


 セラはまた、首を横に振った。


 何を否定したかったのか、自分でも分からなかった。


 ことねに手を引かれ、一歩を踏み出す。


 クルツは少し先で待っていた。


 セラが歩き始めたのを見てから、彼も背を向けた。


 その背中が滲んだ。


 セラは握られた手を、少しだけ握り返した。


────────


 拠点に戻るまで、セラはほとんど顔を上げられなかった。


 ことねは何も聞かず、隣を歩いていた。


 入口をくぐったところで、イオが振り返った。


「ことねくん。セラくんを頼めるか」


「はいはい。ハルさんのとこ?」


「ああ。クルツ、行くぞ」


 クルツが露骨に顔をしかめた。


「俺ら悪くなくないっすか? 別に、赤ネームになったわけじゃないし」


「それと、報告しなくていいかは別だ」


「でも、あいつらが──」


「その話も含めて、ハルに説明する」


 イオはクルツの腕を掴んだ。


 まだ何か言いたそうな彼を引っ張り、廊下へ向かう。


「歩けるっすよ。引っ張んないでくださいって」


 ことねが呆れたように二人を見送った。


「ったく。セラ、ちょっと休んでよっか」


 セラは二人の背中を見つめていた。


 自分が声をかけられたせいで、こんなことになった。


 なのに、自分だけ休んでいていいはずがない。


「私も、行ってくる」


「え? いや、あの二人の報告だから──」


 セラは二人を追いかけた。


「ちょっと! ……もうっ! 自分勝手ばっか!」


 背後からことねの声と、駆け寄ってくる足音が聞こえた。


 廊下を歩いていたメンバーに聞くと、ハルは倉庫にいるらしかった。


 四人が倉庫に入ると、ハルは棚の前で端末と箱を交互に見ていた。


「あ、おかえりなさい。もしかして、手伝ってくれるんですか?」


 柔らかい笑みが、四人に向けられた。


 誰もすぐには答えなかった。


 ハルは端末を下ろした。


 俯くセラから、ことね、クルツ、イオへと視線を移す。


「……面倒事はやめてくださいよ」


「すまない。報告がある」


 イオは、男たちの侮辱も、相手が銃を抜いたことも、自分たちが殴ったことも隠さず話した。


 途中、クルツが何度か口を挟んだ。


 そのたび、あいつらが悪い、と同じ言葉が出てきた。


 ハルは最後まで聞くと、長く息を吐いた。


「クルツ君の言い分は分かりました。セラさんにそんなことを言うのは、相手が悪いです」


「でしょ?」


「でも、だからといって殴っていいわけではありません」


 クルツが口を閉じた。


「今回は赤ネームにならずに済みましたけど、次も同じとは限らないでしょう。怒った勢いで取り返しのつかないことになったら、どうするんですか」


 セラは胸元を握った。


 自分のために怒ってくれた人が、叱られている。


 ハルはイオへ顔を向けた。


「というか……イオさんが一緒にいて、なんでそうなっちゃうんですか……」


「すまない」


 イオが頭を下げた。


「あの、私が──」


 声を出すと、ハルがこちらを向いた。


 セラは唇を動かしたが、その先が出てこなかった。


「ちなみに、私は止めたからね」


 隣でことねが言った。


「そうみたいですね」


「あと、あいつらが何かしてこないか、気になるんだけど」


 ことねが二人を見た。


「殺してないんでしょ。向こうにもログ残ってるよね? 会話は残らないんだから、殴られたところを見せて、好き勝手言えるじゃん」


 セラの指先が冷たくなった。


 イオやクルツだけではない。


 《BCC》にまで、迷惑がかかるかもしれない。


 顔を上げたセラと、ハルの目が合った。


 彼は少しも慌てていなかった。


「その辺は、僕が何とかするんで大丈夫です」


 ハルは再び、イオとクルツへ向き直った。


「ただ、次からは手を出す前に連絡してください。対応を相談する余地ぐらい、残してもらえませんか」


 イオは静かに頷いた。


 クルツも、口を尖らせたまま頷いた。


 少し間を置いて、イオが口を開いた。


「ちなみに……サジには報告するのか?」


 普段より、声が沈んで聞こえた。


 その名前に、クルツまで顔を歪めた。


 セラは一度だけ会った人を思い出した。


 白い髪と白い髭の、老人の男性アバター。


 挨拶をすると「ああ」とだけ返されて、次の言葉に迷った覚えがあった。


「そのまま報告できるわけないじゃないですか。僕が怒られますよ」


「隠すのか?」


 ハルが、イオをじっと見た。


「それをイオさんが言わないでください。オブラートに包んで報告するだけです」


 イオは何も言わなかった。


 クルツが目を逸らした。


 ハルは手元の端末を操作すると、扉へ向かった。


「これから後処理に行くんで、二人はここ、お願いしますね」


「ここ?」


 クルツが周囲を見渡した。


「何をすればいい」


「ここの整理ですよ。仕事を増やしたんだから、それぐらいしてください」


 二人が顔を見合わせた。


「ほら、ぱっぱと始める!」


 ことねが手を叩いた。


 クルツが渋々、床の箱へ手を伸ばす。


 イオは棚を見渡し、積まれた箱の前にしゃがんだ。


 ハルが扉に手をかけた。


 セラはその背中に、声をかけた。


「私のせいで、すみませんでした」


 ハルが振り返った。


 何かを考えるように、少しだけ黙った。


「セラさん。ひとつだけ、言わせてください」


 セラは顔を上げた。


「自分が、自分のせいで、って。少し、背負いすぎていると思います」


「でも……」


 実際に、そうなのだから。


 自分がいなければ、二人が殴ることもなかった。


「先ほどの二人は、セラさんが呼んだんですか?」


 セラは首を横に振った。


「自分を貶すように、指示したんですか?」


「違います」


「イオさんたちに、殴ってほしいと頼んだんですか?」


「そんなこと、しません」


「なら、そのことでセラさんが謝る必要はありません。あの二人が何を言ったかも、イオさんたちが何をしたかも、それぞれが決めたことです」


 セラは倉庫の奥へ目を向けた。


 クルツが箱を持ち上げ、ことねに何か言われていた。


「僕が叱ったのは、殴ると決めた二人です。セラさんではありません」


 ハルの声に、視線を戻した。


「それと、あの三人に言う言葉は、ごめんなさいじゃないと思いますよ。よく考えてくださいね」


 ハルは小さく笑い、倉庫を出ていった。


 セラは閉まった扉を、しばらく見つめていた。


「いやいや、普通、それを同じ場所に置かないでしょ」


 ことねの声に振り返る。


 クルツは棚に置いた弾薬箱の横へ、医療品の箱を押し込んでいた。


「置ければ同じじゃね?」


「イオさーん! クルツが遊んでるー!」


「クルツ。終わらないから、真面目にやってくれ」


「いや、真面目にやってるっすよ!」


 いつもの軽口が、箱の積まれた倉庫に響いている。


 あの三人に言う言葉。


 ごめんなさいではない言葉。


 私は今──


 セラはクルツの隣に並び、医療品の箱を手に取った。


「さっきは……ありがとう」


 クルツがこちらを見た。


 ことねも、イオも手を止めた。


「庇ってくれて、嬉しかった」


 声は小さかったが、今度は最後まで言えた。


「……おう」


 クルツは棚へ顔を戻した。


 ことねが、セラの肩を軽く叩いた。


 セラは手元の箱を見た。


 中身が混ざっていたら、欲しい物を探すだけで時間がかかる。


 医療品なら、どれを一緒に置けば使いやすいか、自分にも分かる。


「カテゴリごとに分けた方がよくないかな?」


「だる……」


「適当に置いたら、ごちゃごちゃになって、また整理することになるよ?」


「そんときは、別のやつがやればいいだろ」


「ハルにやらせるのか?」


 イオが箱を置いた。


「いや、そうは言ってねーっすよ。やりたいやつがやればいいだろってことっすよ」


「だから、そうなるとハルになるだろ」


「口じゃなくて、手を動かせ!」


 ことねがクルツの背中を叩いた。


「痛えな! てか、なんでお前が仕切ってんだよ!」


「……ノリ?」


 セラは医療品を別の棚へ置き、隣に空きを作った。


 振り返って、床から同じ種類の箱を探す。


 倉庫の扉が開いた。


 受付を受け持っている女性が、顔を覗かせた。


「聞いたよー、クルツ君。人を殴ったんだって?」


「なんで既に広まってるんすか……」


 女性は苦笑すると、セラへ視線を移した。


「セラさん、大丈夫だった?」


「はい。ありがとうございます」


 それからも、聞きつけたメンバーが何人か様子を見に来た。


 クルツを笑いに来た人。


 セラを心配して、声をかけてくれた人。


 イオまで殴ったと聞いて、驚く人もいた。


 そのたびにクルツが嫌そうに応じ、ことねが横から口を挟んだ。


 でも、誰一人として、セラを責める人はいなかった。


 セラは床に残った箱を見つめた。


 やりたいやつがやればいい。


「イオさん」


「なんだ?」


 イオが顔を上げた。


「ここの整理、私に任せてもらうことって、できないですか?」


 ガスマスクが、セラと棚を順に向いた。


「やりたいのか?」


「はい。少しでも、みんなのためになりたいので」


 イオは少し黙った。


「……好きにするといい」


 ガスマスクの奥で、イオが小さく笑った気がした。


────────


 その日以降、セラはログインすると、まず倉庫へ向かうようになった。


 けれども、思ったほど散らかることはなかった。


 前までは、誰もがとりあえず空いている場所へ置いていたはずなのに。


 一度整理すると、皆もカテゴリごとに分けてくれるようになった。


 棚からはみ出した箱を押し込み、床を見渡した。


 今日も、片付ける物はほとんどない。


 ほかにできることはないかと考えていると、倉庫の扉が開いた。


「セラー。チャーム宝くじ、次いつにする?」


 ことねが顔を覗かせた。


 あの日以降も、三人はチャームを求めて何度かあの場所を訪れていた。


 けれども、毎回外れ。


 しまいには、クルツとことねが、どちらが貧乏神なのかを言い合うようになった。


「クルツはなんて言ってるの?」


「明日以降ならいつでもいいってさ」


「じゃあ、明日にしよっか」


「りょーかい。なんかあったら連絡するね」


 ことねが出ていくと、セラは隅に置かれた椅子へ腰を下ろした。


 イオはあの日以降、現実の仕事が忙しいらしく、ログインが減っていた。


 先日、久しぶりに姿を見せたのでクルツが誘ったが、先約があると断られた。


 次は、いつ一緒に行けるだろう。


 このまま、あまり話さなくなってしまうのだろうか。


 そう思うと、胸が少しだけ痛んだ。


 小さく息を吐いたところで、再び扉が開いた。


「ここにいたか」


 セラは勢いよく顔を上げた。


「イオさん……どうしたんですか?」


「いや、あの日以降忙しくてな。チャーム宝くじと言ったか? 付き合えなくてすまなかった」


「そんな、謝らないでください」


 イオが近づいてきた。


 セラは椅子から立ち上がった。


「昨日、久々に時間が取れたから、参加できなかった分を補おうと、知り合いと行ってきた」


「チャームを、ですか?」


「ああ。多数の敵をまとめて相手にするのが得意な知り合いでな。彼女は銃も使わないから、一日で五百前後は破壊できた」


「え……五百?」


「ああ。それで、これを」


 イオが懐から、シルバーのチャームを取り出した。


 細い金属が、星の並びをかたどっていた。


「乙女座だ。君が欲しい星座か分からないが、なんでもいいということだったな」


 セラは両手を差し出した。


 その上に、イオがチャームを置いた。


 乙女座。


 自分が、一番欲しかった星座。


 端末の画面で何度も眺めていたものが、手のひらにある。


 セラは指先で、そっと縁に触れた。


「……これ、一番欲しかったんです」


「そうか。それはよかった」


 静かな声に顔を上げた。


 ガスマスクのレンズが、こちらを向いていた。


 一緒に行ってくれるだけで、よかった。


 また四人で出かけて、今度こそ出るかもしれないと笑えたら、それで。


 なのに、イオは会えない間も覚えていて、知り合いにまで頼んでくれた。


「ありがとうございます。知り合いの方にも、伝えておいてください」


 イオは頷いた。


 セラは両手の指を、チャームを包むように曲げた。


 いつか、出会うことができたら、その人にも直接お礼を言おう。


「倉庫整理の礼でもある。君のおかげで、皆助かっている」


 セラは棚へ目を向けた。


 種類ごとに並んだ箱。


 空いた床。


「私、これぐらいしか……」


 言いかけて、口を閉じた。


 イオは急かさず、そこに立っていた。


「……これからも、続けたいです」


「ああ。これからも期待している。一緒に楽しもう」


 セラは頷いた。


 嬉しい。


 それだけのはずなのに、彼を見上げていると、うまく言葉が出てこなかった。


 欲しかったチャームが手に入った。


 もう、これを探すために誘ってもらう必要はない。


 そう思った途端、指先に力が入った。


「では、またな」


 イオが扉へ顔を向けた。


「あの」


 呼び止めると、彼が振り返った。


 セラは口を開き、少しだけ迷った。


「明日、ことねたちとまた行くんです。もし、時間があったら……」


「まだ探すのか?」


「あ……ことねとクルツの分も、まだなので」


「なるほど。時間が取れたら、連絡しよう」


「はい」


 今度は、笑って返事ができた。


 イオが倉庫を出ていった。


 扉が閉まっても、セラはしばらくそこを見つめていた。


 もっと、話していたかった。


 何を話したかったのかは、分からない。


 手のひらを開く。


 乙女座のチャームを、もう一度指でなぞった。


────────


 指先に触れる金属は、あの日と同じ形をしていた。


 セラは俯き、首から下げた乙女座のチャームを見つめた。


 どうして今、こんなことを思い出しているのだろう。


 指を離すと、チャームは胸元へ戻った。


 わかってる。


 自分が意固地になってるのなんか。


 最初は、なこが可哀想で、刹那が嫌いだった。


 なのに、周りは刹那を持ち上げ始めた。


 自分だけが、周囲から除け者にされている気がした。


 最初に話した時も、彼女は高圧的だった。


 それが、なおさら気に障った。


 イオにそれとなく伝えても『悪気はないんだ、許してやってほしい』と言われてしまった。


 刹那は、セラの知らないイオを知っている。


 それが、許せなかった。


 でも、刹那が悪人ではないことなんて、とっくに気づいていた。


 なこのためだと、もう言い切れなかった。


 それでも、今胸の中にあるものを、認めたくはなかった。


 セラは先ほど来た美咲を思い返した。


 関係のないあの子にまで、当たってしまった。


「最低だ……」


 あの子には、謝りたい。


 でも、今更どんな顔をして会いに行けばいいのか分からない。


 机に置いた腕に、顔を埋めた。


 遠くで扉が開いた。


 また誰か来た。


 今は、誰の顔も見たくない。


 一人にしてほしい。


 足音が、すぐ側で止まった。


「まーた一人で抱え込んで。その癖、変わんないねぇ」


 呆れた声。


 顔を上げなくても、誰だかすぐに分かった。


「出ていって」


「いやでーす。ここはセラのものじゃありませーん」


 人を小馬鹿にしたような声に、セラはむっと顔を上げた。


「おっ、顔上げた。いつまで辛気臭い顔してんの。行くよ」


 ことねはセラの腕を掴むと、無理やり立ち上がらせた。


「やめてってば!」


「はいはい。文句は別の部屋で聞きますからねー」


 セラはことねにされるがまま、倉庫を後にした。

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