第35話 知るために
エリア41から出るために歩いていると、携帯端末が短く音を鳴らした。通信妨害の範囲を抜けたらしい。
美咲は、ポーチから端末を取り出した。
画面をつけると、メッセージが一件。
三人からはぐれないように歩調を速め、それを開いた。
『Alice:安全な場所に着いたら連絡を入れるようにと、刹那に伝言をお願い』
メッセージに表示された送信時刻は、一時間前だった。
「刹那さん。アリスさんからです」
「なんて?」
「安全な場所に着いたら、連絡して欲しいみたいですよ」
刹那が一瞬眉をひそめた。
「わざわざあいつからか……。嫌な予感しかしないわ」
美咲は歩きながら、先ほどの出来事を思い返した。
マスクの四人と、謎の援護射撃。そして、男を撃った人影。
アリスは別行動で、このエリアを出入りするプレイヤーを調べることになっていた。
今ある情報だけでは、誰が、何の目的で動いているのか分からなかった。けれども、アリスさんならその答えにたどり着いているかもしれない。
美咲はもう一度アリスのメッセージに目を向けると、端末をしまった。
しばらく歩き、四人はエリア41の外に出た。
イオは周囲を確認し、携帯端末をこちらに向けた。
「戻る前に、ハルに一度連絡を入れてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
美咲が両手で促すと、イオが少し離れていった。
「私も連絡するわ」
刹那も端末を耳に当て、離れていった。
セラは先ほどから一度も喋っていない。ここまでの道中も、ただ俯き、イオのあとを追っていただけだった。
なにか声をかけなきゃいけない。
そう思えば思うほど、言葉は見つからなかった。
美咲が悩んでいると、セラは喉元に貼られた布に指で触れた。
刹那が治療した傷。
それに触れるセラの表情は、先ほどより暗くなっている気がした。
「あ、あの……」
「……なに」
セラがわずかに顔を上げた。
疲弊しきったセラの顔を見て、声が喉に張り付いた。
怖かったですよね。
違う。
イオさんが無事で良かったですね。
違う。
慰めなんかじゃない。
本当に話したいことは──
「またせた」
イオが連絡を終えて戻ってきた。
セラは喉に触れていた指を静かに下ろして、イオのそばに寄った。
「刹那くんは?」
「今アリスさんと連絡してます」
刹那を見ると、まだ耳元に端末を添えていた。
「はぁ? なんでその名前が出てくんだよ」
刹那が離れたところで声を上げた。
何かあったんだろうか。
美咲が首を傾げると、背後でイオが小さく息を吐いた。
「わかったよ」
刹那が短く告げて、端末をしまった。
こちらに来る頃には、刹那の表情は曇っていた。
「何かあったんですか?」
「妨害者の目処がたったらしい」
さすがアリスさん。
美咲は感心するが、刹那の表情は何故か晴れない。
妨害者が分かれば、対策が立てられそうなものなのに。
「どうしたんですか?」
「いや、その妨害者がちょっと面倒みたいなんだよな。ここだとあれだし、帰ったらアリスが教えてくれる」
美咲は周囲を見渡した。
背後にはビルが立ち並んでいるが、四人はまだエリア41を抜けたばかり。その妨害者がまだ近くにいるかもしれない。
「わかりました」
美咲が頷いた。
────────
それから四人は、何事もなくリヴェラに到着した。
美咲は大きく深呼吸をした。
街の喧騒が胸に響く。
イオが足を止めて振り返った。
「アリスくんは、こちらの拠点にいるのだろう?」
「はい。なんでこのまま向かわせてもらいます。美咲はまだ時間大丈夫か?」
端末で時刻を確認する。
二十二時半を回ったところだった。
日付が変わるまでにログアウトできればいい。
明日の心配よりも、今はアリスが出した答えが気になった。
「もう一時間ならいけますよ」
「じゃ、このまま《BCC》に向かうか」
《BCC》の拠点に着くと、出入口にはアリスがいた。
美咲が駆け寄る。
「戻りました!」
アリスは後ろの三人を見た後に、美咲に視線を戻した。
「中で話しましょう」
アリスの後に続き、美咲たちは三階の会議室に向かった。
美咲たちが中に入ると、すでにクルツとハルが部屋の中にいた。
「おかえりなさい」
ハルがすぐさま立ち上がる。
「お疲れでしょうから、席に座ってください。なにか飲み物でも持ってきます」
「先に、話したいことがある。私も手伝おう」
ハルはイオをみつめると、申し訳なさそうに視線を落とした。
「はい。お願いします」
二人が出ていき、アリスが椅子に座った。
刹那と美咲もそれに続く。
「何突っ立ってんだよ」
机に頬杖をついたクルツが、入口で動かないセラを見ていた。
「あ……ごめん」
セラは小さく謝り、クルツの隣に座った。
「どうかしたんか?」
「なんでもない」
クルツは唇を尖らせ、腕を組んだ。そして、何かを考えるように首を傾げた。
少しの間唸ると、立ち上がった。
「ちびっ子ちょっとこい」
クルツに呼ばれ、美咲が顔を向けた。
「私ですか?」
多分、今日あったことを聞かれるのだろう。
美咲が立ち上がろうとすると、セラが口を開いた。
「やめてよ」
セラは俯いたまま顔を上げない。
「なんでもないって、言ってるでしょ。明日には元に戻ってるから。今は放っておいて」
クルツは片手で頭の後ろを掻くと、椅子に勢いよく座った。
「ごめん」
セラが小さく呟いた。
美咲は膝の上で拳を握った。
ただ、セラの胸の内を聞いて、刹那への誤解をとけばいいだけだったはずなのに。
それが、どうしようもなく遠い。
気づけば、どんどん悪い方向に向かっていく。そして、セラとの距離が遠くなる。
私は、彼女に何をしてあげられるのだろうか。
その答えを出すには、セラのことを知らなすぎた。
「あっ……」
頭の中を覆っていた霧が、晴れる感覚を覚えた。
「どうした?」
刹那が、こちらに顔を向けていた。
「いえ、なんでもありません」
美咲は首を横に振り、アリスを見た。
アリスは背筋を伸ばしたまま、虚空を見つめていた。
私は──
セラさん自身を見ようとしていなかった。
扉が開き、美咲は顔を上げた。
「お待たせしました」
ハルが盆を手に戻ってきた。その後ろから、イオも部屋へ入ってくる。
目の前にカップが置かれ、美咲はハルに小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
両手で包むと、指先に温かさが伝わった。
セラの前にもカップが置かれる。
セラは小さく会釈したが、手を伸ばすことはなかった。
イオがその隣に座り、ハルも空いた席へ腰を下ろした。
「では、情報を整理しましょうか。アリスさん、お願いします」
アリスは頷くと、携帯端末を机に置いた。
「先に、確認したいことがあるわ。刹那、襲ってきたプレイヤーの身元は調べたのよね?」
「ああ。三人だけだけどな。誰もクランには入ってなかった。赤ネームだ」
「名前を、この四人と照合してもらえるかしら」
アリスが端末を刹那へ向けた。
刹那は自分の端末を取り出し、二つの画面を見比べた。
「……いる。三人とも」
美咲はカップを机へ戻した。
「アリスさんが調べていた人たち、なんですか?」
「ええ。三日前、私達と《BCC》以外に、エリア41へ出入りしていたプレイヤーよ」
アリスは一度、刹那へ視線を向けた。
「その四人と行動していたのが、《Steel Night》のケルヴィナ。妨害者を探っていたら、彼女の名前が出てきたの」




