第31話 助けを求めた男
エリア41の外縁部に、四つの影があった。
イオは、エリアの奥に続く道に顔を向けたあと、肩に付けていた《BCC》の紋章ワッペンを外した。
「セラくん。君も外しておこう」
「……これですか?」
「ああ。観測班を撃った相手が、まだ中にいるかもしれない。《BCC》が調べに来たと、先に知られたくないからな」
セラは自分の左胸に触れ、同じワッペンを剥がした。
美咲は二人のワッペンから目を離し、エリアの奥へ視線を向ける。
傾いた街灯と、窓のない建物。
ここを訪れたのは、これで三度目。
今は見慣れた風景だった。
イオから依頼を受けたのは、会議から二日後の昼過ぎだった。
通信妨害の原因を探し、装置が見つかれば停止させるか、破壊する。
美咲は刹那と共にイオたちに同行し、アリスは別行動をすることになった。
「目的は調査だ。《Zorn》が起動していても、交戦はしない。周囲の安全を確認しながら進もう」
イオが刹那のナイフポーチを指さした。
「それは、出力の調整が可能だったな?」
「できますよ」
刹那はナイフを一本抜き、柄のボタンに触れた。
刃の縁が赤く光る。
「調査にどれだけかかるのか分からない。消耗はなるべく抑えておいてくれ。仕留めるのは私が引き受ける」
刹那はナイフをポーチにしまった。
「分かりました。頼みます」
イオが進路に体を向けた。
「作戦開始だ」
「了解です」
美咲が答えると、隣で刹那も頷いた。
セラは外したワッペンをしまい、イオのそばへ歩いていく。
「行きましょうか」
「ああ。頼りにしている」
その返事に、セラの口元が少し緩んだ。
会議のあと、廊下で見た顔とは違っていた。
美咲は銃のスリングを直し、三人の後を追った。
しばらく歩いたところで、刹那が口を開いた。
「そういえば、会議でサジさんが監視は続けるって言ってましたけど、どうなってるんです?」
「《Zorn》の近辺に、ドローンを二機飛ばして巡回させている」
「安全第一にしてるんですね」
「そのせいで、何かあったときに急な対応はできなくなったがな」
周囲を警戒しながら雑談を続けていると、通信はほどなく途切れた。
「ここからだな」
イオは腕の表示を確認すると、通りに面した建物へ向かった。
「少し待っていてくれ。上から見る」
足音が消え、やがて二階の窓にガスマスクが現れた。
イオが通りの先へ銃口を向ける。
美咲も、建物の陰から同じ方向を見た。
動くものはなかった。
イオは通りを指さし、その指先を通りの向かいの建物に移した。
刹那が先に歩き、美咲とセラが続く。
扉の外れた入口で、刹那は足を止めた。
中を覗き、壁際へ身を寄せてから、振り返る。
「入るぞ」
美咲は頷いた。
室内には、倒れた棚と割れたガラスが散らばっていた。
壁の配線は途中で切れている。
その切れ目の先を目で追った。
奥にあった机の下へ目を向けたが、埃を被った箱以外は何も見つからなかった。
「そういう装置って、見れば分かるんでしょうか」
小さく尋ねると、セラが隣へ来た。
「物によると思うけど。少なくとも、繋がってもいない配線を全部追う必要はないんじゃない?」
「あ……そうですね」
「まだ動いてるものから探した方がいいでしょ」
言い方には、少し棘があった。
けれど、セラは美咲の見ていた机の下へ屈み、箱の裏側まで確かめてくれた。
話しかければ、返事がある。
以前のように、こちらから何を言っても届かない感じはしなかった。
何が違うのだろう。
セラが立ち上がり、窓の向こうへ目を向ける。
美咲もつられて外を見た。
向かいの二階に、イオの銃身が見えていた。
「刹那くん。八時の方向、中型が二体」
その声に、美咲は肩を跳ねさせた。
刹那が窓際へ寄り、外を見た。
通りの左奥から、人型の機械が歩いてくる。
人間より一回り大きい。
厚い胴体に対して腕は長く、金属の指先が膝の近くまで垂れていた。
そこから、仕込まれた銃口が覗いている。
「二人はここで待ってろ」
刹那がナイフを抜いた。
刃の縁が赤く光り、室内の壁を細く照らす。
刹那が入口から飛び出す。
機械が顔を向けたときには、もうその懐に入っていた。
刹那が二機の間で身を翻した。
ナイフの刃が、二機の腰の継ぎ目を走る。
小さく火花が散った。
一機が、刹那へ腕を振り下ろす。
刹那が横へ抜けた。
重い腕が路面を叩き、その音に銃声が重なる。
機械の頭部が弾けた。
膝が折れ、巨体が前へ倒れる。
残った一機が刹那に振り向き、指に仕込まれた銃口を向けた。
刹那がその下に潜り込み、機械の腕に刃を押し当てる。
ナイフが強く発光すると、機械の腕が地面に切り落とされた。
同時に、頭部が弾け飛ぶ。
アンドロイドは音もなく機能を停止させて、その場に立ち尽くした。
刹那は振り返り、向かいの窓へ手を上げた。
イオはそれを確認すると、銃口を通りに戻した。
美咲は銃を握る手から、少しだけ力を抜いた。
二人のおかげで、自分たちのいる建物に、敵は近づくことさえできなかった。
いくつかの建物を調べたが、妨害の原因らしいものは見つからなかった。
先へ進むたび、イオが上から通りを確認した。
三人はその指示を待って移動し、屋内では刹那が先頭に立った。
人の声がしたのは、広い交差点を避け、細い通りへ入ったときだった。
「誰か……!」
美咲は顔を上げた。
通りの奥から、男が走ってくる。
片腕を体に押しつけ、足を引きずっていた。
上着の袖は濡れ、指の間から血が落ちている。
その後ろで、四本脚の機械が路面を蹴った。
男が振り返る。
足がもつれ、膝をついた。
「刹那くん」
「見えてます」
返事と同時に、刹那が走り出した。
美咲も回復用のハンドガンを抜き、後を追う。
巨大なハサミ状の腕が男に迫る。
その横から赤い刃が入り、前脚をいとも容易く断ち切った。
機体が傾いた。
銃声。
胴体の装甲が砕け、機械は男のすぐ脇へ転がった。
刹那はナイフを構えたまま、通りの奥を見ていた。
「立てますか?」
美咲が屈むと、男は何度も頷いた。
「はい……助かりました。ありがとうございます」
「腕、見せてください」
セラが男の隣へ膝をついた。
袖をずらすと、上腕に傷があった。
美咲はバイタルデバイスを確認するため、男に腕を差し出してもらった。
止血が必要だった。
セラが傷の上を押さえ、美咲は表示を見ながら回復用の弾を撃ち込む。
男が息を吐いた。
「他にも追ってきているのか?」
イオが戻ってきて、男へ尋ねた。
「分かりません。獣みたいなでかい機械が来て、みんなで逃げたんですけど……」
男は顔を上げた。
「仲間が、まだ中にいるんです」
「どこだ?」
男が通りの先を指した。
いくつかの建物を挟んだ奥に、背の高い建物があった。
「あそこです。階段が崩れて、下りられなくなって……俺は先に下にいたから、外へ出られたんですけど」
「人数は?」
「二人です。三階に。お願いします、助けてください」
イオは建物を見た。
窓に人の姿はなかった。
「最後に獣を見た場所は?」
「向こうの大通りです。こっちへ来たかは……すみません、分からなくて」
美咲は男の指した方向を見た。
《Zorn》が歩く時に起きる地響きはない。
少なくとも、今は近くにはいないらしい。
「……通信が繋がればわかるのに」
セラが小さく呟いた。
「分かった。まず私が見てこよう」
刹那が一歩、イオへ近づいた。
「私も行きます?」
「いや。ここを頼む。通信が使えない以上、全員であそこへ入るのは避けたい」
イオは美咲とセラへ視線を移した。
「彼の手当てを続けてくれ」
「はい」
「……気をつけてくださいね」
セラの声が、少し小さくなった。
「ああ。十分で戻らなければ、ここから離れて応援を呼んでくれ。様子を見に入ってこなくていい」
イオは腕の時刻を確認した。
美咲も自分の表示へ目を落とす。
刹那が短く頷いた。
「分かりました」
イオは建物へ向かって歩き出した。
角を曲がり、その背中が見えなくなる。
残った四人は、すぐ近くの建物の中に移動した。
男が深く息を吐いた。
美咲に顔を向けて、弱々しく笑った。
「《BCC》の方達で、安心しました」
美咲の手が、わずかに止まった。
《BCC》
セラの胸に目を向けた。
ワッペンは、外している。
イオも同じだった。
イオさんを知っている人なのだろうか。
「痛む?」
セラが尋ねると、男は首を振った。
「いえ。もう大丈夫です」
美咲は男の顔を見た。
さっきまで、ひどく息を切らしていた。
今は呼吸も落ち着き、押さえていた腕から手を離している。
「あの……」
低い音がした。
美咲は顔を上げた。
窓の向こう、通りの先で灰色の煙が膨らんでいた。
一瞬遅れて、爆発音が建物の間を叩いた。
刹那が小さく舌を鳴らした。
美咲は身を縮めた。
セラが立ち上がりかける。
「イオさん……?」
背の高い建物の窓から、煙が噴き出していた。
外壁が傾く。
上の階が沈み、外壁が崩れ落ちた。
地面を伝って、重い振動が足元へ届く。
美咲は、携帯端末の入ったポーチに触れた。
通信は、繋がらない。
「イオさん!」
叫んでも、返事はなかった。
セラが建物へ向かおうとした。
その前へ、刹那の腕が伸びる。
「待て」
「待ってる場合じゃ――」
刹那は、男を見ていた。
美咲も振り返った。
男は座ったまま、崩れかけた建物を眺めている。
仲間が二人、取り残されていると言っていた。
助けてほしいと、言っていた。
なのに、その男が口元を緩めていた。
「お前……何が目的だ」
刹那の声が低くなった。
男は答えなかった。
傷のある腕をゆっくり回し、立ち上がる。
建物の外から、靴音がした。
窓越しに一人が見えた。
入口の向こうの路地から二人。
銃を持ったプレイヤーが出てきた。
三人はそれぞれ、うさぎ、犬、豚のマスクをつけていた。
美咲はセラのそばへ寄った。
刹那が立ち上がった男の胸元を掴み寄せた。
「笑ってんじゃねえよ。答えろ」
刹那が握ったナイフの光が、男の嘲笑を赤く照らした。




