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第22話 気配

 エリア41の外周を、刹那と美咲は走っていた。


 アリスから送られてきた合流地点は、前回通った入口とは反対側にある。


 観測班の連絡が途絶えたと聞いて急いでいるのに、なぜわざわざ遠回りするのか。


 美咲には分からなかった。


 マップを確かめながら角を曲がると、建築途中で止まった建物が見えてきた。


「ここか?」


「は、はい。そこで……間違いないです」


 美咲が息を整えながら答えると、刹那は先に建物へ入っていった。


 中には、打ちっぱなしのコンクリートが広がっていた。


 仕切りも設備もない。


 外から差し込む光が届かない奥の壁に、アリスが背を預けている。


 二人の足音を聞き、アリスが顔を上げた。


「早かったわね」


「お待たせしました」


「全力疾走したからな」


 アリスは壁から背を離し、二人の前まで歩いてきた。


「さっそくだけれど、簡単な内容だけ伝えるわ」


 美咲は息を整えながら、アリスへ顔を向けた。


「私たちの目標は、この三人の捜索よ」


 アリスが携帯端末を操作すると、美咲と刹那の端末も短く震えた。


 画面には、連絡が途絶えた観測班の名前、性別、外見が並んでいる。


 美咲は三人の特徴を順に目で追い、覚え込んだ。


「最後の定期連絡はここ」


 画面がエリア41のマップへ切り替わった。


 中心部からやや西に寄った場所に、赤い点が打たれていた。


「死んではないんだよな?」


 刹那が軽く聞いた。


「ええ。ハルさんも、死亡通知は確認していないと言っていたわ」


「つまり……連絡が取れないか、取れる状況にないかもしれないんですね」


「考えられるのは、《Zorn》の未確認の能力。三人とも連絡できない状況にある可能性。そして、広範囲のEMPや通信妨害よ」


「広範囲のEMPって、わざわざここでそんなことするやついねえだろ……」


 刹那が肩をすくめる。


 アリスの視線が、刹那へ向いた。


 美咲は、その視線の意味に気づいた。


 刹那も気づいたのか「まじかよ」と呟き、口元を歪めた。


「……誰かが、意図的に?」


「《BCC》がこのエリアを監視して分かったことがあるわ。プレイヤーが定期的にここを出入りしている」


 美咲たちだって、パルスシールドに必要な素材を探しに、先日ここを訪れている。


 人の少ないエリアではあるが、誰も来ないわけではないはずだ。


「普通に、このエリアに用がある人じゃないですか?」


「その可能性もあるわ。けれど、その人物を特定できていないそうよ。《BCC》が接触しようとすると、姿を消す」


「コソコソしてるってことか」


「ええ。観測班と連絡が取れなくなったこととの関係は、まだ分からないわ。ただ、誰かが通信を妨害している可能性は考えておくべきよ」


「なるほどな。その誰かさんに見つからないよう、遠回りしてこっちを選んだのか」


「そうよ。あと、こっちのルートには中心部までエネミーが配置されていないわ」


「え? そうなのか」


 アリスが刹那を横目で見た。


「貴女、知らなかったの?」


「……こっちから入る用事なかったんだよ」


 刹那と美咲は顔を見合わせた。


 先日はエネミーの目を避けるため、何度も足を止めた。


 外周を回るには時間がかかる。


 それでも、こちらに敵がいないと知っていたら、あのとき少しは迷ったかもしれない。


「中心部まで、警戒すべきはプレイヤーの存在よ。途中で何度か高所を取り、周囲を確認しながら進むわ。質問は?」


 二人とも首を横に振った。


「質問がないなら、行くわよ」


 アリスの声を合図に、三人は歩き出した。


 建物を出る前に、アリスが携帯端末を耳に当てた。


 少しの間を置き、口を開いた。


「ハルさん。こちら、準備が整いました。只今より、捜索にあたります。……分かりました」


 アリスは通話を終え、端末をポーチにしまった。


「後から増援が来るかもしれないわ。今、手筈を整えているそうよ。刹那、ルートを送ったから先導をお願い」


「よっしゃ。じゃ、ぱぱっと助けて帰りますか」


「頑張りましょう!」


 三人がエリア41へ踏み入り、しばらく歩いたところで、ポーチの中の端末が短く鳴った。


 美咲が取り出して画面を見る。


 ――No Signal。


「アリス、これ……」


「ええ。私のも同じよ」


 刹那も端末を一瞥し、すぐにしまった。


 観測班に何が起きたのかは分からない。


 だが、このエリアでは今、外との連絡が取れない。


 それだけは確かだった。


 先頭を行く刹那の背中を追い、美咲は通りの奥へ目を向けた。


 エリア41は、先日通った側のように、荒れているわけでも、崩壊しているわけでもなかった。


 舗装された道路は平坦で、建物も形を保っている。


 それなのに、どこにも人が使った痕跡がなかった。


 壁だけできた建物の中には、部屋の区切りがない。


 窓枠だけが並び、ガラスは入っていなかった。


 別の建物では、鉄筋と鉄骨が露出したまま、工事が止まっていた。


 道路の脇には、建設機械が放置されていた。


 その先に立つ標識には、行き先が記されていない。


 矢印だけが、何も示さないまま前を向いている。


 時折、機械生命体のシグナル音がかすかに届いた。


 ここには、異常がない。


 だが、それが正常だと思える理由も、どこにもなかった。


「あの建物を使うわ」


 アリスが、通りに面した建物を指した。


 刹那を先頭に、三人は内部へ入った。


 階段へ向かう途中、美咲はふと、奥の一室に目を留めた。


 床に積まれた鉄筋の束。


 その上に、銀色のステンレスカップがひとつだけ載っていた。


 側面には、小さな猫の顔が描かれている。


 美咲は足を緩めた。


 窓もない建築途中の部屋に、それだけが、誰かの忘れ物のように置かれていた。


「美咲、行くぞ」


 刹那の声に、美咲は顔を上げた。


「はい」


 足早に二人を追う。


 少し気になったが、今は観測班を見つけるのが先だった。


 アリスが階段口に小さなモーションセンサーを置いた。


 侵入者が近づけば、装置そのものが音を鳴らす。


 上階から通りを見渡せる場所を選び、アリスがライフルを構える。


 刹那は建物の反対側を確かめ、美咲も道路と路地に目を配った。


 動くものは見当たらない。


 三人はしばらく周囲を確認してから建物を降り、再び中心部へ向かった。


 次の建物でも、三人は二階へ上がった。


 アリスが階段口にセンサーを置き、三人は窓から手分けして外を見た。


「今のところ、問題なさそうね」


 アリスがライフルを下ろした。


「目的地も、もう少しですね」


「音もないし、《Zorn》も大人しくしてるみたいだな」


 美咲は端末に表示した地図を確かめた。


 最後の定期連絡があった地点まで、あと少し。


 そのとき。


 背後の階段から、短い電子音が鳴った。


 三人が、同時に振り返った。

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