第21話 予定変更
ことねから返されたナイフポーチを、刹那が両腿に一つずつ取り付けた。
「助かった。ありがとな」
「こちらこそ。また何かあったら持ってきてね〜」
ことねは笑いながら、机に広げていた道具を片づけ始めた。
美咲も礼を言い、三人の後に続いて整備室を出た。
扉が閉まると、廊下を行き交うプレイヤーの話し声が耳に入ってくる。
刹那が小さく息を吐いた。
「さて、どうすっかな」
パルスシールドの使い方は教えてもらった。
刹那の装備の整備も終わった。
今日の用事は、もう全て済んだ。
けれど、美咲にはひとつだけ気にかかっていることがある。
「クルツさん」
「ん?」
「やっぱり、一回だけでもセラさんとお話しできませんか?」
クルツが足を止め、振り返った。
「だーかーら。まだやめとけって。お前まで嫌われんぞ」
美咲は口を閉じた。
刹那は、セラが思っているような怖い人ではない。
それを伝えるだけなら、難しくないと思ったのだが。
聞いてもらえなければ意味がない。
「……わかりました」
美咲が頷いたところで、廊下の向こうから声がかかった。
「クルツ、ちょっといいか?」
男二人が、少し離れた場所から手招きしていた。
クルツは美咲たちに待つよう手を上げ、二人のもとへ向かう。
入れ替わるように、今度はなこが女性プレイヤーに呼び止められた。
「なこちゃーん、今ちょっといい?」
「どうされました?」
なこも数歩離れ、女性と話し始めた。
取り残された美咲は、隣の刹那と顔を見合わせた。
そう待たないうちに、クルツが戻ってきた。
「なんか、あんたと話したいってさ。PvPに興味あるらしい」
クルツが親指で後ろを示した。
男二人は、こちらの様子をうかがっている。
「私と?」
「前に来たときは依頼の話だったろ。邪魔すんのも悪いと思ってたんだと。今日は違うなら、ちょっと話せねーかって」
刹那が口を開くより先に、なこも戻ってきた。
「刹那氏~。もしよければ、お話ししたいらしいですぞ」
「そっちもかよ」
刹那は小さく肩を落とした。
大会が終わってから、こうして声をかけられることは珍しくない。
美咲は端へ寄り、通路を空けた。
「まあ、少し話すぐらいなら」
刹那がそう答えた直後、クルツが携帯端末を取り出した。
画面を確かめると、耳元へ運ぶ。
「なんっすか、イオさん……はい。まだ一緒っすよ。あー、ちょっと待ってください」
クルツが端末を少し離し、美咲たちに顔を向けた。
「なあ。お前らって、この後予定あんの?」
美咲と刹那は、もう一度顔を見合わせた。
「特にないし、帰ろうかって思ってたけど」
「どうかしましたか?」
「ちょい待ち。……ないみたいっすよ。はい……」
クルツの声が、徐々に低くなっていく。
さっきまで気だるげだった顔から、表情が消えた。
「は? ……うっす」
通信をつなげたまま、クルツが二人を見る。
「観測班から定期連絡が来ない。なんかあったかも。行けるなら、すぐに現地に向かってほしいってさ」
美咲は、肩にかけていたバッグの紐を握った。
エリア41。
あの場所で、今も《Zorn》を見張っている人たちがいる。
何もなければいい。
けれど、あの歪なアンドロイドと戦ったときのことが、頭をよぎった。
「すぐにって。なんも準備してないぞ。一回戻って──」
「うちの物資使っていいってさ。行けるのか、行けないのかだけ、言ってくれ」
「行けます」
刹那より先に、美咲が答えた。
クルツは驚いたように美咲を見たあと、視線を刹那に移した。
刹那は一度だけ美咲を見て、頷いた。
「わかった。行くぞ」
「二人とも行けるっす。……はい。わかりました」
クルツは通信を終えると、返事を待っていた男たちに手を上げた。
「悪い。急ぎの用事ができた」
男たちは顔を見合わせ、すぐに頷いて道を空けた。
なこも女性に短く事情を伝えると、三人の後を追った。
「倉庫こっち。必要なもん、歩きながら考えとけよ」
美咲たちは足早に廊下を進んだ。
美咲は携帯端末を取り出し、アリスへ連絡を入れた。
数度の呼び出し音の後、聞き慣れた声が返ってきた。
『何かしら』
「お疲れ様です。今、《BCC》の拠点にいるんですけど」
『知っているわ。貴女が連絡した理由も聞いている。私は既に向かってるから、準備ができ次第向かって。後で合流地点をこちらから送るわ』
美咲はわずかに目を見開いた。
こちらが事情を説明する必要すらなかった。
「わかりました。では、後ほど」
通信を切ると、隣を歩いていた刹那が顔を寄せた。
「なんだって?」
「既に向かってるそうです。合流地点は、後で送ってくださると」
「了解」
クルツが大きな扉の前で足を止めた。
ロックを解除し、扉を開ける。
「で、何がいる?」
中へ入りながら、刹那が指を折った。
「鎮痛剤、携帯食料、止血材」
「そっちは?」
「回復弾と、それを使えるハンドガン。サブマシンガンと、弾薬、弾倉もお願いします。あと、携帯食料と医療キットを」
「あいよ。なこ、手伝ってくれ」
「もちろんですぞ」
二人はそれぞれ別の棚へ向かった。
美咲は邪魔にならない場所へ寄り、バッグを下ろした。
倉庫の中には、背の高い棚が幾列も並んでいた。
壁のガンラックには各種の武器が立てかけられ、その近くにはパーツが種類ごとに分けられている。
弾薬と弾倉にもそれぞれ置き場があり、棚の表示を見れば、初めて訪れた美咲でも、何がどこにあるのかすぐにわかった。
医療品や携帯食料も、ひとまとめに積まれているわけではない。
用途ごとに区切られ、取り出しやすいように並べられていた。
美咲は《ARCADIA》の共有倉庫を思い返した。
あちらも、ある程度は整頓しているつもりだった。
だが、ここはそれ以上だ。
これだけの量があるのに、クルツとなこは迷わず必要なものを取り出していく。
「サブマシンガン、何がいいとかあるか?」
クルツの声に、美咲は顔を上げた。
「普段はMP5を使ってるので」
「あいよ。なこ、そっちからMP5持ってきてくれ。ついでにマガジンも──」
振り返ったクルツに、美咲は指を三本立てた。
「三本。弾薬は持てるだけ持ってこい」
「了解ですぞ」
なこがガンラックから銃を取り出した。
クルツも医療品を抱えて戻ってきて、入口近くの作業台へ置いていった。
美咲は渡された品を確かめながら、バッグに収めた。
パルスシールドをサイドポケットに移し、医療キットはすぐに取り出せる位置へ入れる。
「こちらですぞ」
「ありがとうございます」
なこからMP5を受け取り、続けて並べられた弾倉へ手を伸ばした。
銃と弾倉を確かめ、弾薬を詰めていく。
「スモークグレネードもどうぞ」
机に置かれたスモークグレネードを手に取り、グレネードポーチに一つずつ入れていく。
さっきまで訓練場でガジェットの使い方を聞いていたのに、今はこうして出発の準備をしている。
美咲は手を動かしながら、クルツへ顔を向けた。
「クルツさんはどうするんですか?」
「俺は待機だってさ」
「待機ですか」
「あー。……どこまで言っていいんだ」
クルツが眉を寄せ、口元へ手をやった。
美咲は弾倉を置き、小さく首を横に振る。
「言えないなら、大丈夫です」
「悪いな」
それ以上は聞かず、美咲は準備に戻った。
ハンドガンと回復弾を確かめ、残った物資を詰めた。
隣では刹那が携帯食料をしまい、タクティカルポーチのベルトを腰に締めた。
「忘れもんないな? あとから俺のせいにすんなよ」
クルツが、空いた作業台を手で叩いた。
美咲は装備をもう一度確かめ、頷いた。
「ありがとうございます」
「行ってくるわ。イオさんによろしく言っておいてくれ」
刹那が扉へ向かった。
美咲もバッグを肩にかけ、なこへ頭を下げた。
「なこさん、今日はありがとうございました」
「いえいえ。ご武運を!」
「なこもまたな」
「は、はい!」
刹那の言葉に、なこが背筋を伸ばした。
美咲は二人に会釈し、倉庫を出る。
廊下へ出たところで、携帯端末が震えた。
アリスから、合流地点が送られてきていた。
「刹那さん、場所が来ました」
「ん。急ぐぞ」
美咲は端末をしまい、刹那とともに出口へ足を速めた。




