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第33話 違いが見えないもの

 男の胸元を掴んだまま、刹那が入口へ目を向けた。


 うさぎのマスクをつけたプレイヤーが、銃口をこちらへ向けている。


 窓の外にも一人。


 その向こうに、もう一人。


 美咲はセラとともに、壁際へ下がった。


「こいつがどうなってもいいのか?」


 刹那が男を引き寄せる。


 赤く光る刃が、男の首元へ近づいた。


 外の三人は動かなかった。


「銃を下ろして、そこから離れろ」


「意味ないよ、それ」


 胸元を掴まれた男が、薄く笑った。


「俺は駒だから。交渉材料にならない」


 刃を向けられているのに、その目は刹那を見据えたままだった。


 刹那が男を見た。


「……そうかよ」


 胸元から手を離し、軽く突き飛ばす。


 男が一歩よろめいた。


 刹那が入口へ顔を向けかけた、そのときだった。


 小さな筒が、床に跳ねた。


 男が腰元から取り出したマスクを、顔に被せる。


「伏せろ!」


 刹那の声とともに、視界が白く染まった。


 耳の奥を、鋭い音が突き抜ける。


 美咲は顔を覆い、膝をついた。


 何も見えない。


 耳鳴りの向こうで、何かが倒れる音がした。


 誰かの靴が床を擦る。


 目を開けても、白い光が焼きついていた。


「動くな」


 低い声が聞こえた。


 美咲は壁に手をつき、顔を上げた。


 ぼやけた輪郭が、少しずつ形になる。


 男が、セラの後ろに立っていた。


 片腕を胸元へ回し、もう片方の手で、喉にナイフを押し当てている。


 刹那は、その数歩先で止まっていた。


「武器を捨てろ」


 男が低い声で命令する。


 セラが顎を上げた。


 刃の下から、細い血が流れる。


 セラの呼吸はどんどん浅くなっていく。


「セラさん……」


「お前もだ。持ってるもん、全部置け」


 美咲は手にしていた回復用のハンドガンを、ゆっくり床へ置いた。


 続けて、サブマシンガンも下ろす。


 男の視線が刹那へ戻った。


「おい。早くしろ」


「分かった。だから先にそいつを離せ。話はそれからだろ」


「先にお前だ」


 ナイフが、セラの喉へ食い込んだ。


 セラの肩が跳ねる。


 唇がわずかに開いた。


 短い息が、何度も漏れる。


 刹那の手元で、赤い光が消える。


「……置くから、ナイフを押しつけるのをやめろ」


 刹那はゆっくり屈んだ。


 両手のナイフを床に寝かせる。


 男から目を離さないまま、二本を滑らせた。


 刃が床を擦り、二人の間で止まる。


 男が、その位置を確認した。


 銃声。


 一瞬遅れて、窓の外のプレイヤーが崩れ落ちた。


 犬のマスクが、窓枠の下へ消える。


「は……?」


 男の顔が、そちらへ向いた。


「あの状態から、戻ってきたのかよ……!」


 入口の向こうで、誰かが叫ぶ。


 美咲は銃声のした方を見た。


「イオさん……!」


 セラの震えた声が聞こえた。


 刹那が踏み込んだ。


 男が顔を戻すよりも早く、ナイフを握った腕を掴む。


 その手首が跳ね上がった。


 喉から刃が離れる。


 セラが前へ押し出され、美咲はその体を受け止めた。


 耳に残る、鈍い音。


 男の肘が、逆向きに折れ曲がる。


 悲鳴が響いた。


 刹那が男の腹を蹴りつけた。


 男は机にぶつかり、床へ転がった。


 入口で靴音が重なる。


 刹那の両手には、何もない。


 美咲はセラを壁へ寄せ、床に落ちていたナイフへ駆け寄った。


 足がもつれる。


 膝をつき、手を伸ばした。


「刹那さん!」


 二本をまとめて、刹那の足元へ滑らせる。


 それと同時に、男たちが部屋に入り込んでくる。


 即座に銃口を刹那に向けた。


 刹那が屈み、床のナイフを一本拾い上げた。


 銃弾が、頭の上を通り過ぎた。


 壁が弾ける。


 赤い刃が、再び灯った。


 うさぎのマスクをつけた男が、銃口を下げる。


 刹那は、その銃身の内側へ入っていた。


 すれ違いざまに、刃が首元を横切る。


 男が喉を押さえた。


 刹那がその体を、残った男の方へ蹴り飛ばした。


 その陰に隠れ、もう一人へ向かう。


 豚のマスクが銃口を向け直す前に、刃が喉へ突き立った。


 二人が床へ崩れる。


 美咲は息を呑んだ。


 部屋の奥で、靴が床を擦った。


 最初の男が、片腕を抱えて立ち上がろうとしていた。


 どこかに逃げるのかもしれない。


 美咲は立ち上がり、男へ駆け寄った。


 そして、その足に抱きついた。


「離せ、クソガキ!」


 男が足を振る。


 靴底が美咲の顔面を踏みつけた。


 それでも、美咲は両腕に力を込めた。


 男が振り上げた靴先が、腹部へ食い込んだ。


 息が止まる。


 手が離れ、美咲は床へ倒れた。


 男が裏口へ向かう。


 銃声がした。


 男の足から血が噴き出す。


 体が前へ傾き、そのまま倒れた。


 美咲は腹を押さえ、顔を上げた。


 セラが、ハンドガンを握っていた。


 銃口からは、薄い煙が上がっている。


 歯を食いしばり、荒く息をしながら、倒れた男へ近づいていく。


「よくも……!」


 美咲は床を蹴った。


 腹部が痛む。


 立ち上がることもできず、二人の間へ転がり込んだ。


「どきなさい!」


「嫌です!」


 セラの足が止まった。


 倒れた男を見る。


 その視線が、美咲へ戻った。


「どかないなら……!」


 銃口が持ち上がった。


 美咲は、セラの目を見た。


 横から手が伸びる。


 刹那が銃身を押し上げ、セラの手からハンドガンを奪い取った。


「これ以上は必要ないだろ。やめとけ」


 セラが目を見開いた。


 空になった手を見て、それから刹那へ顔を向ける。


「あんただって……なこや、その他のやつにトドメを刺したでしょ! 今だって!」


 美咲は、入口のそばに倒れた二人を見た。


 あの二人は、銃を持って向かってきた。


 けれど、目の前の男は足を抱え、呻くばかりだった。


「セラさん……」


 手を伸ばすと、セラはその手を睨みつけた。


「これ以上は必要ない。こいつはもう戦えない」


 刹那が言った。


 セラは男を見た。


 美咲へ、そして刹那へと視線を移す。


「何が違うのよ! なんで私ばっかり……間違ってるみたいに言われなきゃいけないのよ!」


「間違ってるんじゃない。必要がないって言ってるんだよ」


「同じでしょ!?」


「違う!」


 刹那の声が強くなった。


 セラは肩を跳ね上げて、口を閉じた。


 唇を噛み締め、刹那を睨みつける。


 刹那は一度息を吐き、男の落としたナイフを拾って、腰元の銃も取り上げた。


「美咲、こいつの手当てをしてやってくれ。完全じゃなくていい。喋れるぐらいでいい」


 男の足元に、血が広がっている。


 自分たちを危険な目に遭わせた、この男を助ける必要があるのか。


 美咲にとって、考えるまでもなかった。


 床に置いたハンドガンを拾い、男のそばへ膝をついた。


「横になってください。まずは止血しますから」


 男は美咲を見た。


 何も答えず、足を抱えていた。


 美咲は男のバイタルデバイスを確認し、銃口を向けた。


 回復用の弾を撃ち込む。


 腹部の痛みに、美咲の呼吸が浅くなった。


 片手で自分の腹を押さえながら、傷口の変化を見る。


「セラ、こっち向いてくれ」


 背後で、刹那の声がした。


 美咲が顔を向けると、刹那はポーチから取り出した包帯を持っていた。


 セラの喉から、まだ血が流れている。


 セラは刹那を見たまま、動かなかった。


「血、出てるから。少し顎を上げろ」


 セラの指が、喉元へ触れた。


 赤く濡れた指先を見る。


 それから視線を逸らし、わずかに顎を上げた。


 刹那が傷へ布を当てる。


 セラの肩が強張った。


 刹那は何も言わず、布を押さえていた。


 美咲は二人から目を戻し、男の足に包帯を巻いた。


 流れ出る血が、少しずつ減っていく。


 男の荒かった呼吸も落ち着き始めた。


 セラが喉元の布を押さえ、刹那の手が離れた。


 刹那は美咲たちに時折目を向けながら、入口のそばに倒れた二人の懐に手を入れた。


 携帯端末を取り出し、それを操作する。


「……所属なし。二人とも赤ネームか」


 小さく呟き、表示を閉じる。


 セラが入口へ向かった。


「どこ行くんだよ」


「……イオさんのところ」


 先ほどまでの勢いは、声から消えていた。


「行くなら三人で行く。ちょっと待っててくれ」


 セラの呼吸が、また少しだけ荒くなった。


「イオさんが、危ないかもしれないのよ」


「さっきの狙撃、あの人だったんじゃないのか?」


「だったら、どうして来ないのよ!」


 美咲は入口の向こうを見た。


 イオさんなら、真っ先にこちらの安否を確認しに戻ってきそうなものなのに、銃声がしてから誰も来ていない。


「あの人は大丈夫だよ。あんただって分かってるだろ」


 セラは刹那を見つめたまま、大きく呼吸を繰り返した。


「イオさんに何かあったら、絶対に許さないから」


「好きにしてくれ」


 刹那はこちらに歩み寄り、男の前へ屈んだ。


 動く方の手も背中へ回し、両手を縛る。


 男が呻いた。


「大人しくしてろ。すぐ戻る」


 柱のそばへ座らせ、体ごと固定する。


 刹那が立ち上がり、美咲を見た。


「歩けるか?」


「はい。大丈夫です」


 美咲は自分にも回復用の弾を撃ち込み、落としていた装備を拾った。


 腹部の痛みが、わずかに和らぐ。


 セラは入口に立ったまま、こちらを見ていた。


 美咲が頷くと、刹那はセラのハンドガンを自分のポーチにしまった。


「行くぞ」

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