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第38話 会いに行く

 翌日、約束の時間に合わせ、三人は《BCC》の拠点へ向かった。


 出入口を通ると、すれ違ったメンバーがこちらへ声をかけてくる。


「こんばんは」


 美咲は軽く会釈し、刹那は片手を上げた。


 アリスは前を向いたまま、二人と並んで歩いている。


 ロビーの受付で用件を伝えると、女性が来客用のカードキーを差し出した。


「シミュレーションルームですね。皆さん、もういらっしゃっていますよ」


「ありがとうございます」


 美咲がカードキーを受け取り、頭を下げる。


 女性はにこやかに微笑むと、美咲に小さく手を振った。


 部屋の扉を開けると、すでにクルツ、イオ、ロック、アロマ、ハルが集まっていた。


「こんばんは」


 アロマが携帯端末から視線を上げ、柔らかく挨拶をする。


「お邪魔します」


 美咲が頭を下げると、刹那とアリスも挨拶を返した。


「刹那さん、アリスさん。まず、こちらへお願いします」


 ハルに呼ばれた二人が、部屋の端にある端末へ向かう。


 美咲もそちらへ顔を向けていると、横から声がした。


「あんたら最近、《BCC》メンバーなんじゃないかってレベルで拠点に来てんなぁ」


 椅子に座ったクルツが、こちらを見上げていた。


 暇を持て余しているのか、片足を揺らしている。


 そう言われてみれば、初めてここに来てから、一週間も経っていない。


 挨拶をしてくれる人は増え、まるでメンバーのように迎えてくれる。


 初めて訪れた日が、随分昔のことに感じられた。


「皆さんいい人なので、つい来ちゃうんですよ」


 美咲が冗談を返すと、クルツは嬉しそうに頷いた。


「わかってんねぇ」


「多分、そのいい人にあなたは含まれてないわよ」


 アロマは端末から視線を上げずに言った。


「なんで!?」


「無駄に突っかかるわ、変な呼び方するわ。どこにいい人要素があるのよ」


 クルツの悲しそうな視線が、美咲に向いた。


「いやいや! クルツさんもですよ!」


「だってよ!」


「冗談よ。冗談」


 アロマは顔を上げ、意地悪そうに笑った。


 美咲もつられて笑いながら、部屋を見渡した。


 セラの姿は見えなかった。


「あの、何時からシミュレーション開始なんですか?」


「一時間後よ」


「待機時間、長いんですね」


「これから刹那さんとアリスさんに動きだけ見てもらって、調整してからになるからね」


 二人は端末の画面を見つめていた。


 ハルが何か説明すると、刹那が画面の一点を指さす。


「それと……」


 アロマが言い淀んだ。


「セラを待つんだってよ」


 続きを口にしたのは、クルツだった。


「サジさんが、なるべく待つって言ったんだよ。その猶予が一時間」


「セラさんは、来てないんですね」


「体調が悪いから、今日はパスだってよ。体調悪いならログインしてくんなよってな」


 クルツは口を曲げ、小さく息を吐いた。


 昨日のことを引きずっているのかもしれない。


 本当に体調が悪いのかもしれない。


 美咲には、それは分からない。


 でも、なおさら、今会って話したかった。


「すみません、ちょっと……」


 二人に断り、美咲はアリスたちのもとへ向かった。


 話しかけようとした時、こちらに気づいたハルがポケットへ手を入れた。


「マスターキーです。この拠点の全ての場所にアクセスできるので、使ってください」


 差し出されたカードキーを、美咲は両手で受け取った。


「不甲斐ないサブマスの代わりに、よろしくお願いします」


 ハルが眉尻を下げて笑う。


 刹那も振り返った。


「私からも、頼んだ」


 美咲はカードキーを胸元へ寄せ、力強く頷いた。


「任せてください!」


 アリスがこちらを見た。


 その視線に小さく頷き、美咲は部屋を出た。


「ちびっ子、どこに行くんだよ」


 廊下へ出てすぐ、後ろから声がした。


 振り返ると、クルツが扉を閉めていた。


 以前、クルツはなこに、セラのことは放っておけと言っていた。


 昨日も、セラがやめてと言ったら、それ以上は聞かなかった。


 彼は彼なりに、踏み込んではいけないところを分かっているのかもしれない。


 今も、おそらく止めに来た。


 そんな気がした。


「セラさんのところに」


「お前なぁ……。前、なこにほっとけって言った時に、いたろ?」


「違うんです。刹那さんのことで説得しに行くんじゃありません。私は、セラさんとお話がしてみたいんです」


 歩み寄ってきたクルツの前へ向き直り、美咲は続けた。


「もちろん、セラさんが私と話したくないって言うなら、すぐに帰ります」


「理由を聞きに行くわけじゃないってことか?」


「はい。セラさんのことが知りたいだけです。それと……私も、仲良くしたいから」


 クルツは美咲を見つめた。


 少しの間を置き、口の端を吊り上げる。


「そっか……。なら、任せた」


 美咲の肩から、少し力が抜けた。


「あいつ、頑固だから気をつけろよ」


 その言葉に、二人の顔が思い浮かんだ。


「実は私、頑固な人に慣れてるんです」


「そりゃ、期待できるな」


 クルツが笑った。


 片手を上げ、来た道を戻っていく。


 美咲はその背中を見送ると、カードキーを持ち直した。


 以前イオに案内された、拠点の中を思い浮かべる。


 一つだけ、今のセラがいるかもしれない部屋に心当たりがあった。


 美咲は足早にそこへ向かった。


 扉の前で足を止める。


《共同休憩室》


 なこと刹那について話し、なこと仲良くなった場所。


 どこか落ち着く内装は、セラが考えたものだとなこから聞いていた。


 美咲はカードキーをかざし、扉を開けた。


「失礼しまーす……」


 恐る恐る中を覗き、部屋へ入る。


 セラの姿はなかった。


 それどころか、誰もいない。


 見当外れだった。


 そうなると、もうどこにいるのか分からない。


 別の部屋を探そうと振り返った時、扉が開いた。


「わっ! びっくりした」


 先ほど、受付を担当してくれた女性が目の前で声を上げた。


 驚いた顔で、美咲を見つめている。


「ごめんなさい!」


 咄嗟に謝ると、女性は微笑んだ。


「《ARCADIA》の美咲さんですよね。迷子……なわけないか。ここに入ってますもんね」


 受付で対応していた時とは違う、柔らかい表情だった。


 分からないなら、聞くしかない。


「あの、セラさんを探しているんですが、お心当たりはございませんか?」


 女性は一瞬眉を上げ、それから小さく笑った。


「ございませんかって……」


「あっ、いや……その!」


 受付の印象が強すぎて、仕事の時の言い方になってしまった。


「面白い子ですね。えーっと、セラちゃんね。つまり、シミュレーションルームにはいなかったってことですよね」


 美咲は顔が熱くなるのを感じながら、頷いた。


「ここならいるかなと思いまして」


 女性は顎に指を添え、視線を上げた。


「んー。ここにもいないなら……倉庫ですかね」


 思いもよらなかった場所に、美咲は首を傾げた。


「倉庫ですか?」


「はい。倉庫の整理は、セラちゃんが一人でやってるんです」


 用途ごとに区切られ、綺麗に整頓された部屋を思い出す。


 あれを、一人で。


「ハルくんが当番制にしようって言ったんですけど、セラちゃんが断っちゃって。私も個人的に手伝うよって言っても、整理してると落ち着くから大丈夫ですって。ずっと一人でやってるんですよ」


 整理していると、落ち着く。


 今のセラなら、そこにいるかもしれない。


「やだ、私ったら。関係ない話、ぺらぺらと……。ごめんなさい。私も《ARCADIA》の人と喋ってみたくて、つい」


「いえ……とても参考になりました」


 美咲は小さく頭を下げた。


「また、お時間がある時にお話しさせてください」


「ええ。見つかるといいですね」


 女性へもう一度お辞儀をし、美咲は部屋を後にした。


────────


「お邪魔します……」


 倉庫の扉を開けると、中は薄暗かった。


 小さな照明がまばらに灯り、棚の間に影を落としている。


 美咲は足音を抑えながら、奥へ進んだ。


 通路の先に、椅子に座った人影があった。


 そばの照明が、俯いた顔を淡く照らしている。


 美咲は足を止めた。


 目を伏せ、小さく深呼吸をする。


 その音に、人影が顔を上げた。


「セラさん。こんばんは」

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