第37話 それぞれの望み
「任せる、というと?」
イオが美咲へ顔を向けた。
美咲は膝の上に置いていた手を、少し握った。
「その前に、皆さんに聞いてもいいですか」
「はい。何でしょう」
ハルが頷く。
「セラさんに、どうなってほしいと思っていますか?」
ハルは一度イオを見てから、美咲へ視線を戻した。
「刹那さんとのわだかまりがなくなれば、と思っています。今のセラさんは、普段と違いますから」
「そうだな。見ていて、辛そうだ」
イオの声は低かった。
「あのような顔をさせたいわけではなかったのだがな」
美咲は小さく頷き、隣へ顔を向けた。
「刹那さんは?」
「仲良くしようとは言わないけどな。何が気に入らないのかは、知りたいな」
刹那は机に置かれたカップへ視線を落とした。
「聞いても、本音はよくわかんねえし。こっちに何かあるなら、言ってくれればいいんだけど」
美咲はその横顔を見つめた後、アリスを見た。
「アリスさんは、どうですか?」
「今後の《Zorn》戦に支障が出ないなら、彼女の好きにすればいいわ」
アリスは淡々と答えた。
「刹那を嫌っていようが、意固地になって周囲を避けようが、そこまで私が口を出すことではないもの」
アリスはわずかに視線を逸らした。
「ただ、支障が出ないとは思えないわね」
四人の答えを聞き、美咲は膝の上の手を開いた。
わだかまりをなくしてほしい。
理由を知りたい。
作戦に支障を出さないでほしい。
どれも、分かる。
美咲も、セラが刹那と笑って話せたらいいと思っている。
けれど、その中に、セラ自身の言葉はなかった。
「セラさんは、どうしたいんでしょうか」
口にすると、ハルの視線が止まった。
「刹那さんと仲良くなりたいのか。それとも、今は離れていたいのか。私には、それも分からなくて」
「……君は、どうする気なのかね」
イオが静かに問う。
美咲は顔を上げた。
どうすればいいのか。
以前なら、そう聞いていたかもしれない。
誰かの答えを聞いて、その通りに動けばいい。
でも、今聞かれているのは、自分のことだった。
「私は、刹那さんと仲良くなってほしいです。誤解を解きたい」
刹那がこちらを見た。
「でも、それより先に、セラさんがどんな人なのか、私は知りたいんです」
どうして怒っているのか。
その理由を聞くことばかり考えていた。
何を大事にしているのか。
普段はどんなふうに笑うのか。
そんなことは、何も知らない。
「一度、ちゃんとお話ししてみたいです」
ハルがゆっくりと息を吐いた。
「あぁ……。そっか、そうですね」
机の縁に手を添えた。
「僕たちは解決を焦って、当たり前のことを見落としてたんだ。セラさんがどうしたいか」
視線を落とした。
「大事です。いや、一番最初に確認しないといけなかったことですね」
イオは何も言わなかった。
ガスマスクのレンズが、一度、セラの座っていた椅子へ向いた。
「美咲くん」
「はい」
「話をしてみてくれるか。彼女が応じるかは、分からないが」
「はい。私も、まだ何を話せるか分かりませんけど……」
美咲は四人を見た。
「会って、話したいです」
イオが小さく頷いた。
「話は変わりますが、《Zorn》のシミュレーションは完成しましたか?」
アリスの声に、美咲は顔を向けた。
アリスはすでにハルを見ていた。
「えっと。ちょうど明日、レイドメンバーに試してもらう予定です」
ハルは答えてから、三人へ視線を巡らせた。
「そうですね。皆さんも参加してくれませんか?」
「私達は、周囲の警戒を請け負うはずですが」
「本番の役割は、そのままです。ただ、実際に戦った刹那さんに、再現できているか確かめてもらいたくて。アリスさんの意見も聞きたいんです」
「なるほどね。それなら構わないですよ」
刹那が答え、アリスも頷いた。
「私も参加します」
美咲が続くと、ハルの口元が少し緩んだ。
「ありがとうございます。時間と場所は、後ほど送りますね」
「セラさんも、来るんですか?」
ハルはイオを見た。
「声はかけます。ただ、無理に来させるつもりはありません」
「……分かりました」
美咲は頷き、手元のカップへ目を落とした。
明日、会えたら。
その時は、今度こそ自分から声をかけよう。
────────
仮拠点へ戻る頃には、日付が変わるまで、あと少しになっていた。
美咲は装備を補給室へ置き、リビングへ戻った。
刹那はソファーに座り、背もたれへ身体を預けている。
アリスは机の前で携帯端末を操作していた。
いつもの二人の姿に、美咲も椅子に腰を下ろした。
大きく息を吐くと、ようやく足の重さに気づいた。
今日は、色々なことがあった。
喉に刃を当てられたセラ。
イオを呼ぶ声。
そして、会議室で俯いていた横顔。
美咲は膝の上へ目を落とした。
会って、話したい。
あの場で言ったことは、今も変わらない。
『今は放っておいて』
でも、セラはそう言っていた。
自分が話しかけることで、もっと辛くなったら。
放っておけば戻れた場所まで、なくしてしまったら。
『余計なことしないでよ!』
膝の上で、手を強く握りしめた。
あの時も、放っておけなかった。
その気持ちだけは、嘘ではなかった。
けれど、あの子は笑わなかった。
美咲を見つめる目には、憎しみがあった。
「……私が話しても、いいんでしょうか」
「何を?」
刹那が顔を向ける。
「セラさんと、です。今は放っておいてって、言ってましたよね」
「ああ」
「知りたいって言いましたけど、それも私の都合ですし。余計なことになったら、と思って」
刹那はしばらく美咲を見ていた。
「話す前から、そこまで分かるかよ」
「そう、ですけど……」
「私だって、あいつが何考えてるか分かんねえし。明日には元に戻るってのも、強がりかもしれないだろ」
美咲は唇を結んだ。
分からないから、知りたかった。
それなのに、まだ起きていないことばかり考えている。
「それを決めるのは彼女よ」
アリスが端末を机に置いた。
「明日来るかどうかも、貴女と話すかどうかも。私達が決められることではないわ」
美咲はアリスを見た。
「でも、もし、その一歩に迷っているようなら。美咲、貴女が彼女の手を引いてあげなさい」
アリスの目が、まっすぐにこちらへ向いていた。
「貴女には、それができるはずよ」
「私に、ですか?」
「ええ。ただ、その手を取るかどうかは、彼女が決めることよ」
美咲は握っていた指を、ゆっくりと緩めた。
アリスは背中を押してくれた。
けれど、セラがその手を取ってくれるとは、言わなかった。
美咲は膝の上に開いた、自分の手を見つめた。
この手を差し出したいと思っている。
セラが何を言うのか、聞いてみたい。
たとえ、今は話したくないと言われても。
それが、今の自分の気持ちだった。
「……話してみます」
顔を上げると、アリスは小さく頷いた。
「ええ」
「ま、困ったら言えよ」
刹那がソファーから身体を起こす。
「あいつの前には出ない方がいいだろうけど、話ぐらいは聞けるし」
「はい。ありがとうございます」
美咲は二人へ頭を下げた。
胸の奥の不安は、消えていなかった。
それでも、明日セラに会えたら。
まずは、自分の名前を伝えよう。
そう思いながら、美咲は椅子から立ち上がった。




