第41話 セラ ②
セラはこの日、クランの共有休憩所にいた。
そこは、白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。休憩所らしいものといえば、心ばかりに置かれた机とソファーだけだった。
セラは、そのソファーに腰を下ろし、携帯端末の画面を眺めていた。
画面には、星座をかたどったチャームの画像が何種類も表示されていた。
硬派なイメージのこのゲームにしては、珍しい類のアイテム。
先日、売っていれば買おうと街を探したが、全く見つからなかった。そのことを、ことねに話した。
ただの雑談のつもりだったが、ことねは「無いなら、取りに行けばいいじゃない」と、セラを誘った。
「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」
そんな言葉とは裏腹に、セラの口元は小さく緩んでいた。
「やっほー。おっまたせー」
扉が開く音と同時に、ことねの声が聞こえてきた。
セラが顔を上げると、跳ねるようにことねが近づいてきた。
「クルツ、ちょっと遅れるってさ」
「あ、そうなんだ」
「おいてっちゃう?」
ことねは口元を吊り上げ、いたずらっぽく笑った。
ここで、冗談でもそうしようなどと言えば、ことねは喜んでクルツをおいていく。
ことねと話すようになってまだ十数日。けれども、それぐらいはセラにもわかった。
「私は付き合ってもらってる側だし、そんなことできないよ」
「冗談よ。じょーだん」
ことねは快活に笑うと、セラの肩を叩いて隣に座った。
「で、どれにするか決めたの?」
「んー」
セラは、再び手元の端末に視線を落とした。
目的のチャームは、星座をかたどっただけあって12種類ある。
本当は、一番欲しいものがあった。けれども、そこまで付き合ってもらうのは気が引けた。
「どれも可愛いし、どれでもいいかなぁ」
「せっかくだし、一番欲しいの狙いなよ」
セラはことねを見つめた。
彼女はドロップ確率を知っていて言ってるのだろうか。
「何よ?」
「いや、ことねドロップ確率調べた?」
ことねが首を横に振った。
セラは画面をドロップ確率に切り替え、ことねの前に差し出した。
ことねは表示された数字を目で追う。そして、徐々に顔が歪んでいった。
「まじ?」
「うん。チャームが出るのが0.4パーセント。そこから十二種類の抽選」
ことねはセラに顔を向けて、微笑んだ。
「全部可愛いもんね。出たので満足しよう」
それから二人は、これといってやることもなく、クルツを待った。
「そういえばさ。セラってなんでここに入ったの?」
ことねは軽い雑談のつもりなのだろう。けれども、セラにとっては、あまり触れてほしくない話題だった。
「あー言いたくないならいいよ別に」
話しづらい雰囲気が伝わってしまったのか、ことねが慌てて片手を振った。
加入の理由を言えば、情けない自分をさらけだすみたいで、あまり話したくはない。
でも、ことねには知っていて欲しい。
そんな気がした。
「たいした理由じゃないんだけど。ここに来る前、パーティーで上手くいかなくて」
セラが話し始めると、ことねの表情が真剣になった。
「私が下手くそだから何度も怒られちゃって、ログインするのが毎日嫌だったの」
向いていない。
その言葉は、今でも時折聞こえてくる。
「続ける理由もよくわからなくなってたから、もう辞めようかなって思ってたんだ。そんなとき、イオさんがハルさんを紹介してくれて」
『何があったかは分からないが、独りで思い悩まない方がいい』
柔らかい声。
ガスマスクを被った怪しい見た目。
温かい、缶の飲み物。
何もかもがちぐはぐに見えた。
なのに、その言葉を頼りに、ここまで来ていた。
「最初は相談しに行こうとしたんだけど……気づいたら、加入を勧められて」
あの部屋を出る前、最後にハルが放った言葉の意味はまだ分からない。
「ここでなら、少しは変われるのかなって」
セラは話し終えると顔を上げ、小さく笑った。
ことねは小さく息を吐いた。
セラの頭に手を伸ばし、髪を指で優しく梳いた。
「じゃあ、今は変わろうと頑張ってる最中だ」
穏やかな声が、笑顔が、胸に染み渡る。
ただ、今の自分を見てくれている。
それだけで、視界が滲んだ。
溢れそうになる涙をこらえるため、唇を強く結んだ。
「そんな顔しないの。ゲームは楽しくやらないと、ね?」
ゲームを楽しくやる。
そんな当たり前のことが、今までできなかった。
でも、これからは違う。
セラは鼻をすすった。
大きく息を吐くと、顔を綻ばせた。
「うん」
「よし!」
ことねは、満足気に頷いた。
「てか、あのバカタレはいつ来んのよ」
ことねがここに来てからだいぶ経った。
連絡もない。
なにかあったんじゃないか。
「連絡してみる?」
セラが端末を持ち上げた瞬間、ドアが開いた。
「わりぃー! 遅くなった!」
クルツが、にへらと笑いながら入ってきた。
ことねがソファーに背中を預けて、顔だけを向けた。
「遅いんじゃボケ! 何時間またせんのよ!」
「口悪っ……」
セラは思わず呟いた。
クルツは、なおもヘラヘラと笑いながら歩み寄ってきた。
ソファーに座っていた二人は立ち上がり、クルツと向き合った。
「何してたのよ?」
「いやー。説得に時間かかってさ」
「誰の? 何の?」
ことねが距離を詰めると、クルツは両手を前に出した。
「まあまあ、落ち着けって。今説明してやっから」
「しょうもない理由だったら、引っぱたくから」
「はいはい。好きにしてくれ」
クルツは、遅刻した理由に余程の自信があるのか、笑みを崩さなかった。
「ことね。チャームのドロップ率知ってるか?」
「0.4パーでしょ?」
ことねが即答すると、クルツが少し肩を落とした。
「知ってんのかよ……」
「バカにすんじゃないわよ」
さっきまで知らなかったのに、ことねは得意げに腕を組んでいた。
「……まあそれはいいわ。この三人で、0.4パーを狙うなんて非効率だと思わんか?」
「そりゃそうだけど……私が言い出しっぺだし」
「でだ、助っ人を呼んできました!」
助っ人。
付き合わせてしまうのは申し訳ないが、その響きは心強かった。
「先生! お願いします!」
クルツが開いたままの扉を手で示すと、そこからイオが姿を現す。
「イオさんです! 拍手!」
ことねとセラは「お〜」と、どこか気の抜けた声を出しながら、両手を叩いた。
拍手の中、イオが歩み寄ってきた。
「クルツに、セラくんの加入祝いを手伝って欲しい──」
「余計なこと言うんじゃねーっすよ!」
イオの言葉をクルツが大声で遮った。
自分のために、クルツが動いてくれた。
セラの口元が緩んでいく。
「なんだ、言ってなかったのか?」
クルツが唸りながら両手で顔を隠した。
イオはガスマスク越しにクルツを数秒見つめ、頷いた。
「クルツに付き合いが悪いと言われてな。手伝うことにした」
「もうおせーよ!」
クルツは顔を隠したまま叫んだ。
ことねがクルツの脇に移動し、片腕でクルツの肩を抱いた。
「なになに〜? クルツちゃん。私が誘ったときはあんなに嫌そうな顔してたのに、ノリノリじゃなくて?」
「触んな!」
クルツがことねの腕を払った。
「照れんなよ〜」
それでも、ことねのいじりは止まらない。
見慣れてきた光景に、セラは胸の内から温かい気持ちが溢れてくるのを感じた。
────────
それからクルツをなだめ、四人は対象のエネミーがいるエリアに足を運んだ。
目的地に着くと、イオが周囲を見渡した。
「効率優先でいいんだな?」
「うっす。やり方は任せるっすよ」
クルツがセラとことねに視線を送った。
二人が頷く。
「なら、戦闘は私とクルツでやろう」
「私たちはどうすればいいですか?」
セラの言葉に、イオが顔を向けた。
「二人は、クルツが危険にならない範囲で対象を集めてきてくれ。それをクルツが受けてまとめる。そして、私と二人で破壊する。何体まで耐えられる?」
イオがクルツに顔を向けた。
「とりあえず。十体から行きましょっか」
いきなり十体。
それは危ないんじゃないか。
無理をしているなら、やめて欲しい。
「一桁からやらない?」
「やだよ。めんどくさい」
セラの案を、クルツは面倒と切り捨てた。
「でも、危なくない?」
「へーきへーき。ほら、集めてこいって」
クルツは片手を上下に振った。
本当に大丈夫なのだろうか。
セラが迷ってると、ことねは肩をすくめた。
「本人が良いって言ってるならいいんじゃない?」
「じゃあ……わかった」
セラとことねは、二手に分かれて、対象の円盤状の飛行体を探した。
探し、見つけて、弾を一発当てる。
気づいた飛行体は、ゆっくりとこちらに飛んで来た。
また見つけ、誘い出す。
距離を取っていれば、こちらを攻撃してくることはなかった。
これなら安全かもしれない。
五機集まったところで、クルツの元へ向かった。
セラが到着する頃には、戦闘が始まっていた。
ことねが連れてきた飛行体が二機、クルツの周りを不規則に飛んでいた。その足元には、既に数機の残骸が転がっていた。
セラも、連れてくるのにそれほど時間がかかった訳じゃない。
なのに、ことねの分は終わろうとしていた。
「こっちに走ってこーい! すれ違いざまに、全部貰ってやるから!」
クルツが飛行体に銃口を向けながら叫んだ。
セラはクルツに向かって走った。
すれ違う瞬間、クルツは手に持ったショットガンの銃口を、こちらの飛行体に向けた。
三度続けての銃声。
拡散した銃弾が、飛行体の装甲をわずかに砕いた。
セラを追っていた飛行体は、動きを止めた。
続けて、重い銃声。
動きを止めた隙を、イオは見逃さない。
一機が弾け飛び、地面に落下した。
残った四機はクルツの後を追った。
周りを飛ぶものが居なくなったセラは、すぐさま次を集めるために走り出した。
どれだけ行き来しただろうか。
足が震え、既に息が上がっていた。
飛行体は一定の距離を詰めると、仕込み銃を撃ってきた。
その距離にならないように、セラは必死に走った。
クルツに受け渡すと、遠くにいたことねが手を振ってきた。
荒れる呼吸を整えながら、そちらに歩いていった。
「弾が少ないから撤収だってさ。終わるまで座ってなよ」
セラはことねの隣に腰を下ろし、項垂れた。
自分はこんなにも疲れたのに、隣に座ることねは息すら上がっていなかった。
「な、何体……?」
「さぁ? 暇だから途中まで数えてたけど、めんどくさくなってやめちゃった」
「そ、そっか……」
「にしても、さすがあの二人って感じ」
セラは顔を上げた。
視界の先では、無数に落ちた機械の残骸の中を、クルツが走り回っていた。
少なくとも、疲れているようには見えなかった。
イオはそのさらに奥で、飛行体を狙うため、銃口を動かしている。
セラがわかっている範囲では、あれほど小さな標的でも、彼は一度も弾を外していなかった。
イオの銃声で、最後の一機が地面に落ちた。
クルツが立ち止まり、こちらに手を振ってきた。
「行きますかー」
ことねが立ち上がり、セラも続いた。
四人は手分けして、残骸を全て漁った。
時折捕食個体が湧いたが、それには手を出さなかった。
最後の一機まで確認したが、チャームのドロップはなかった。
四人はため息を吐いて、その場を後にした。
────────
「百機以上破壊してでないとか、どうなってんだよ。バグってるだろ」
先頭を歩くクルツが不満げにボヤいた。
「正確には百十七機だがな」
「尚更じゃないっすか」
「百機壊して……0.4パーセントだから……」
軽口を言い合う二人の後ろで、ことねが端末をいじっていた。
「おぉ……」
ことねが感嘆の声をあげた。
「悲報。平均で二百五十機に一個だって」
聞きたくもない情報を、ことねはさも当然のように言った。
クルツは振り返りもせずに、片手を上げた。
「聞かなかったことにするわ」
セラは足取り重い三人の背中を見つめた。
今回は誰も怪我すらしていない。
でも、弾はタダじゃない。
いつ出るかもわからない代物のために、これ以上付き合わせるのが申し訳なくなってきた。
一度みんなでやれたから満足。
そう心に言い聞かせ、セラは口を開いた。
「ありがとう。今回付き合ってくれただけでも、私は満足だよ」
「は?」
クルツが足を止めた。
それに続いて、全員が立ち止まった。
「弾だってタダじゃないんだし……気持ちだけで嬉しいから」
クルツが、ことねとイオを交互に見た。
できることなら、出るまで続けたい。
もっと四人で一緒にいたい。
けれども、それはわがまま。
これ以上を求めたら、罰が当たる。
「だから、これでおしまい!」
「いや、何勝手に決めてんだよ」
クルツが呆れたように言った。
その隣で、ことねが何度も頷く。
「えっと……話聞いてた?」
「聞いてたよ。意味わかんねーこと言ってんなーって」
「じゃあ」
クルツは、頭の後ろを片手でかいた。
「あのな、もうお前一人の問題じゃないんだわ」
「どういうこと?」
「俺とイオさんが手伝ってんだぞ。何も得られずに終われっかよ」
チャームが欲しいのは自分だけであって、三人が欲しいなんて聞いていない。
自分のために、付き合ってもらっているだけのはずなのに。
セラが言葉の意味を噛み砕いてると、クルツが小さく息を吐いた。
「……出るまでやっからな」
それだけ言うと、背を向け歩き始めた。
なんでそこまでしてくれるんだろう。
そんなことは、考えなくても本当はわかっていた。
でも、そんなに貰っても何も返せない。
私なんかじゃ、返すことができない。
セラが俯きかけたとき、後方から声がした。
「ん? セラじゃん」
聞き馴染みのある声に、セラの心臓が冷たくなった。




